肯定的映画評論室・新館

一刀両断!コラムで映画を三枚おろし。

『ルパン』、観ました。

2006-04-30 20:17:54 | 映画(ら・わ行)

ルパン コレクターズ・エディション【初回限定生産2枚組】【NHBS-50005】=>20%OFF!ルパン コレ...

 『ルパン』、観ました。
スービーズ男爵の一人娘クラリスを愛する青年アルセーヌ・ルパン。だが、
男爵一味と対立するカリオストロ伯爵夫人の危機を救ったことから、夫人の
抗いがたい魅力に負け、莫大な宝石のありかをめぐる抗争に巻き込まれていく…。 
 映画を観続けている以上は、避けては通れないのが“ハズレ(映画)”を
引いてしまうこと。まぁ、それは“映画ファンの宿命”だと思えば仕方ない。
無理矢理にでも納得するしかないのだが、せめて「駄作」なら、そこに
“潔(いさぎよ)さ”を感じたい(笑)。いっそ、去年の『フォーガットン』
のように、横道にズレるなら、とことん外れて暴走してくれれば良いのに…。
いっそ、今年の『スキージャンプ・ペア』のように、スベりまくりのギャグで
とことん周りの顰蹙(ひんしゅく)をかってくれれば良いのに……(笑)。
が、一方の本作は、我らが思うところ、難攻不落の名店から宝石を盗み出す
“怪盗ルパン”というよりは、ドレスアップしたセレブ女性から貴金属類を
くすね取る“スリ名人”といった感じ。スリリングな“強奪もの”として
観るには物足りないし、ルパンと2人の女性を交えた“歴史ロマン”として
観るには喰い足りない。何だが全てにおいてどっちつかずで、中途半端だなぁ。
(観終わった)今にして思えば、この話って別に“ルパン”じゃなくても
成り立つような‥‥。結局、この作品で唯一の収穫だったのは、クラリス役
“エヴァ・グリーンの美しさ”に巡り合えたこと。彼女はリドリー・スコット
監督作『キングダム・オブ・ヘブン』のヒロイン役が印象的だったけど、
本作でも“エキゾチックな魅力”を存分に発揮(ただ、出番が少ないのが残念)。
今後の出演作次第ではブレークの可能性はあると思う。それにしても、当初の
ルパンは、そんな彼女を選ぶどころか、下り坂の(?)クリスティン・スコット・
トーマスにうつつを抜かすなんて…、よっぽど自分の眼鏡が曇ってたとしか
思えない(笑)。オイラから言わせれば、“エヴァ嬢の輝き”こそ、世界中の
何よりも勝る“最高の宝石”だと思うけどね。

 


『フル・フロンタル』、観ました。

2006-04-28 21:25:14 | 映画(は行)

フル・フロンタル ◆20%OFF!

 『フル・フロンタル』、観ました。
ロスの一流ホテルで開かれた映画プロデューサーの誕生パーティの日。ショウ
ビジネス界とその周辺で生きる8人の男女はそれぞれの思いと苦悩を秘め、
パーティ会場へ向かう‥‥。
 前評判の段階からほとんど…、いま、全く(?)良い噂を聞かなかったですが、
大好きなソダーバーグの新作を、ましてやファンのオイラが見逃すわけには
いきますまい(笑)。観ればナルホド、これが低評価になるのも頷ける。
ジュリア・ロバーツ、ブラット・ピット、キャサリン・キーナー、デヴィッド・
ドゥカヴニーなど大物スターの豪華共演も、群像ドラマゆえに出演時間は短いし、
手ブレとピンぼけだらけのビデオカメラ映像は長時間の鑑賞にはキツ過ぎる。
さすがにこれを映画館の大スクリーンで見せられた日にゃー「おいおい、チョット
待て」と言いたくなるのは良く分かる(笑)。でも、何故だろう、オイラには
やっぱりソダーバーグの映画って波長が合うんだよね。彼の作品を観て思うのは、
ヒットさせてお金儲けしてやろうとか、賞を取って世間から評価されたいとか、
そういう“邪念みたいな野心”を感じない。常に自分の撮りたいものだけを
撮ってる感じがする。ボクは今作でも最初の20分は退屈で長く感じたんだけど、
意外とその後はスムースに楽しく観れちゃった。途中、一発二発あるトリックも
堪能できたし、ラストの一同を介してのパーティ場面にも思わずニヤリ。何より
出演者もスタッフも楽しみながら作ってる感じが伝わってくる。例えるなら
“大物スター達による自主映画”みたいなもの‥‥、「絶対観ろ」とは言わない
けれど、「絶対観るな」とも言わない。スタイリッシュで非常に“特殊な映画”
であることを覚悟できるなら観ても良いと思う。ボクは観て良かったけどね。

 


『ニュー・ワールド』、観ました。

2006-04-25 21:45:18 | 映画(な行)

ニュー・ワールド

 『ニュー・ワールド』、映画館で観ました。
17世紀初頭、アメリカ大陸に上陸したイギリス人の冒険家ジョン・スミスは、
ネイティブ・アメリカンの族長の娘ポカホンタスと出逢う。勇気と希望に満ち
溢れたスミスと、ピュアで情熱的なポカホンタスは、異なる言葉と文化の壁を
越え、恋に落ちるのだが…。 
 生涯監督本数、僅か3本にして「伝説の監督」と呼ばれるテレンス・マリック。
前作『シン・レッド・ライン』から6年ぶり新作は、“並の監督(?)”なら
「お久しぶりね」と言いたくなるが、かつて20年もインターバルをあけた彼の
前歴を考えれば、“たった”6年でテレンス・マリックの新作が観れる幸福‥‥
それくらいの“広い心”と、“開き直り”が必要だね(笑)。
 さて、映画は、これまでのマリック作品同様に、深淵な哲学を思わせる台詞
まわしと、神秘的で且つスケールの大きさを感じさせる映像美……、そして、
何より、スクリーン全体から放つオーラは、観る者を酔わせ、唸らせるには
充分過ぎる。さすが、テレンス・マリックらしい格調高い作品に仕上がった。
でも、どうなんだろう…。憎しみも、妬みも、エゴもないニュー・ワールド‥‥、
そこに辿りついたイギリス人男性と、先住民女性の“運命的な恋”を描きつつ、
押し寄せる「文明」と持ち込まれた「争い」によって、世界が動き、愛が変わり
始める物語中盤までの流れから‥‥、一転、ある理由によって主人公男性が
その場を去ってしまった後のパートでは、ほとんど“別の映画”と思えるほどに、
“ヒロインの心の描写”が主となって進行する。むしろ、“その後のパート”が
あるからこそ、映画全体が散漫になり、本来のテーマが見え辛くなってや
しないのか??、残念だが、ボクにはやや“蛇足”気味の印象を受けたけどね。
 総括としては、ストーリーに拘って観るよりは、あくまでビジュアル重視で
観て欲しい。もしも、この世に“良質の物語さえ圧倒する映像表現”がある
のだとしたら、それはこの作品と『天国の日々』において他ならない。
これは映画館の大スクリーンで観てこそ語れる映画、、後にTVサイズのDVDで
観たとしても、それはこの作品の魅力の半分も知った事にはならないと思う。

 


『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』、観ました。

2006-04-24 21:41:13 | 映画(ま行)

カルチャーギャップに悩む男女の結婚までの道のりを、笑いと感動を交えて描くラブコメディワー...

 『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』、観ました。
「ギリシャ人はギリシャ人としか結婚してはならぬ」と、頑(かたく)なに
考える両親の元で30歳になったトゥーラ。ある日、運命の男性と出会うのだが、
このカップルを待ち受けていたものは、ギリシャ人特有のビッグ・ファットな
(=大仰)結婚式だった‥‥。
 この映画を観ながら、我が家の結婚式での大騒動を思い出した。ボクと
カノジョは地味で小さな披露宴を願いつつ、ボクのパパは豪華な宴をやりたがる。
滅多に会わぬ親戚衆に祝福され、まわりは勝手に盛り上がり、新郎新婦は
“カヤの外”。あ~あ、全くもってたまらない。だからボクには分かるのサ、
この主人公たちの気持ちがね。
 さて、本作は低予算のインディペンデント作品ながらもアメリカで大ヒットを
記録した異色の異文化ラブ・コメディ。最初はベタな笑いに呆れつつ、ついには
ゲラゲラ笑い出す。なるほど、これはさすがに面白い。特にヒロインのパパと
ママの掛け合いはテンポ抜群で、ボクは何度も大笑いしてしまった。それから
メガネっ子のヒロインのオトボケぶりも可愛いし、何より彼女が最初とは
別人のように後半にはキュートに感じてくる。勿論、それは外見とかじゃなくて
“内面的”な部分でね。この映画ではカレが彼女の何処に惹かれたなんて
描かれちゃいないんだけど、映画の彼女を見てれば分かっちゃう。まさに
彼女は今、「輝いてる」ってカンジなのだ。最後はゴキゲンなハッピーエンドで
締めくくり、家族みんなが踊りだす。そしてボクの心も踊りだし、いつしか
涙も溢れてた。まだ結婚前の貴方にも、すでに結婚しちゃった貴方にも、是非
観て貰いたい“幸せな一本”、オススメです。

 


『いつか読書する日』、観ました。

2006-04-20 20:53:19 | 映画(あ行)

いつか読書する日 (モントリオール世界映画祭 審査員特別大賞を受賞した作品です!!)いつか読書...

 『いつか読書する日』、観ました。
牛乳配達とスーパーのレジで働く50歳独身女性の美奈子は、読書のみを趣味に
平凡な日常を過ごしていた。一方、市役所に勤める高梨は末期がんの妻を自宅で
看病し続けている。美奈子と高梨は高校時代につきあっていたが、あることが
原因でずっと疎遠になっていた‥‥。
 「愛してる」だとか、「好きだった」とか、軽々しく愛の言葉が飛び交う
“お手軽”恋愛映画が多い中、久々に言うに言えない焦燥感、キリキリした
“大人の情愛”をみせられた。もう若くない男女が、若き日の“愛の残骸”を
捨てられず、それを引きずるように生きている。刻々と時間(とき)がうつろい、
少しずつ変化する周りの環境とは対照的に、まるで二人だけが“時間の流れ”
から取り残されたよう…。断ち切れぬ想いを押し殺し、押しつぶれそうになる
孤独な夜を忘れるために、女はただひたすらに本を読む。頁をめくるたび、
切なさが増してゆき、山となって積み上げられた本の束が過ぎ去った日々の
膨大さを物語る。だからこそ、そんな二人の長過ぎた時間を埋めあうように、
初めて結ばれる夜には胸かきむしられる。ラブシーンを観ながら、その息苦しい
ほどの切なさに涙がポロポロ、日本映画を観てこんな気持ちにさせられたのは
何年ぶり??、さすが本年度キネ旬第3位、評判通りの傑作だ。
 さて、映画は、主人公となる男女の純愛を“大きな幹”として、ヒロインの
近所に住むおばさんとその痴呆の夫、主人公男性と不治の病に苦しむ妻‥‥、
それぞれの“愛のカタチ”を描いていく。ボクが観ながら考えたことは、変わらぬ
想いと、永遠の愛について。死にゆく者、消えゆく者、老いゆく者…、徐々に
命の炎は小さくなり、フェードアウトするのだとしても、「真実の愛」は今も
変わらずあの日のまま、力強く輝き続ける。ラストシーン、ヒロインが街の丘へ
続く階段を、一歩一歩踏みしめるように登っていく。きっと、それは不器用だが
実直に、貫き通した“彼女の人生”だったんだろう。丘の上に広がる景色は、
青い空と白い雲…、だけど、自分の街を見下ろす彼女の笑顔は、それ以上に
晴れやかだった。

 


『ベニスに死す』、観ました。

2006-04-16 19:44:08 | 映画(は行)





監督:ルキノ・ビスコンティ
出演:ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン

 『ベニスに死す』、観ました。
1911年、夏のベニス。保養に来ていた作曲家アッシェンバッハは、ポーランドの
ファミリーの中にいる美少年タジオに心を奪われる。彼は少年の姿を求めて、
待ち伏せをし、恋焦がれる‥‥。
 ありきたりだが、「美しい」という言葉以外に形容できない…。全編が印象派の
絵のように彩られ、外はベニスの甘美な街並み、内はブルジョワを思わせる
アンティークとインテリアが飾られる。しかし、その一方で、狂おしいまでの
情念と、切ない愛のドラマが展開する。ルキノ・ヴィスコンティを除いては、到底
映像化することは不可能だろう“珠玉の傑作”だ。
 さて、今作『ベニスに死す』は、かつてボクが20代中盤に一度観て、当時は
ストーリーよりもホモセクシュアルな主人公の気味悪さ…そのテーマ性まで考える
余裕がなかったのだが(笑)、今改めて思うのは、ここには“生(せい)の
残酷さ”が描かれているのかなと‥‥。主人公は初老の音楽家、、人一倍に
「愛」への執着をみせている。名誉も、才能も、富も、欲しいものはすべて手に
入れたはずだが、ある日出合った少年の“美しさ”に魅せられてしまうのだ。
それは、“若さ”への憧れか…、“美しさ”への尊敬か…、と同時に、これまで
自分が手にしたものが、如何に“意味のないもの”だったのかを痛感し、己の
“老い”に対する劣等感が芽生えていくわけだ。結局、この映画が云わんとして
いるのは、いかなる美しさも時を重ねるごとに薄汚れ、その輝きは失せていく。
この世に「永遠の若さ」や「完全な美しさ」など存在しないってこと。きっと、
「若さ」は仮面だよ、“見せ掛けの美しさ”に過ぎない。そして、その仮面を
剥いだ後に現れるのは、醜く崩れた“孤独な老人の顔”‥‥。例えば、疫病に
冒されゆくベニスのように…。例えば、主人公がかつて失った家族とその幸福の
ように…。彼が愛した“少年の美しさ”も、永遠に続くものではないんだよ。
主人公は知らなかったんだ、己の“老い”を受け入れ、また己の“醜さ”を
受け入れてこそ、「真の美しさ」にめぐり合えるということに。
 ラストシーンは、もはや人気(ひとけ)の去った浜辺の上…。そこにかつての
“名声を手にした音楽家”の姿はなく、“名もなき憐れな老人”がひとり壮絶なる
最期を遂げていく。生きることの“残酷さ”と、死にゆくことの“激しさ”とが、
マーラーの壮大なシンフォニーと共にうねりとなって、津波のように押し寄せてくる。
その感動に溺れ、打ちのめされたボクに言葉はない。そこに「人生」があった…、
ただそれだけだ。






楽天市場ランキング・売れ筋DVD邦画トップ30

楽天市場ランキング・売れ筋DVD洋画トップ30

楽天市場ランキング・売れ筋DVDアジア映画トップ30

楽天市場ランキング・売れ筋DVDアニメトップ30

Amazon.co.jp 外国映画トップ100
Amazon.co.jp 日本映画トップ100
Amazon.co.jp アニメトップ100

DMM.com DVD通販CD予約販売


DMM.com CD&DVDレンタル


『スキージャンプ・ペア ~Road to TORINO 2006~』、観ました。

2006-04-14 20:55:59 | 映画(さ行)

★送料無料! スキージャンプ・ペア-Road to TORINO 2006-【TDV-16061D】=>20%OFF!★送料無...

 『スキージャンプ・ペア ~Road to TORINO 2006~』、観ました。
2006年2月開催予定のトリノ・オリンピッグから正式種目となる人気競技スキー
ジャンプ・ペア。1組の板に2人で乗り込み大空を舞うこの競技は、ある物理
学者の偶発的な発見から生まれ、その情熱は彼の息子たち、やがて世界中の
ジャンパーたちを巻き込んでいく。‥‥
 まぁ、あの『シベリア超特急』とタイアップと聞いた時点で、ある程度の
イヤな予測(?)は出来たのだが、案の定、やっぱりこれは“バカ映画”(笑)。
しかも、元祖の『シベ超』に負けず劣らずのユル~くてお寒いギャグの連打に、
観終わったオイラはすっかり食傷気味(笑)。僅か80分の上映時間にして、
これでもかこれでもかと詰め込んだ“失笑&苦笑のフルコース”‥‥といっても、
中身の方はまるっきしの“カラッポ”だがね(笑)。それにしても、このおバカ
映画に、スキー競技とは何の関係もないアントニオ猪木が登場しちゃうのは、
軽いシャレだと思えばまだ許せる。一方、五輪金メダリストの船木和喜が
出ちゃうのは‥‥まぁ、これも100歩譲って“寛大な心”で許すとしよう(笑)。
が、しかし、フィンランド映画界の至宝カウリスマキ兄弟(←しかも偽者)を、
“パン屋の息子”として登場させるのは如何なものか??、ある意味、これは
我ら映画ファンへの“冒とく”であり、最大の“挑戦”ではなかろうか。
オイラは断固として抗議するね(笑)。
 さて、映画は、ドキュメンタリータッチならぬ、あの「プロジェクトX」を
彷彿させる(?)“ドキュメンタリー番組もどき””のパロディー映画。観始め
当初は、この内容、この展開で最後まで押し切るのは、さぞやキツいだろうと
思っていたが、映画終盤からアクロバティックに(?)横道へと逸れてゆき、
その後は次々に飛び出す“ペアジャンプの新技”に、驚くやら、呆れるやらで
目を疑うことしきり。もう誰にも止められない、誰もついていけない……(笑)。
むしろ、その“革命的な飛行スタイル”をこのところ不調続きの船木や原田は
どのように受け止めるのか。いや…、そもそも、よく考えてみれば、ほんの
数年前、それまでの(スキー板を揃えて飛ぶ)クラシックスタイルから、
突如として現れた“V字飛行”へと変貌を遂げたように…、いまだジャンプ
競技は発展途上の段階やもしれぬ。今後、アッと驚く新型の飛行スタイルが
生まれても不思議じゃない。待望久しい“日の丸飛行隊の復活”のカギは、
そこにあるとオイラは睨んでいる(笑)。

 


『白い花びら』、観ました。

2006-04-12 21:50:07 | 映画(さ行)

白い花びら

 『白い花びら』、観ました。
田舎の小さな村で、畑仕事をしながら暮らしを守っているユハと妻のマルヤ。
ささやかで地味な暮らしだが、二人は充分に幸せだった。ところがある日、
夫婦の元に都会から男がやってくると、マルヤは次第に自分の暮らしに疑問を
持ち始める‥‥。
 アキ・カウリスマキは、不思議な魅力を持つ映画監督だ。ハリウッドに
代表される近代映画の流れは、映像やら音楽やらを詰め込んで詰め込んでの
フォアグラ(?)傾向にあるけれど、カウリスマキの作品は単純なストーリーに
無駄な台詞と余分なシーンを省きに省いて、「空白」と「間」を生かしたシンプルな
演出法。特に今作はサイレント(無声)映画ということで、今まで以上に役者の
台詞を省略し、喜怒哀楽の感情をその仕草や小道具によってのみ表現する
実験色の強い作品になっている。例えば、“幸福”のディテールはバイクの
座席に2つ並んで置かれたヘルメット。“別れ”のディテールは白い皿に置かれた
置き手紙。芽生えた“愛情”は草原で昼寝をする恋人に木陰を作ってあげる
ヒロインの仕草で表現する。そして、ボクはそのユーモアとも皮肉とも取れる
独特の演出にニヤリとしながらも、一方ここでカウリスマキが描きたかった
“幸福論”というか、“幸せの形”に同調せずにはいられない。つまり、人は
誰しも今より楽しいこと、もっと良いことないかと探して生きてるんだけど、
実は“幸せ”って自分のすぐ身近なところに落ちてたり、もしかしたら自分が
気付かないだけですでに手に入れているかもしれない。それを気付かずに
通り過ぎて行ってしまうか、ふと立ち止まりポケットにしまい込むかは誰の
せいでもない、“自分の責任”なんだってこと。タイトルの「白い花びら」は
そんな“通り過ぎていった幸せ”をイメージしたものなんだろう。最後の
教訓じみたエンディングが底知れぬ余韻を残す。さすが‥‥。

 


『ふたりの5つの分かれ路』、観ました。

2006-04-09 19:50:33 | 映画(は行)

ふたりの5つの分かれ路

 『ふたりの5つの分かれ路』、観ました。
離婚の手続きをしたマリオンとジル。ホテルでお互いの肌に触れても再び愛が
よみがえることはなかった。マリオンは立ち去りそして時計は逆に回りだす……。
 いよいよもってボクには、フランソワ・オゾンなる監督がよく解らなく
なってきた。もっとも…、まぁ、前作の『スイミング・プール』あたりから
難解なミステリアスゾーンに突入した兆候があるにはあったのだが…(笑)。
 さて、映画は、今現在に協議離婚した夫婦を“出発点”として、ある特別な
ディナー、出産、結婚式、運命の出会いへと…、時間の河の流れを過去へ、
更に過去へと遡(さかのぼ)り、二人の愛の分かれ道は何処だったのか…??、
糸のほつれは何だったのか…??、その愛の歴史を振り返っていく構成だ。
ボクが知る限りじゃ、このスタイルは数年前の韓国映画『ペパーミント・
キャンディー』があったのだけど、本作『ふたりの5つの分かれ路』で解釈に
困るのは、離婚直後の元夫妻がホテルの一室で交わろうとしたり…、夫が
意味もなく出産の現場から逃げ去ろうとしたり…、妻は結婚式当日の夜、
突然現れた昔の恋人(?)に抱かれてしまったり……。勿論、この映画の性格上、
ある程度の省略は仕方ないにしても、あまりにこれは不親切過ぎやしないのか。
残念だがボクは今回、その隙間を埋めるだけの発想と想像力は持ち合わせては
いなかった(笑)。いや、ボクよりむしろ、オイラのワイフに言わせれば、
それは“心の準備”が出来ないまま、人生の岐路に立たされた者の“気の迷い”
みたいなもの。どちらが悪いわけでもない…、結局、二人は互いの口に出せない
ところで、悩み、苦しみ、傷付け合っていたんだね(涙)。だから、今さら
どんな美辞麗句で取り繕ってみても、出会ったあの日に戻れない。ラストシーン、
出会って間もない二人が、永遠の愛を誓うべく、輝ける夕陽の彼方に歩いていく。
すでに二人の行く末を知る我らからしてみれば、何とも言葉で形容し難い‥‥。
皮肉にも、悲しき“映画の結末”は…、悲しき“愛の始まり”だった。

 


『神に選ばれし無敵の男』、観ました。

2006-04-07 20:51:06 | 映画(か行)

神に選ばれし無敵の男<DVD大バーゲン>【楽天野球団】

 『神に選ばれし無敵の男』、観ました。
1932年ポーランド。ユダヤ人の鍛冶屋ジシェは、その怪力が認められて
ベルリンのショーに出演することになる。雇い主のハヌッセンは千里眼の
持ち主で、ヒトラー政権下で重要なポストに就く野望を抱いていた‥‥。
 まさに「奇才」という形容がピッタリ(?)のドイツ人監督ヴェルナー・
ヘルツォーク。『フィツカラルド』にしろ、『アギーレ・神の怒り』にしろ、
『コブラ・ヴェルデ』にしろ、これまでの彼の作品に共通するのは“狂気”に
とり付かれた男‥。しかし、今作は同じ狂気でも、ナチの支配する狂気の
世界に、ひとり“人間らしさ”を探していく男の物語。ヘルツォーク全盛時の
迫力はないまでも、久しぶりに彼の映画が観れただけでボクはもう満足です。
 映画は、実話に基づいた物語としながらも何処か“寓話的”な仕上がりだ。
ブルーの水槽に漂うクラゲの大群、海岸の岩場を埋め尽くす赤い蟹、光の
テーブルに浮かび上がる人の手のシルエット‥‥、今までの“野生児的”な
ヘルツォークを知るファンからみれば、その“洗練された様式美”に戸惑う人も
多かったのでは??、思うに、きっとそれは苦楽を共にした盟友クラウス・
キンスキーを失った影響なんだろう。黒澤明が三船敏郎と別れて、その作風が
大きく変化したように、今ヘルツォークもまた次なる“リスタートの時期”に
さしかかる。本作ではキンスキーとはタイプの違うティム・ロスを起用したり、
全くのド素人を主役に大抜擢したりと、むしろボクは今回彼がこれまでとは
異なるキャスティング、異なる映画を撮ったことを評価したい。その実績を
考えれば、彼にはフェード・アウトするようなキャリアの最期はむかえて
欲しくない。彼の映画の主人公同様、とことん自己破産するまでやってくれ(笑)。

 


『親切なクムジャさん』、観ました。

2006-04-04 20:46:26 | 映画(さ行)

親切なクムジャさん プレミアム・エディション ◆20%OFF!

 『親切なクムジャさん』、観ました。
娘を奪われ、13年間無実の罪で刑務所に入れられたイ・クムジャ。服役中、
誰に対しても優しい微笑を絶やさなかったことから「親切なクムジャさん」と
呼ばれていた彼女は、自分を陥れた男に復讐する為、仲間のもとを訪ねる……。
 今でこそ話せるけれど、かつて『オールド・ボーイ』を観た時にゃ、まさか
ここまで評価が高まる映画とは思わなかった。人を喰ったような脱力ギャグと、
ハードなバイオレンス描写、、その微妙なアンバランス感覚が、アタマの固い
オイラには(?)どうにも馴染めなかったのだ。ただ、今作はその『オールド・
ボーイ』での経験が“免疫”となってか、どこまでもセクシャルで妖しい“パク・
チャヌク監督の世界”に戸惑うことなく楽しめた。まぁ、前作『オールド・
ボーイ』と比べれば、今作は比較的淡々と…、物語の終盤にサプライズな
展開も用意されていない。だけど、今回は“グロ”が抑えてある分、かえって
“ブラックな笑い”がより際立っている。前作は約何箇所かあるドキツイ描写に
顔を背けてしまって、毒の効いたユーモアを感じるまではいかなかったからね。
それにつけても、このどんより重たいネタを、すかすように…、焦らすように…、
愉快に楽しく、切なくクールにみせてくれるパク・チャヌク演出は“変幻自在”。
改めて、彼の非凡な才能を再確認しました。
 ならば、ボクが今作中で最高級に感激したのは、効果的な“BGM”の使い方。
洗練され調和のとれた“バロック調の音楽”が、寸分の隙なく完璧に計画された
“復讐劇”に重ねられた時、血生臭い殺人さえも「音楽」や「絵画」と同じく、
“崇高なる芸術のひとつ”のように思えてくる。そして、クムジャさんが長い
監獄生活で、(ご親切にも?)因人仲間の一人一人に借りを作って得たコネが、
いざ復讐の…、その時にこそモノを言う。13年の時を経て、彼女の手足となって
動く元因人たち‥‥、まるで、それは“指揮者”としてのクムジャさんが、
「憎しみ」のタクトを振り、奏でられる「復讐」の交響曲(シンフォニー)だ。
一方、当のクムジャさんは、さぞや苦しかろう、さぞや痛かろうと復讐相手を
痛めつけ、ついに目的達成の瞬間まで自責の念は見せず仕舞い。決して
オンナに“積年の恨み”はかってはならぬ。オイラがこの映画で取得した
“恐ろしい教訓”だ(笑)。

 


『ヘブン・アンド・アース(天地英雄)』、観ました。

2006-04-03 21:47:36 | 映画(は行)

ヘブン アンド アース ◆20%OFF!

 『ヘブン・アンド・アース(天地英雄)』、観ました。
紀元700年の中国。25年ぶりの日本への帰国を目前にした遣唐使・来栖は長安へ
戻ろうとしていた矢先、皇帝から最後の命令を受ける。それは逃亡中の元唐軍の
英雄・李隊長の殺害だった…。
 あの、中井貴一が単身中国へ乗りこみ挑んだという以外は、ほとんど話題にも
ならなかった映画ですが、ボクは思った以上に楽しめた。壮大な中国の景色の
中で繰り広げられる戦闘シーン、砂塵の中から現れる無数の騎馬隊は観る者を
爽快な気分にさせる。物語も決して大味ではなくて、随所に男のロマンチズムを
くすぐる内容も、とても119分では納まりきれないほどの充実ぶりだ。残念なのは、
この映画自体がハリウッド・エンターテイメントの影響を多分に受けていて、
縦横無尽に動き回るカメラワークとデジタル映像によって“中国史劇の重さ”を
感じないこと。加えて、当時の女性にはあるまじき露出度の高い衣装や現代的な
メークも、正確な時代考証という面ではかなりの不満は残った。まぁ、しかし、
それを言ってしまえば、日本から来た遣唐使が颯爽(さっそう)と馬に跨り
罪人を追うという設定自体、この上なくナンセンスであるかして(笑)、今作に
限り、「歴史」と「娯楽」は分けて観た方が良さそうだ。
 さて、続いては今作の中井貴一について。うん、これはなかなか良かったと思う。
誠実で実直なイメージを持つ彼にとって、遠く故郷の母を想い続ける遣唐使の
役ははまり役。中国の俳優さん達に臆することなく、堂々とした演技は抜群の
存在感だ。 自身初の海外主演作は言葉の面でも大変だったと思うが、海外ロケは
意外なところで体験済み?? お馴染みミキプルーンのCM中でも「春になるとね、
beautifulなお花がmany、many咲いて‥‥」などと言っておられるのを見れば(笑)、
その辺はお得意の(?)カタコト英語とボディ・ランゲージで無難にこなしたので
しょうなぁ~~。