『明日の記憶』、観ました。
広告代理店の仕事にも脂が乗り、夫婦も円満、一人娘は結婚間近と、今まさに
人生の“円熟期”を迎えたばかりの50歳・佐伯雅行。そんな彼が突然、若年性
アルツハイマー病を宣告される…。
あの“世界のケン・ワタナベ”が凱旋帰国して、久々に出演した日本映画。
更に、今作では初めての“プロデューサー業”にまで進出して、例の『ラスト・
サムライ』で共演した“トム何とかサン(?)”さえ彷彿させる活躍ぶり(笑)。
それにしても、これが数年前に大病を患(わずら)って、この世の地獄を見た
人間なのかと思うと、人生の運と不運なんて何処に転がってるのか分からない
ものだと、改めて痛感する。
さて、映画は、ある時フッと湧いたように不治の病を宣告された主人公の
戸惑いと苦悩を描いている。恐らく、渡辺謙にしてみれば、病名の違いこそ
あれど、物語の主人公を自分自身に置き換えて共感し、どうしても(自分が
プロデューサーを買って出たとしても)映画にしたい衝動に駆られたんだろう。
あるいは、かつては想像すらし得なかったこの役柄が、今の自分なら演じる
ことが出来ると確信したのかもしれない。そして、この映画の特徴として、
挫けそうになる主人公を、陰で支えたり励ましたりする妻や会社の仲間達の
様子が、たっぷり時間を割いて描かれている。これは渡辺謙本人が実体験を
通じて身に染みて感じたこと…、病を克服するには、家族を含めた周囲の
サポートが絶対不可欠であるを訴えているのかもしれない。
ただ、彼の美談は一先(ひとま)ず置いといて、これを一本の映画として
観た場合には、うーん、いまひとつ心に響くところまではいかないかな。
例えば、上に挙げた“周囲の人々”も単発的で、それぞれが描ききれていないし、
これでもかと流れる感動的な音楽が押し付けがましく感じちゃう。かと思えば、
不似合いな洋楽がBGMに使われたりと、全体を通してテレビ的な演出が目立つ。
確かに、渡辺謙の孤軍奮闘ぶりは必見だが、裏を返せば、彼の演技以外には
特に観るべきものはない作品になってしまった。例えば、同じアルツハイマー
病を扱った『半落ち』の方が、ボクはテーマもハッキリしていて、考えさせ
られるものがあったように思うのだが。