肯定的映画評論室・新館

一刀両断!コラムで映画を三枚おろし。

『英国王のスピーチ』、観ました。

2011-11-28 18:04:26 | 映画(あ行)

監督:トム・フーパー
出演:コリン・ファース、ジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム=カーター、 ガイ・ピアース
※第83回アカデミー賞作品賞

 『英国王のスピーチ』、観ました。
幼い頃からずっと吃音に悩んできたジョージ6世。そのため内気な性格だったが、
厳格な英国王ジョージ5世はそんな息子を許さず、さまざまな式典でスピーチを
命じる。ジョージの妻エリザベスは、スピーチ矯正の専門家ライオネルのもとへ
夫を連れていくが……。
 観終わって、チャップリンの『独裁者』が頭に浮かんだ。両作品共、物語の
背景に第二次大戦があり、主人公の長いスピーチで完結する。『独裁者』が
ナチスドイツの軍人目線で描かれたものだとすれば、この『英国王の~』は
イギリスの王族目線で描かれている。両者には約70年のタイムラグがあるが、
ある出来事をひとつの通りを挟んで、こちら側とあちら側から見た“表裏の
関係”だ。未見の方のため、補足させて頂くと、『独裁者』は大戦中、名も無き
ユダヤ人の理髪師が、時のドイツ皇帝に間違えられ、あれよあれよと国の
最高位まで登りつめていく物語だ。一方、この『英国王の~』は、生まれながらに
伝統ある英国王室の血を引く主人公が、吃音のため周囲から冷たい目に晒され、
転げ落ちるように(主治医からは“対等の身分”とまで言われ)失墜していく。
そして、最終的には両作品共、お鉢が回ってくるが如く、主人公が本来自分の
役回りでない大役を任せられ、一世一代の大スピーチを打って出る訳だが、
その内容が対照的だ。皮肉にも、そこで『独裁者』の皇帝は「戦争はもう終わりに
しよう。皆が助け合い、争いのない世界に変えていこう」と言い、片や本作の
英国王は「これより戦いに突入する。互いが力を合わせ、この困難を乗り越えよう」と
演説する。。。しかし、考えてみれば、そうなのだ。この英国王の言う通りだ。
今現在、確かに国家間が争う“直接的な戦争”の脅威は去ったが、代わりに
様々な諸問題が複雑に絡み合い、この世界のあちらこちらに山積している。
絶えない紛争と宗教問題、大国間同士による覇権争い、そして、長引く不況……、
我々はそれらの、出口が見えない問題に対して、正面から戦いを挑まなくては
ならないのだ。“世紀の6分間”とまで言われた『独裁者』のそれに対して、
この英国王のスピーチにサプライズはない。更に、そこで彼はライターの書いた
文面を“ただ間違えずに”読むだけだ。しかし、その一語一句が深く心に
染み渡り、これほどまでに感動的に感じられるのは何故だろう。それは、
一人の身分ある男が、紆余曲折を経験し、逃げることなく困難に立ち向かい、
それを克服した姿があったからではあるまいか。最後に、本編中にも引用された
“ある有名な一文”をもって本レビューを締めくくる。

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。
どちらが気高い心にふさわしいのか。
非道な運命の矢弾をじっと耐えしのぶか、
それとも怒涛の苦難に斬りかかり、戦って相果てるのか。
死ぬことは――眠ること、それだけだ。
眠りによって、心の痛みも、肉体が抱える数限りない苦しみも、
終わりをつげる。それこそ願ってない最上の結末だ。
死ぬ、眠る。
眠る…、おそらくは夢を見る――そう、そこでひっかかる。」
                       W・シェークスピア『ハムレット』より

 


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『悪人』、観ました。

2011-11-07 00:05:06 | 映画(あ行)

監督:李相日
出演:妻夫木聡、深津絵里、樹木希林、柄本明、岡田将生、満島ひかり
※2010年キネマ旬報ベストテン第1位

 『悪人』、観ました。
若い女性保険外交員の殺人事件。ある金持ちの大学生に疑いがかけられるが、
捜査を進めるうちに土木作業員、清水祐一が真犯人として浮上してくる。
しかし、祐一はたまたま出会った光代を車に乗せ、警察の目から逃れるように
転々とする。そして、次第に二人は強く惹(ひ)かれ合うようになり……。
 いわゆる、おたずね者の男女が織り成す“逃避行もの”。意外にも、ここ
日本では映画界に限らず、総てを見渡してもほとんど馴染みの薄い“未開の
ジャンル”だ。あえて言えば、歌謡曲でいうところの細川たかし『矢切りの
渡し』くらいのもの(笑)。その上で、本作は世間的にここまで成功を
収めたのだから純粋に評価してもいいだろう。個人的にも、やや台詞による
説明が過剰すぎる点(後半部分)を除けば、さすが年間を代表する作品だと
思った。まず、本作の秀逸さは、主要となる人物の描写もさることながら、
僅か数シーンしか登場しないキャラクターまで丁寧に描かれ、物語上で
実に重要な役割を担っている。オイラが感心したのは、遊び人の仲間内で
唯一、良心の呵責を感じる青年と、ヒロインの姉の存在だ。前者は、非常識な
集団を、その内側から第三者的な“常人の視点”でみる役割を成し、後者は
同じ一つ屋根の下に住みながら、勝者と敗者が分かれ、その妹の存在こそが
“ヒロインの孤独感”を浮き彫りにする。映画序盤、ヒロインが仕事帰りの後、
入れ違いで妹とその彼氏が出掛け、僅かに襖が開いた妹の部屋のベッドが
乱れている。その襖をそっと閉め、残されたケーキをほおばるヒロインの
姿に、思わず胸が苦しくなる。その演出の凄みにゾクッとした。
 映画は、互いの心の隙間を埋め合う男女の純愛を描く一方で、現代社会が
抱える暗部を鋭く抉(えぐ)り出す。観ながらオイラが恐怖したのは、ネットと
マスメディアが席巻するバーチャルな情報社会が、いつしか個人のモラル
低下を引き起こし、麻痺させているってこと。一度(ひとたび)絶対悪を
見つければ、“正義の仮面”を被って一斉に叩くマスコミ報道のあり方しかり、
“している側”の都合を優先し、“されてる側”の気持ちなど分かろうとしない。
そして、映画の舞台は移る。追っ手を逃れ、そんな社会から除外された男女が
たどり着いた“最果ての地”。二人は携帯電話も、ラジオさえ持っていない。
垂れ流される情報は遮断され、代わりに周囲の雑音も聞こえない。二人にとって、
そこはこの地上に残された“最後のパラダイス”だったんだろう。ラストシーン、
二人はその楽園のてっぺんから、沈む夕日を眺めて涙する。多分、二人は
見つけたんだろう。偽善の皮を被った詐欺師…、強者をきどった弱者…、そして
悪人の烙印を押された自分たち…、この偽者だらけの世界の中で、唯ひとつ
信じられる、“本物の愛”の存在を。


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『第9地区』、観ました。

2011-11-05 18:15:51 | 映画(た行)

※第82回アカデミー賞作品賞他4部門ノミネート
※2010年キネマ旬報ベストテン第3位

 『第9地区』、観ました。
南アフリカ上空に巨大な宇宙船が出現。乗っていたのは100万を超える
難民と化した異星人たち。そして28年後、市内に設けられた異星人専用
居住区“第9地区“はスラムと化し、治安は悪化していた。政府は異星人を
さらに僻地へ強制的に移住させようと考える‥‥。
 ま、簡単に言ってしまうと、あの往年の『E.T.』をキャラクター再構築して、
独特のアプローチで現代風にした感じ。何を今更、地球人とエイリアンの
友情を描いたところで、特に目新しさは感じないが、それでも、その星の
数程ある“ETもどき”の中で、コイツはとりわけ異彩を放つ映画に仕上がった。
断っておくと、ストーリー自体はどこがどうと言うところはあまり無い。
軍部が研究材料として“あるもの”の価値を見い出し、手に入れようとする
過程から、主人公自らが盾になってエイリアンを宇宙船に送り届ける終盤の
展開まで、『E.T.』のそれに酷似する。ならば、この映画の秀逸さは???、
ブラックな遊び心とコミカルを随所に散りばめた《SFエンターテイメント》で
ありながら、“人権”という重く根深いテーマをバランス良く配置した
《風刺映画》としての側面も併せ持つ。ドンパチありーの、スプラッター
描写ありーの(←間違っても子供には薦められない)、でも映画の根幹には
“ヒューマニズム”が静かに確かに脈打っている。グロテスクでチョッピリ(?)
お下品な振る舞いをし、加えてネコ缶が大好物のエイリアンだが、少なくとも
仲間(家族)を想う“清い心”と、我らが当に忘れてしまった“美意識”は
持っている。一方、隙さえあらば相手をダマし、己の欲の為ならエイリアンの
血さえ啜(すす)り、その肉さえ喰らう地球人の、何とおぞましいこと。
本当の意味で、野蛮な方はどちらなのか?、グロテスクな方はどちらなのか?、
オイラは観ながら、そんな皮肉に反論できずに、図星をつかれたようで
苦笑する。見てのとおり、“B”の匂いプンプン、低予算を装って空っとぼけた
SF映画だが、観ていて突如としてハッとさせられ、深く考えさせられること数度。
非常に作りこまれた作品だ。


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