『歓びを歌にのせて』、観ました。
天才指揮者として世界的名声を得たダニエルは、過酷な公演スケジュールと
プレッシャーの中、病に倒れ第一線を退く。ぼろぼろの心臓と深い孤独を抱えて、
彼は故郷の小さな村に戻り、音楽にはもう関わらないと決めていたが、ある日、
地元の聖歌隊の指導を依頼される…。
タイトルからして一目で分かる“感動作”、普段からこの手の映画が苦手な
オイラとしては、大きな覚悟を決めて観たのであるが(笑)、過剰なまでの
“良心”と、出来過ぎ感ある“美談”の連続攻撃、やっぱりどうもこそばゆい。
斜(はす)に構えて見てしまう、こんなオイラが悪いのか…、斜に構えて
見せてしまう、そんな映画が悪いのか…(笑)、とりあえず、映画は泣かせ所
だけはふんだんに用意されていると思うので、アナタの好みのよって観るか
観ないかは決めたら良い。まぁ、二度三度と繰り返して観るような“深み”は
ないけれど、演出は基本にとても“忠実”で、“セオリー通り”の無難な作り。
例えば、映画序盤、(失意の)主人公が初めてレナに会う場面で、彼女が
“天使の看板”の前から現れるのは、後に彼女が主人公にとって“希望の存在”に
なることを予感させる。そして、この映画の良い所は、(主人公たちが歌う)
“音楽の価値観”を、コンクールの勝敗や優劣によって決めるのではなく、
あくまでも、自分たちの音楽が聴く人を感動させたかどうか…、強いては、
音楽の素晴らしさとその可能性について、拘って描かれている点だ。もちろん、
『スウィングガールズ』的な痛快エンディングも悪くはないが、ここでは
いつまでも鳴り止まない拍手のように続いていく、この余韻が残る結末が
ピッタリだ。
一方、観ながらどうにも気になってしまったのは、(映画の)時間内に
聖歌隊のメンバー、ほとんど全員を描こうとするあまりに、未消化のまま
完結していないキャラクターが目立つ。いつもメンバー内で孤立して、途中で
除隊してしまったオールドミスとか…、コンサートの打ち上げで、愛を告白した
同級生のお年寄りとか…。うーん、思うに、この映画で本当に描きたかったのは、
主人公とレナの“純愛”、夫の暴力に怯えて“新しい一歩”を踏み出せずにいた
妻ガブリエラの決断、“信仰(神)”に縛られ、がんじがらめになった神父と
その妻の関係、、その三組だけに絞っても良かったのでは??、その方が物語も
ごちゃごちゃせずに、スマートな仕上がりになったと、ボクは思うのだけど。