恋愛小説家の父をもつ山野内荒野。ようやく恋のしっぽをつかまえた。人がやってきては去っていき、またやってくる鎌倉の家。うつろい行く季節の中で、少女は大人になっていく。
荒野、12歳。大人以前、~16歳。時は過ぎた。青春のページ。
桜庭さんの小説で、もっとも軽めの読み物でした。
このファミ通文庫刊の加筆修正と3章は書き下ろしというもので、たぶん、対象読者が、なんとなく想像できるような。
この荒野ちゃんは、随分とアニメのキャラクターを思い起こさせる巨乳で、その他は折れそうに細く、華奢で、男の子の前で、すぐにボロボロ自然に涙が出てきちゃう可愛らしい娘。
このほかにも、友人たちは、それぞれ、注目を浴びる美少女たちで、全員個性のはっきり違うキャラクターが、アニメっぽい。
そして、この小説家の父とその愛人関係もなかなか宜しい。
大人の女性では、家政婦であった奈々子さんが、一番いい女だな。
離れを見ながら、煙草を吹かし、男言葉で。何でもない料理をさっと出す。そして去っていく人。
さくさく読めちゃう505ページ。でした。
「遠くに行きたい、なにも所有したくない。それって人間のひとつの本能だと思う。その本能を邪魔するもう一つの本能、所有欲が、恋じゃないかと思っている」
~青年は荒野をめざす~
五木寛之の本を読む大人びた少年との出会い
”スイングとは何か~アンビバレンツの美学。対立する感情が同時に緊張を保って感覚されるような状態の中で、激しく燃焼する生命力がスイング。
愛と憎悪、絶望と希望、転落感と高揚感、瞬間と永遠、記憶と幻想、それらがスパークする所にスイングが生まれる。
男たちは常に終わり泣き出発を夢みる。
安全な暖かい家庭、薔薇の匂う美しい庭、友情や、愛や、優しい夢や、そんなものの一切に、ある日突然、背を向けて荒野をめざす。
だから彼らは青年なのだ。それが青年の特権なんだ。
世界とは?人間とは?青春とは?そして音楽とは?”
離れていても、気持ちはべつに変わることはない。暖かな、何かを発見した時のような驚きと愉しさが、胸に静かに息づいている。でも荒野はそれを、誰にも話していない。~目をかたく閉じ続ける。水音のようなジャズ。ナガレよ流れ落ちよ。
愛しさは、さみしさ。
あんなにたくさんの、ぽわぽわした感情に日々、さいなまれていたというのに。大人になった今も、憶えていられるのは、はたして、どれとどれだろう。
忘れ去られてしまったのは、どの愛しさ、どのさみしさだろう。
それらは、この世のどこかをいまも、漂流しているのか。
透明なあぶくのように、生まれては、消えていった、ものたち。
時が流れて。ときには、ぼんやりとしている荒野自身をも置き去りに、流れて。振りかえると、あの季節は、あっという間。瞬きするほどの一瞬の日々よ。
あの少女はずっと、いる。
遙かな荒野に佇んでいる。
風がふくと、少女の髪が、揺れ…。
…本当は今のことしかわからない。
今だけ!恋は、今だけ
過去は眩暈がするほど遠く、未来も又、晴れない霧のむこうにある国のように、いつまで経ってもたどり着けないと感じるほどに、やはり、遠い。