『光の帝国(恩田陸)』に続いて、今日も、名作を取り上げましょう。どちらも“光” “輝ける” と書名がついておりますが、同じ名著と言ってもそのおもむきは異次元とでも表現すれば良いのでしょうか。
恩田氏の作品が、人の心の温かさや、子どもの無限の可能性を感じさせる前向きな光であるのに対して、本書で開高健氏が描く世界は闇の中で、鈍く、どす黒い不吉な光です。
本書は ベトナム戦争 の従軍記者として、アメリカ軍に同行取材した時の体験を元に書かれています。最初から、最後までベトナムの血と汗と汚物と狂気のにおいがするような作品で、重苦しく、陰鬱な雰囲気の漂う一冊ですが、なかなか途中ではやめられないような 本ではないでしょうか。
日本人で、取材に来ているという、完全な部外者でありながら、戦争の意味を、現実をとらえようと、哲学的に、文学的に、歴史的にさまざま思索をめぐらすも、いっこうに出口の見えない戦い。
銃を構え、遠くにいる人に狙いを付け、引き金に指をかけることだけで、殺人の実感を味わうとしますが、詮無いこと。アメリカ人将校に万一の場合に備え、銃を持つよう勧められても、結局断ってしまいます。
ベトナムのジャングルで、貧しく、無学で、いつ襲われるかも知れない村民たちを尻目に、自分は酒に浸り、現地の女を抱き、日本からの銀行振り込みで取材費を確実に手に入れるという現実で、何かの意味をひねり出そうと苦悶しているかのような生活です。
一作家が、やはり尽きることのない表現力で、百様の面を語っても、人々の心に何らの影響も及ぼさず、もちろん軍事においては、子ども扱いされています。
物語のクライマックスでは、いよいよジャングルでの作戦行動に従軍します。200人の部隊に同行したのですが、アメリカ軍とベトナム兵との意思疎通もうまく行かず、敵から待ち伏せを食らわされ、何と生き残ったのは筆者を含めて、わずか17名という壊滅的な敗北を喫します。 まさに命拾いです。
乱れ飛ぶ銃弾、飛び散る肉片、倒れた仲間に手をつかまれ、阿鼻叫喚の中、筆者も泣き叫びながら、逃げていくのでした。開高氏の、あの豪放磊落な雰囲気を知っている人には、よけいにショッキングでしょう。
イラク戦争で、日本の記者かアナウンサーが従軍した折の、“安全な戦争の生中継” を見てしまっている今の私にも、予想だにしない世界でした。
本書の最後に、秋山駿氏の解説があります。
『作家が、その持てる力のすべてを賭けた、というような作品がある。開高氏にとっては、この『輝ける闇』がそれである。出来上がったものが傑作であるか愚作であるか、そんな問いを作家は許さない。作家の生の全体が予感している一種の絶対的なものが、その作品を書け、と強制するからである』 とあります。
なるほどという気がしました。本書には、読者に対するサービスのようなものがまったく感じられず、読みやすいとも言えません。もう一度読みたいかといわれたら、しばらくたってから、と答えたくなります。
物語りも、書き方もまったく異なりますが、ジョージオーウェルの『1984年』を読んだ時の感覚に近いかもしれません。“喜び”の要素など、ほとんど見られない作品ですが、若い世代に、どこかで一度は読んでおいて欲しいなと思う一冊です。
http://tokkun.net/jump.htm
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そういえばPapasっていうやつ、買ったことはありませんが、見たことがあります。俄然興味がわいてきました。今度探してみてみます。
余計ついでにもう一言。メンズウェアでPapasというブランドがありますよね。あの由来は、オーナーの理想のライフスタイルがヘミングウェイと開高健で、ヘミングウェイは誰からもPapaと愛称されたので、日米ふたりのヘミングウェイという設定でPapasとネーミンッグしたと聞いています。
代理店に入る以前は店舗設計屋で、BIGI 関連のブティックも数件扱ったので、そんなふうな業界のウラ事情も伝わってきましたが、今は浦島花子で楽園のご隠居をやっちょりますデス。ALO~HA!
本多勝一さんの方はどうもメッキがはげてしまったような印象を受けますが、開高さんの方は、輝き続けていると感じます。また何か紹介してみたいと思います。
開高さんの従軍日記は、朝日新聞の紙上に連日掲載され、多くの日本人にベトナム戦争の虚しさ、残虐性を伝えた、時代を画するジャーナリズムの記念碑的な報道でした。彼とべ平連の小田実氏の朝日ジャーナルの反戦コラムが、当時の反戦運動を推進する精神的支柱であったように思えます。
開高さんは、その後はご存知のように、旅とウィスキーを愛する作家として万人に敬愛されました。スペイン独立戦争へ志願してヨーロッパへ渡ったヘミングウェイと、行動的なその経緯が似ているので(酒豪ぶりも)、日本のヘミングウェイと愛称される由縁。しかしこの小説や、特に亡くなる直前に書かれた文章は文字通り闇に光る珠玉のような名文で、随分惜しまれたものです。
私的には、旅や釣りや美味しいものを綴った随筆のファンでしたが……(好きな作家だと、ついつい余計な駄文を馳せてしまいます。)