ナンテンハギ 2016.10.26
11月はイベントが多い月だし、私も予定がぶつかったので、いつもの第2日曜日でなく第1日曜日にしたので、参加者は少ないと踏んでいました。実際、鷹の台に集まったのは5人でした。
このところ肌寒くなっていたのが、昨日、今日と季節が逆戻りし、よい陽気になりました。カラッとしているのでとても気持ちのよい日になりました。
いつもの鷹野橋から津田塾大学に向かって歩くことにしました。西武線の踏切のまわりにゴンズイ、マサキ、ヒサカキ、イヌツゲの果実があったので、あとでスケッチをするために少し採集しました。今回は果実の観察をしようと考えていたのです。
「ヒサカキというのは本物ではないサカキというニュアンスの名前です。サカキは榊と書くくらいで、神道で神様にお供えする常磐木(ときわぎ)です。ヒサカキは暖かい地方の植物で九州や西に音ではわりあいふつうの植物ですが、関東以北では少なくなります。それでサカキの代用としてこれが使われます」
といった話や
「これはイヌツゲです。(セイヨウ)ヒイラギと同じ仲間です。これは黒い実ですが、ヒイラギは赤い実をつけ、常緑の緑の葉との対比がきれいなのでクリスマスに使われます。赤と緑の対比はきれいですから、日本でもナンテンやマンリョウなど同じようにめでたいものとして使われます」
といった話をしながらゆっくり歩きました。
津田塾大学までの道は玉川上水のほかの場所に比べて緑の幅がある程度広く、歩道と上水のあいだに柵があるのですが、その幅がいくぶん広くなっています。それに、北側には浅い用水があり、その分、上層の木が多くなっています。というわけで、玉川上水の代表的な森林群落といえるところなので、ここで林の下生えの調査をすることにしました。そのことの趣旨を説明しました。
「このところ商大橋の東にある野草観察ゾーンで植生調査をしました。そこは長年玉川上水の植物をみてきた人たちが、最近木が育ちすぎて草花がなくなってしまったので、以前のように草花がある状態にしたいと行政に訴えて木を間引くことになり、その結果、実際に秋の七草のうち5つが戻ってきました。
玉川上水の自然は原生自然ではないので、まったく手をつけないで自然を保護するという考え方を採用するのは正しくありません。管理のビジョンをもって適切な管理をすることが大切で、そのことがなかなか理解されません。木を切ることは絶対だめだという硬直した姿勢は都市の緑地にはなじみません。
そういう考えで野草観察ゾーンでなかりデータをとったのですが、一番ふつうの林の中での調査が足りないので、今日はそういう林床での調査をするつもりです。」
調査区のようす
そこで、適当な場所を選んで調査をすることにしました。おこなったのは面積-種数曲線を描くための調査で、調査区を決め最初10cm四方から始め、そこに出てきた植物を記録し、調査面積をほぼ倍にして2m四方まで調べるというものです。
常連のリーさんが言いました。
「最初はなんだかつまんないけど、やっているうちにけっこうおもしろいと思えるようになるわよ」
そうか、つまらなかったんだ。それはそうだろう。花も実もない植物をみて、どうしてわかるのだかしらないが名前をいい、それを記録するだけだから。でもそれは違います。今日の場合もスイカズラ、ヤブラン、イヌツゲ、コナラなどはしょっちゅう出てきましたが、ノカンゾウやセンニンソウは一度だけでした。私の中では「あ、スイカズラだ。これは林の縁では上に伸びてきれいでいい匂いの花をさかせるんだ。イヌツゲもさっきは林縁で身をつけていたけど、林では小さくて耐えている感じ。コナラは今はこんなに小さいけど、このうち少しだけが生き延びてまわりにあるような大木になる」とか「ノカンゾウなどは本来明るいところに生えているけど、ここではモヤシみたいにヒョロヒョロで、ぎりぎりで生きているんだな」などと、それぞれの植物の生活史などが頭の中を飛び交います。そして「ヤブランでも小さいのだとジャノヒゲとちょっと見分けがむずかしいかも。ちゃんと認識しなくちゃ」とか「コナラは去年より今年はドングリが少ないみたいだな」など、頭の中をあれこれ駆け巡ります。それに、植物の被度(覆っている面積割合)の帆床などもけっこう集中力を要します。そんなこんなで退屈どころか、むしろ慌ただしいのですが、はたから見ているだけだと退屈なのでしょう。
今日は観察会なので、ひとつひとつの植物の特徴や生き方などを説明したり、
「ここに今までにないのが2種あるけどわかる?」
などクイズ形式にして探してもらうなどしました。
「あ、これ初めて出たんじゃない?」
「いえ、それはもう出たスイカズラ」
「え、でも葉っぱが違いますよ」
「ああ、スイカズラは若いのは切れ込むんですよ」
「ええ、ぜんぜんわかんない」
「うん、形は違うけど、歯の質感やビロードみたいな毛が生えてるでしょ?そういうのをよく見ると同じだとわかります」
「ほんとだ」
「リーさんは、さっきクサボケに指がさわっていたのに言わないんだもの」
「あれ、気がつかなかった」
「私の場合ね、パッとみていろいろあっても同じのはもう済んだという感じでまだ出てないものを探す。そうすると「私ここにありますよ」みたいな感じで植物のほうから存在をアピールするような感じがあるんです」
「へぇー」
とあきれたような感心したような反応がありました。
植物の調査
「さて、今の2回の結果をみると、4㎡でだいたい10種くらいですよね。野草観察ゾーンだと20種ほど出ます(文末参照)。ここももともとは林の下だったときは10種ほどだったはずで、これだけ下生えが増えたということがわかります。しかも、ここでは種数だけを表現していますが、たとえば同じ5種でも中身がどういうものかを見ると、林の植物か草原の植物かの違いがあるので、違いはもっとはっきりします。そういう資料をとっているんです」
「今日出てきた植物のうち、ノカンゾウとセンニンソウはもともと明るいところに生える植物ですが、見てわかるように、生えてはいますが、やっと生きているという感じ。ひょろひょろしてもちろん花をつけるような状態ではありません。そういうことも見ながら調べています」
データがとれたので、また進むことにしました。調査をしていてもスイカズラが多かったのですが、柵に巻きついているものがありました。
「スイカズラは林床では地面を這うように生えていますが、すがりつくものがあると、垂直に登ります。柵はちょうどつごうがいいので、こういうふうに巻きついています。さて、これは右巻きだと思いますか、左巻きだと思いますか?」
どちらの意見もありました。同じものを上からみるか、下からみるかで答えは逆になります。
「もちろんスイカズラの立場から見て、ということですよ」
また、ああだこうだと意見がありました。そこで私の結論、
「軸があります。ここを進むとき、右に動くのが右巻き、左に動くのが左巻きです。だからこれは左まきです」
清原さんのスケッチ
そんなことこれまで考えたことはなかったでしょうから、これからはつる植物を見るとそんなことを考えてくれるかもしれません。
「右巻きか左巻きか決まってるんですか?」
「だいたい決まっているみたいだけど、ときどきへそ曲がりがある植物があるそうです。ただ、では右のほうが有利だという理由は何かというとそれはわかりません」
それからクモの巣にケヤキの「小枝」がひっかかっていました。長さ10cmほどのもので、葉が数枚ついていてその付け根に数個の種子がついていまする。植物学的には枝先ということになるのですが、実際はこの部分が折れやすくなっていて、風が吹くとこの単位で風に飛ばされます。したがってこれが全体として「果実」のように機能しているのです。これは東京農工大学の星野先生が発見したことで、気づいてみれば当たり前のことですが、それまで誰も気づかなかったことです。そう言うとリーさんが、
「先生はそういう発見はないんですか?」
「ないっすね」
クモの巣にひっかかったケヤキの「枝先」
もう少し進むとヤツデの花が咲いており、ハエが吸蜜していました。
ヤツデの花に来たハエ
府中街道を超えて津田塾大学の南側に行くと明るくなります。ここにヤビミョウガ、ムラサキシキブ、ヤブラン、ノイバラ、ガマズミなどの果実がありました。時間もお昼をまわったので、果実のスケッチをすることにしました。
「適当に場所を見つけてスケッチすることにします」
「日差しが気持ちよくて眠くなりそうだね」
楽しそうに話をしながらスケッチが始まりました。私もスケッチをしました。
気持ちのよい木漏れ日の中でスケッチをする
さすがに美大生だけあって、私が説明しているあいだにもすばやくスケッチしていたようです。清原笑子さんはサラサラと描くタイプで、特徴を的確にとらえていました。
清原さんのスケッチブック
木暮葵さんは線がシャープでごまかしのないすばらしいスケッチをしていました。微細な構造を描きながら描くと、全体の形が崩れがちなものですが、これにはそれがまったくなく、鋸歯の感じなどが的確に捕らえられていてヒサカキであることがよくわかります。
木暮さんのスケッチ
私も6種の果実を描きました。
高槻のスケッチ
よい時間になったので、まとめとして次のようなことを言いました。
「今日はたったの400メートルを2時間半もかけてゆっくりゆっくり歩きました。でもその短い中にいろいろな果実がありました。果実といってもケヤキやカエデのように風で飛ぶものとは違います。色がきれいで、果肉があるベリーと呼ばれる果実です。ヤブランはユリ科、ヤビミョウガはツユクサ科だから単子葉植物です。これらと双子葉植物は根本的に違います。その中にも草本と木本があり、ヒヨドリジョウゴは草本でそのほかのものは木本です。木本の中にはさまざまな科があり、ヒサカキはツバキ科、イヌツゲはモチノキ科、ノイバラはバラ科、ムラサキシキブはクマツヅラ科とそれぞれ別の科に属しています。つまりさまざまに違う仲間なので、花はまったく違う形をしています。また中に入っている種子もヒサカキは小さなものがたくさんありますが、ヤブランでは大きな種子が1個入っているだけです。
準備中
上左:ヒサカキの種子 上右:ヤブランの種子
下左:ヒサカキの果実 下右:ヤブランの果実 格子の間隔は5mm
それなのに、みなだいたい直径5mmから1cmくらいでツヤツヤしていて、赤から黒など、緑の中で目立つ色をしています。黒は人の目にはあまり目立ちませんが、鳥の目には目立つのだそうです。これには理由があるはずで、それは動物、とくに鳥に食べてもらうために違いありません。自分では動けない植物は種子を運ぶためにさまざまな工夫をしています。風や水を利用するものもありますが、今日観察したのは動物を利用しようとするものです。私たちは、果実は季節になれば森を彩るために色づくくらいに思いがちですが、植物はそんな目的で色づくわけではありません。動物に食べてもらい、種子をはこんでもらうため、すべて自分自身のためです。そのために「おいしい実がありますよ」と広告して、動物の目を引いているわけです」
「広告かぁ」
みんな驚きながらも納得したようでした。
今日はじめて参加した石井おりえさんは童話を作っているということで、童話の楽しさや重要さなどに話がはずみました。私もこどもに動植物の魅力を伝えたいと思っているので、なにか共同作品のようなものができればよいなと思ったことです。
記念撮影
ここで解散とし、私はお昼を食べてから、また群落調査を続けました。今日、落葉樹林の下で10の調査区でデータがとれたので、野草観察ゾーンとの比較ができると思います。
今日は人数が少なかったのですが、それだけに解説者と参加者という関係ではなく、大きな声を出す必要のない距離で話ができてよかったと思いました。
観察した果実
林床と草地の出現種数
これまで調べて落葉樹林の林床6カ所での面積-出現種数と野草保護観察ゾーンや津田塾大学南の明るい群落7カ所でのそれの平均値を比較したのが下の図です。これをみると草地でほぼ2倍の種数があり、上層木の除去が大きな影響をもつことがわかります。
11月15日に武蔵野美術大学で「玉川上水生きもの調査−これまでにわかったこと」と題して講義をしました。以下はその内容です。講義のあとに会場でよせられた質問はこちら、配布された用紙に書かれた感想・質問はこちら
講義をする高槻(棚橋早苗さん撮影)
今年の3月から玉川上水の生きもの調べをしてきました。これまでの調査では、プロジェクトリーダーである武蔵野美術大学の関野吉晴教授をはじめとする小口詩子先生ほかの先生方、「ちむくい」(ちいさな虫や草やいきものたちを支える会)のリー智子さんをはじめとするメンバーの皆さん、「チームぽんぽこ」の棚橋早苗さん(武蔵野美術大学非常勤講師)とそのメンバー、調査を快諾してくださった津田塾大学、小平市など多くの人々や機関にご理解、ご協力を頂きました。活動は今後も続きますので、ここまでのお礼を申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いします。
今日はこれまでにわかったことを報告します。内容は大きく、タヌキに関するものと玉川上水の特徴である細長いということに関するものに分かれます。
私は玉川上水で動植物の調査をするにあたり、次のように考えました。よく「どこどこ山の動植物調査報告書」というのがあります。そこには動物や植物の専門家が調べて確認できたリストがあり、貴重なものが何種類あった、だから保護すべきだなどと書かれています。しかし、それらの生きものがどういう生き方をしているかに言及したものはごく限られています。これは、たとえてみれば小学校の先生が生徒の名前は覚えたが、子供ひとりひとりの性格や団体の中での言動などを知らないでわかったと言っているようなことです。そこで私はそうではなく、限られた動植物でよいからじっくりと調べることにし、その主人公としてタヌキをとりあげることにしました。
そこでまず、細長い玉川上水に接してまとまった緑のある津田塾大学の狙いをつけて自動撮影カメラをおかせてもらいました。すると餌をおいたその日の夜にさっそくタヌキが現れた映像がとれ、あっけないほど簡単にこのことが明らかになりました。
自動撮影カメラ
撮影されたタヌキ
次にタメフン場がみつかったので、そこにもカメラをおいたところ、糞をするタヌキも撮影されました。
糞をするタヌキ
そのフンを拾っては分析し、タヌキの食性の季節変化を調べています。
タヌキの糞と糞を洗浄したもの
そうすると冬の終わりには哺乳類や鳥類が出てきますが、春になると一部の果実、葉などが増え、夏になると昆虫、秋になると果実という季節変化を示すことがわかってきました。この分析は現在も継続中です。
津田塾大学のタヌキの糞組成の月変化
私はほかの場所でもタヌキのフンを集めて分析していますが、ときどき自分自身で「お前、なんだってこんなことをしてるんだ」というような思いが顔をのぞかせることがあります。そんな迷いもちらついていたときに、天皇陛下が皇居のタヌキについて、同じようにフンを拾って分析し、論文を公表されました。私はずいぶん勇気付けられました。それで次のような短歌を作りました。
糞を分析すると、さまざまな果実が検出されます。そして、ケヤキ、ムクノキ、ギンナンはタメフンの周りからたくさん芽生えてきます。これはタヌキが種子散布をしているということです。このことからタヌキは果実を食べる、つまり自分のために栄養をとっているという現象を、植物からみると、果実を食べさせて実は種子を運んでもらっているとみることができることがわかります。重要なことは、このことでタヌキと植物がつながっていることの実体がわかったということです。このつながりを私は「リンク」と呼んでいます。
タメフン場に芽生えた実生(左はムクノキ、右はエノキ)
種子散布をタヌキの側と果実の側から見ると・・・
ところで、タヌキが糞をすれば、それを利用する糞虫がよってきます。これもリンクです。これも糞虫からみれば栄養価の高い食物を食べるということですが、タヌキからみれば排泄したものを分解してもらっているということになります。これはタヌキにとってプラスということはいえないかもしれませんが、生息地の生態系の物質循環にとって重要であることは違いありません。
そこで糞虫の生息を、馬糞と犬糞を使って糞虫トラップによって調べてみました。すると馬糞にはほとんどきませんでしたが、犬糞には確実に糞虫がきました。そのほとんどはコブマルエンマコガネという小型の糞虫でした。専門家によると、これは肉食獣の糞を好む糞虫だということです。
糞虫トラップ、トラップに入った糞虫
糞虫は実に魅力的な形をしています。
コブマルエンマコガネ、コブマルエンマコガネ(左)とクロマルエンマコガネ(右)のスケッチ
これによって玉川上水の生物多様性が確認できました。そこで、この糞虫の糞分解能力を調べたところ、5匹がピンポン玉ほどの馬糞を1日以内で完全にバラバラに分解しました。
コブマルエンマコガネによる糞の分解
このことを武蔵野美術大学の小口先生がすばらしい動画で記録されたので、会場ではその動画を紹介しました。
糞虫については次の2点が課題となりました。
1) トラップあたり10匹ほどのコブマルエンマコガネがとれたが、この意味は?
高尾のある山で同じ調査をしたところ、コブマルエンマコガネがやや多いだけでなく、センチコガネが数匹とれ、合計20匹ほどになりました。これから、玉川上水は高尾にくらべれば糞虫が少なく、しかもコブマルエンマコガネに偏っていることがわかりました。高尾の山にはイノシシやキツネ、サルなど玉川上水にはいない哺乳類がおり、質の違う糞を供給しています。糞虫の組成はそのことを反映しているものと思われます。
高尾と玉川上水での糞虫組成
なお、山梨県の上野原ではコブマルエンマコガネ、センチコガネのほか、その他のエンマコガネやツノコガネなどもいて、トラップあたり50匹もとれることがわかっています。
山梨県上野原を含めた比較
2)周囲の孤立緑地には糞虫はいないのではないか
小平界隈には玉川上水のような連続緑地のほかに公園などの孤立緑地があります。孤立していれば生物多様性が小さいはずだから糞虫もいないと予想しました。しかし44箇所を調べたところ37カ所にはコブマルエンマコガネがおり、決して玉川上水が特別豊富とはいえないことがわかりました。
孤立緑地である公園の例。これよりは大きい公園もある。こんな公園にも糞虫がいた。
糞虫トラップで糞虫の生息を調べた地点(赤丸)
上野原、高尾、玉川上水と小平とその周辺での44箇所の糞虫組成
つまり糞虫は狭い緑地があれば生息しているということです。こういう緑地にはタヌキはほとんどいないので、イヌやネコの糞があるか、糞以外の動物の死体などを利用しているのかもしれません。また飛翔力もあるので、近所に林があればそこから飛来する可能性もあります。
こうしてタヌキとタヌキに関連した生きものについて次の11のオリジナルな情報をとることができました。
津田塾大学には確実にいる。
タメフン場がある。
冬は哺乳類や鳥類、夏は昆虫、秋から冬は果実が主体。
種子散布に貢献している。
玉川上水には糞虫がいる。
糞虫の分解能力はすごい!
分解の段階で分解者が入れ替わるらしい(ここでは省略)
高尾に比べるとセンチコガネが少ない。
高尾も山梨に比べると豊富ではない。
玉川上水にはコブマルエンマコガネが生き残った可能性が大きい。
玉川上水は特別に糞虫が多いとはいえない。
糞虫について4月に講義をしたとき、聞いた人から次のような感想が寄せられました。
<4月の講義での糞虫についての感想>
- 虫嫌いの私が今日の糞虫の話でけっこう大丈夫になってきました。たしかに生きている以上、排泄と死体は存在し、分解の役割をになう小さな糞虫の仕事が生きもののつながりを維持しているんだなあ。カワイイではないか。
- 分解昆虫の分解のスピードなど、普通の観察では気づくことのできない内容だったので、興味ふかかった。機会があれば自分でも調査してみたい。
続きはこちら
講義をする高槻(棚橋早苗さん撮影)
今年の3月から玉川上水の生きもの調べをしてきました。これまでの調査では、プロジェクトリーダーである武蔵野美術大学の関野吉晴教授をはじめとする小口詩子先生ほかの先生方、「ちむくい」(ちいさな虫や草やいきものたちを支える会)のリー智子さんをはじめとするメンバーの皆さん、「チームぽんぽこ」の棚橋早苗さん(武蔵野美術大学非常勤講師)とそのメンバー、調査を快諾してくださった津田塾大学、小平市など多くの人々や機関にご理解、ご協力を頂きました。活動は今後も続きますので、ここまでのお礼を申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いします。
今日はこれまでにわかったことを報告します。内容は大きく、タヌキに関するものと玉川上水の特徴である細長いということに関するものに分かれます。
私は玉川上水で動植物の調査をするにあたり、次のように考えました。よく「どこどこ山の動植物調査報告書」というのがあります。そこには動物や植物の専門家が調べて確認できたリストがあり、貴重なものが何種類あった、だから保護すべきだなどと書かれています。しかし、それらの生きものがどういう生き方をしているかに言及したものはごく限られています。これは、たとえてみれば小学校の先生が生徒の名前は覚えたが、子供ひとりひとりの性格や団体の中での言動などを知らないでわかったと言っているようなことです。そこで私はそうではなく、限られた動植物でよいからじっくりと調べることにし、その主人公としてタヌキをとりあげることにしました。
そこでまず、細長い玉川上水に接してまとまった緑のある津田塾大学の狙いをつけて自動撮影カメラをおかせてもらいました。すると餌をおいたその日の夜にさっそくタヌキが現れた映像がとれ、あっけないほど簡単にこのことが明らかになりました。
自動撮影カメラ
撮影されたタヌキ
次にタメフン場がみつかったので、そこにもカメラをおいたところ、糞をするタヌキも撮影されました。
糞をするタヌキ
そのフンを拾っては分析し、タヌキの食性の季節変化を調べています。
タヌキの糞と糞を洗浄したもの
そうすると冬の終わりには哺乳類や鳥類が出てきますが、春になると一部の果実、葉などが増え、夏になると昆虫、秋になると果実という季節変化を示すことがわかってきました。この分析は現在も継続中です。
津田塾大学のタヌキの糞組成の月変化
私はほかの場所でもタヌキのフンを集めて分析していますが、ときどき自分自身で「お前、なんだってこんなことをしてるんだ」というような思いが顔をのぞかせることがあります。そんな迷いもちらついていたときに、天皇陛下が皇居のタヌキについて、同じようにフンを拾って分析し、論文を公表されました。私はずいぶん勇気付けられました。それで次のような短歌を作りました。
糞を分析すると、さまざまな果実が検出されます。そして、ケヤキ、ムクノキ、ギンナンはタメフンの周りからたくさん芽生えてきます。これはタヌキが種子散布をしているということです。このことからタヌキは果実を食べる、つまり自分のために栄養をとっているという現象を、植物からみると、果実を食べさせて実は種子を運んでもらっているとみることができることがわかります。重要なことは、このことでタヌキと植物がつながっていることの実体がわかったということです。このつながりを私は「リンク」と呼んでいます。
タメフン場に芽生えた実生(左はムクノキ、右はエノキ)
種子散布をタヌキの側と果実の側から見ると・・・
ところで、タヌキが糞をすれば、それを利用する糞虫がよってきます。これもリンクです。これも糞虫からみれば栄養価の高い食物を食べるということですが、タヌキからみれば排泄したものを分解してもらっているということになります。これはタヌキにとってプラスということはいえないかもしれませんが、生息地の生態系の物質循環にとって重要であることは違いありません。
そこで糞虫の生息を、馬糞と犬糞を使って糞虫トラップによって調べてみました。すると馬糞にはほとんどきませんでしたが、犬糞には確実に糞虫がきました。そのほとんどはコブマルエンマコガネという小型の糞虫でした。専門家によると、これは肉食獣の糞を好む糞虫だということです。
糞虫トラップ、トラップに入った糞虫
糞虫は実に魅力的な形をしています。
コブマルエンマコガネ、コブマルエンマコガネ(左)とクロマルエンマコガネ(右)のスケッチ
これによって玉川上水の生物多様性が確認できました。そこで、この糞虫の糞分解能力を調べたところ、5匹がピンポン玉ほどの馬糞を1日以内で完全にバラバラに分解しました。
コブマルエンマコガネによる糞の分解
このことを武蔵野美術大学の小口先生がすばらしい動画で記録されたので、会場ではその動画を紹介しました。
糞虫については次の2点が課題となりました。
1) トラップあたり10匹ほどのコブマルエンマコガネがとれたが、この意味は?
高尾のある山で同じ調査をしたところ、コブマルエンマコガネがやや多いだけでなく、センチコガネが数匹とれ、合計20匹ほどになりました。これから、玉川上水は高尾にくらべれば糞虫が少なく、しかもコブマルエンマコガネに偏っていることがわかりました。高尾の山にはイノシシやキツネ、サルなど玉川上水にはいない哺乳類がおり、質の違う糞を供給しています。糞虫の組成はそのことを反映しているものと思われます。
高尾と玉川上水での糞虫組成
なお、山梨県の上野原ではコブマルエンマコガネ、センチコガネのほか、その他のエンマコガネやツノコガネなどもいて、トラップあたり50匹もとれることがわかっています。
山梨県上野原を含めた比較
2)周囲の孤立緑地には糞虫はいないのではないか
小平界隈には玉川上水のような連続緑地のほかに公園などの孤立緑地があります。孤立していれば生物多様性が小さいはずだから糞虫もいないと予想しました。しかし44箇所を調べたところ37カ所にはコブマルエンマコガネがおり、決して玉川上水が特別豊富とはいえないことがわかりました。
孤立緑地である公園の例。これよりは大きい公園もある。こんな公園にも糞虫がいた。
糞虫トラップで糞虫の生息を調べた地点(赤丸)
上野原、高尾、玉川上水と小平とその周辺での44箇所の糞虫組成
つまり糞虫は狭い緑地があれば生息しているということです。こういう緑地にはタヌキはほとんどいないので、イヌやネコの糞があるか、糞以外の動物の死体などを利用しているのかもしれません。また飛翔力もあるので、近所に林があればそこから飛来する可能性もあります。
こうしてタヌキとタヌキに関連した生きものについて次の11のオリジナルな情報をとることができました。
津田塾大学には確実にいる。
タメフン場がある。
冬は哺乳類や鳥類、夏は昆虫、秋から冬は果実が主体。
種子散布に貢献している。
玉川上水には糞虫がいる。
糞虫の分解能力はすごい!
分解の段階で分解者が入れ替わるらしい(ここでは省略)
高尾に比べるとセンチコガネが少ない。
高尾も山梨に比べると豊富ではない。
玉川上水にはコブマルエンマコガネが生き残った可能性が大きい。
玉川上水は特別に糞虫が多いとはいえない。
糞虫について4月に講義をしたとき、聞いた人から次のような感想が寄せられました。
<4月の講義での糞虫についての感想>
- 虫嫌いの私が今日の糞虫の話でけっこう大丈夫になってきました。たしかに生きている以上、排泄と死体は存在し、分解の役割をになう小さな糞虫の仕事が生きもののつながりを維持しているんだなあ。カワイイではないか。
- 分解昆虫の分解のスピードなど、普通の観察では気づくことのできない内容だったので、興味ふかかった。機会があれば自分でも調査してみたい。
続きはこちら