玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

講義録3 生き物のつながり 2. 糞虫とシデムシ

2016-04-25 03:56:41 | コンテンツ

意義
山梨県大月市の糞虫
アファンの森の糞虫とシデムシ
分解昆虫を調べること
講義を振り返って
感想と質問
コメント
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講義録3 生き物のつながり 2.糞虫とシデムシ <感想と質問>

2016-04-25 03:40:11 | 生きもの調べ
無記名のものはとりあげません。イニシアル(姓名の順)を書いたので、記名してよい人はお知らせください。内容はよみやすいよう多少修正しています。

感想
FK
糞虫はとても重要な役割をしているのだと思いました。

IK
たしかに森で糞を見ないなあと気付きました。カブトムシみたいな糞虫、かっこいいですね。
→ゴホンダイコクコガネです。

KB
観察の意義を改めて見直し、自分でもおこないたいと思いました。

KT
虫嫌いの私が今日の糞虫の話でけっこう大丈夫になってきました。たしかに生きている以上、排泄と死体は存在し、分解の役割をになう小さな糞虫の仕事が生きもののつながりを維持しているんだなあ。カワイイではないか。



KY
糞虫の存在と偉大な役割を初めて認識しました。ぜひ本物をみてみたい。小平で見つけられますか?
→きっといると思います。今年調査をします。

MK
中央公園での昆虫観察会ではオオヒラタシデムシやアオオサムシがしばしば確認されていますから、玉川上水にもきっといると思います。ギターを歌、お上手でした!!

MK
糞虫やシデムシの分解力のすごさに驚きました。

NT
今年、とくに勉強したいと思っていた植物と昆虫との関係についてとてもいい形で学べた。教科書的な勉強ではなく、実際の研究の中での具体的な話ははっきりとした実感とともに頭に入ってくる。さらに学びたい欲がわきました。


NT
分解昆虫の分解のスピードなど、普通の観察では気づくことのできない内容だったので、興味ふかかった。機会があれば自分でも調査してみたい。

NY
糞虫の分解スピードに驚きました。

OH
動物や昆虫の営みを理解することは自分たち人言の存在を見つめ直すことにつながると思います。そうした視点は生命への敬意につながると思います。

OY
当たり前に思える世界が実は未知であり、不確かで、それを学生と調査しデータで示してもらううれしいひとときです。

SK
「みんなつながっている」という話を聞きました。中学の理科の授業で自然界の循環を学んで「みんなつながっている」ということを学んだとき、スキップしたくなるほど「生きているっていいなあ」と感動しました。その感動が還暦をすぎた今も私の原点として残っています。また日のあたる部分も影の部分もあり、自然界が成り立っているのだなと改めて思いました。
PS. 先生の歌は最高でした。心に響きました。

SY
現代人が命の影の部分にふたをして見えないようにしてしまっているという話にはっとさせられました。お手洗いもお葬式もすっかりシステム化されてしまって、どういうルートで処理されているのかまったく見えません。

TS
先生のお話はわかりやすいです。そしておもしろいです。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
質問と回答
FK
糞虫はどのような進化をたどって今のような生態になったのですか。シデムシや糞虫はどの部分で匂いを嗅いでいるのですか。
→糞虫はシデムシの中から特殊化したグループが生じたと考えられています。匂いは頭にある触覚で感じていると思います。というのは飼育していて、糞を提示すると触覚を開くからです。

FK, OY
都市にはどういう分解昆虫がいますか。
→調べられていないと思います。私たちは今年玉川上水で調査をします。

KB
原始林はどのように変化しますか。
→老木は台風などで倒れ、そこ(ギャップとよばれる)には光が注ぐので、若木が育ち、やがて樹冠に達して隙間を埋めます。こうしてほころびと補完が繰り返されます。

KS
糞虫やシデムシ以外のミミズや微生物についても知りたいです。やはり明るい林にたくさんいすのでしょうか。
→私は調べたことがないのですが、そのような研究はあります。落葉広葉樹林とスギ人工林を比較すればそうですが、常緑広葉樹林にも多くの土壌動物がいます。

KY
学生に研究テーマを発見させる、あるいは興味を持たせるコツはなんでしょう。
→私は押し付けはしませんでした。学生が課題をもっていれば、それを聞いて意味づけをしておこなわせました。もっていないことが多いので、こちらから課題を提示し選ばせました。自分で選んだ課題は責任もともなうのでやる気になるようでした。ただ、私自身がおもしろがって調査をするので、つられておもしろがるということも多かったと思います。

MK
ハチは花の蜜を吸い、トンボは他の昆虫を食べ、糞虫は糞を食べる。このような食性の違いはどうして起こるのでしょうか。進化に関係しているのでしょうか。
→進化そのものです。地球上に植物が生まれ、それを利用する動物が生まれ、動物を利用する動物が生まれました。動物にも植物にもさまざまな種がおり、部分により栄養成分が違います。種が枝分かれする中で、同じ資源を競争してとりあうものもいたでしょうが、違い資源を違う動物が利用するほうが、競争をしなくてよいという動きがあったはずです。これは人間社会にさまざまな職業があり、つねに生まれてゆくのに例えられます。これを生態学的役割といいます。またそういう「仕事」のことを生態学的地位(ニッチ)といいます。

MZ
草むらにナマ肉を置いたらナメクジがびっしりついたと聞いた。時期や場所によって分感謝が違うのか。
→違いはあると思いますが、あまり調べられてないと思います。

NT
ヒメアマツバメの死体を見つけたが、ハエとアリしか見当たらなかった。死体が新しいということでしょうか。
→見ていないので、なんともいえません。

NY
日本では水洗トイレが普及しきっていますが、人間と糞虫やシデムシがどう共生してゆくのがよいのでしょうか。
→衛生という点から人間の屎尿や死体処理は生態系からははずれており、仕方ないことだと思います。しかし自然界では哺乳類や鳥類の排泄物や死体が分解昆虫に分解されるサイクルを保全しないといけないと思います。今日の講義はそのことを伝えることを目的としました。

OH
ゴホンダイコクコガベのカッコイイ角はなんの役割をしているのですか。
→カブトムシやシカの角と同じく、メスにモテるためです。

ON
糞が乾燥して匂いがしないから集まりにくいということですが、分解しにくさ(硬さ)など他の原因でないということは確かめられていますか。それ以外の要素、たとえば湿気によって糞が柔らかくたもられるため、分解する期間が長いなど。
→私は同じシカの分を2分して、片方を草原に、片方を森林に置いたところ、草原のものは乾燥して糞虫が少数しかこなかったのに対して、森林のほうが糞虫がきてすぐに分解されました。ほかの要素はあっても小さいと思います。

ST
タヌキの分をトラップにして津田塾大にかけたらどういう糞虫がくるでしょうか。
→いま糞はすべて採取して分析していますが、数が多い場合は挑戦してみたいと思います。

SY
人間の排泄物を好む糞虫はいますか。糞虫は人間の排泄物の処理に応用できるのでしょうか。
→人糞は強い匂いがし、栄養価も高いので、好まれます。人間の排泄物は膨大であり、糞虫に提供する状況がないので非現実的です。

TS
シカやイノシシが山で増え、樹皮を剥ぐため木々が枯れているそうです。また農作物も荒らすので、国をあげて駆除しています。これがよい方法なのでしょうか。
→これについては講義外のことなので、小著「シカ問題を考える」(ヤマケイ新書)をご覧ください。

YK
小学校でモルモットを飼育しています。雌雄で糞の形が違うようです。ほかの生物にもそのようなことがありますか。
→糞の形は食べているものでかなり変化しますが、雌雄での違いは聞いたことがありません。

総評
 この時間では「鼻つまみ者」の糞虫やシデムシが実は偉大な仕事をしていることを紹介しました。そのことを的確に理解してくださる人が多かったようです。また最後なので、タヌキ、訪花昆虫もふりかえり、生き物のリンク(つながり)の重要性を玉川上水とむずびつけて考えました。そのことが印象に残った人もいたようです。


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講義録3 生き物のつながり 2.糞虫とシデムシ <講義を振り返って>

2016-04-25 03:16:54 | 生きもの調べ
<講義を振り返って>
 3回にわたった私の講義もこれで終わりです。3回を振り返ってみましょう。第1回のタヌキの話では、タヌキが同じ場所に住んでいると感じながら生きるか、そうでないかは違うのではないかということを話しました。2回目には人による森林の管理のしかたによって、そこに生きる動植物のリンク(つながり)が大きな影響を受けるという話をしました。そして3回目には鼻つまみ者の糞虫やシデムシが実は偉大な働きをしていることを知ることの大切さをお話しました。
 玉川上水は今、微妙なところにあると思います。このままタヌキがいなくなる可能性は十分にあります。そうなれば種子が散布されることもなくなり、糞がなくなるから糞虫もいなくなり、また死体も出ませんからシデムシもいなくなるでしょう。それは生物多様性の喪失です。また玉川上水の木立が伐採されれば、多くの動植物は消えてゆくでしょうし、クヌギやコナラの林がスギに置き換えられたらやはり昆虫や小鳥はいなくなるでしょう。私が生態学を通じて学んだのは、生き物はつながって生きているんだという、ごく常識的なことでした。それは大発見ではありませんが、それだけに気をつけないと簡単に失われてしまうことでもあります。


生き物のリンク(つながり)

 玉川上水を暗渠にしたり、埋めてしまったほうが土地が「有効利用」できると考える勢力もいます。玉川上水の将来は私たちの意識にかかっているといえます。
 最後に私が考えている玉川上水への思いをお伝えしておきます。
 東京という大都市が「発展」するなかで、自然は蝕まれてきました。そのなかで、玉川上水が細々ながら残されたことは奇跡のようなことだと思います。それは我々の先輩が「これ以上自然を失ってはいけない」という危機感をもって下した英断によるのだと思います。


玉川上水沿いでジョギングを楽しむ人

 日本の自然は豊かです。豊かであるために、私たちはその存在を当たり前のように思いがちです。あるいはトキやコウノトリのような絶滅危惧種だけが大切だと思いがちです。


滔々と水の流れる玉川上水

 でもそれはきっとまちがいです。ありふれた自然、そこにいる動植物のことに思いを馳せる心がなければ、豊かな自然も失われてしまうに違いありません。


玉川上水沿いの道で遊ぶ少年たち(棚橋早苗さん撮影)

 私はこの子たちに玉川上水をよい形で引き継ぎたいと思います。そのために、ありふれた動物や植物をじっくりと観察し、ひとつひとつの命に敬意をはらい、彼らが繰り広げるお話を伝えるための努力を続けたいと思います。

長いあいだご静聴いただき、ありがとうございました。

付記:私は関野先生のグレートジャーニーをみて、とくにモンゴルのところに感銘を受けました。プジェという少女が登場します。彼女は外国から来た自転車にのった見知らぬ男を仕事の邪魔と嫌います。次第に心を開き、あるとき、早春に咲くオキナグサをヒツジが食べるのをみて「花にはかわいそうだけど、冬のあいだにやせたヒツジが元気になるためにはしかたないの」といいます。彼女は小さいのに生き物がつながっていることを体で理解していました。それがとても印象に残っています。実は私もモンゴルで調査をしています。関野先生の考えておられる地球規模のことを私は十分に理解をしていませんが、モンゴルは接点だと思っています。その思いを込めて、エールとして「ヘッドライト・テールライト」を歌いました。スライドでモンゴルの景色を紹介しながら歌いましたが、歌詞は「旅はまだ終わらない」で終わります。そこで、その最後に「玉川上水のプロジェクトの旅を続けましょう」とアピールしました。


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講義録3 生き物のつながり 2.糞虫とシデムシ <分解昆虫を調べること>

2016-04-25 03:15:57 | 生きもの調べ
<分解昆虫を調べること>
 糞は汚いもの、いやなものの代表。それに集まって食べる糞虫は限りなくけがらわしいと思われがちです。死体は糞以上にいやなものだから、死体を食べるシデムシなどおぞましさの極みだ。それが多くの人のもつイメージでしょう。しかしこうした昆虫がいなければ、森はすぐに糞や死体で溢れてしまうことでしょう。彼らの働きは自然界における偉大な役割を果たすものです。「鼻つまみ者」であるこれらの昆虫が森の中で偉大な仕事をしていることを知ったことは、私にとって自然観を変えるようなことでした。
 冒頭で話したように、動物が生きている以上、排泄し、最後には死にます。私たちが都市生活をするためには、ゴミや屎尿を効率的に処理することは重要なことで、その結果、ゴミはすぐに家から出し、屎尿は水洗で下水に消えていきます。人が死ねば火葬にします。しかし、人の歴史のほとんどのあいだ、人は身近に排泄物を見ないわけにはいかなかったし、死体も土葬にしてきました。食べたものが形を変えて排泄され、臭くなる。死体も腐ってゆく。それはまぎれもない事実です。
 私は66歳で、昭和24年生まれです。私たちが子供であった戦後しばらくの時代、「くそったれ!」とか「味噌糞いっしょ」、あるいは「よいこともしないが屁もこかん」など、排泄にかかわることばが頻繁に日常会話にありました。それは下品といえば下品なことですが、ではそれらがあたかもないことのように知らんふりをすることが「上品」といえるでしょうか。私は生まれること、育つことだけを見て、排泄すること、死ぬことをきれいごとのように蓋をするのが上品であるとは思いません。品格ある生き方というのは事実を直視し、知った上で最善の方法を考えることだと思います。日本人全体が都市生活をするようになる中で、人も動物の1種であることを忘れることがないように配慮するのが大人の役割であるように思います。
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講義録3 生き物のつながり 2.糞虫とシデムシ <アファンの森の糞虫とシデムシ>

2016-04-25 03:14:34 | 生きもの調べ
<アファンの森の糞虫とシデムシ>
 ある年、研究室に入ってきた池田有香さんはこのことに関心をもってくれたので、アファンの森で糞虫とシデムシを調べることにしました。糞虫は哺乳類の糞を、シデムシは死体を分解する昆虫ですから、「分解昆虫」ということにします。私は宮城県の金華山という島でシカの調査をしていましたが、そこには糞虫がたくさんいました。ところがアファンの森では糞虫やシデムシを見ませんでした。ですから調査をしても採れるかどうかちょっと不安もありました。
 方法のうち糞虫は大月のものと同じです。シデムシはペットボトルの側面に窓のような穴をあけ、中に針金でマウスの死体をぶらさげました。
 

シデムシなどを捕まえるためのペットボトルを使ったトラップ

 実際にトラップを置いてみると、たくさんの昆虫が来ていて驚きました。糞虫は大月と基本的に同じ結果が得られました。一番多く集まったのは落葉広葉樹林、次が人工林、一番少なかったのが草地でした。


アファンの森の異なる群落でトラップに集まった糞虫の数(数字はトラップあたりの匹数)

 シデムシのほうは、糞虫のような違いはありませんでした。順位でいえば落葉広葉樹林>スギ人工林>草地にはなったのですが、数字の違いは小さいものでした。ただし、昆虫の種類には違いがあり、人工林ではヨツボシモンシデムシという背中に赤い点が4つあるシデムシがよく来ました。落葉広葉樹林ではさまざまな甲虫がバランスよく採れました。草地にはセンチコガネとヨツボシモンシデムシはほとんど来ず、エンマコガネやオオヒラタシデムシが多かったという違いがありました。意外だったのはマウスの死体にセンチコガネやエンマコガネなどの糞虫が来たことです。糞虫のように群落間で違いが小さかったのは、シデムシのほうが飛翔力が大きいからではないかと思います。糞虫もシデムシも糞や死体の匂いをもとめてパトロールをしています。そして匂いを察知するとそちらの方向へ近づいて、最後にそこに着地するのですが、シデムシのほうが広い範囲を動き回る、あるいは嗅覚がすぐれていて、死体を遠くからでも察知するということがあるのかもしれません。


アファンの森の異なる群落でトラップに集まった死体分解甲虫の数(数字はトラップあたりの匹数)

 個人的感覚ですが、糞虫は魅力的な形をしていますが、シデムシはいかにも恐ろしげな顔、体をしています。目もギョロついているし、動きも激しくて、ムシ好きの私もちょっとタジタジです。とくにクロシデムシは体も大きく、真っ黒で悪魔的イメージがあります。大学で飼育していたとき、クロシデムシが脱走しました。研究室の中を探しましたがみつかりません。どこに隠れているのだろうと思っていたら、翌日、女子トイレから悲鳴が聞かれました。
 このときは野外調査をするとともに、糞虫を飼育しました。容器に馬糞をピンポン球ほどに丸めて置き、そこに5匹のエンマコガネを入れました。ときどき分解のようすを観察したところ、はじめのうちはあまり変化がありませんでしたが、12時間になると明らかに崩れが目立つようになり、1日たったら球状だった馬糞がほぐされて真っ平らになってしまいました。エンマコガネは体調5,6mmの小さな甲虫です。もしこれをわれわれにたとえたら、糞はこの部屋(教室)かそれ以上の大きさのはずです。それを1日でバラバラにしてしまうのですから、たいへんな力です。私は糞虫の分解力に舌を巻きました。


飼育したエンマコガネがピンポン球ほどの馬糞を分解するようす

 さて、糞虫にしても、シデムシにしても、私がアファンの森を歩いていて見つけることがなく、哺乳類の死体や糞も気づきませんでしたが、それは、これら分解昆虫が大活躍をしていて、糞や死体が供給されてもたちどころに分解しているからだったのです。
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