玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

Darwin Roomでの感想

2016-12-21 09:30:54 | 生きもの調べ
暮れの12月21日に下北沢のDarwin Roomで玉川上水についてのトークをしましたが、アンケートが寄せられたので、公開の了解を得た上で紹介します。

 最初に質問から。

Q: タヌキの食性分析で人工物が出てきたということですが、その内容はなんですか。というのは海洋ゴミではプラスチックゴミが注目されているからです。
A: 人工物は輪ゴム、ゴム手袋、ポリ袋、アルミホイルなどです。

以下は感想です。読みやすくするために、最低限の調整をしたものもあります。
− (10代女性、学生)大学で生態系保全についてまなび始めました。先生の話はとてもわくわくしました。私は生き物が近くにいる生活がすきです。「半自然」は里山の考え方だと思いました。人間自身のために環境を守る必要があると感じ、身近な生き物を深く観察したいと思いました。

− (20代女性、動物園飼育担当)タヌキが自然とのつながりを維持する役割を果たしていると聞き、とても納得すると同時に、やはり日本を代表するすばらしい存在であると再確認しました。交通事故で亡くなる数ナンバーワンであり、ときに害獣となるタヌキですが、人間が接し方を見直す必要があると感じました。

− (30代男性、レンジャー)「当たり前の生物から」という話をきき、北原白秋が「スズメのことがわかれば世界の全てが分かる」と言っていたことを思いました。スズメは「どこにでもいる」ことが一番の魅力だと思います。タヌキにも重なる部分があり、とても好きになりました。

− (30代男性、レンジャー)公園管理の仕事をしています。埋立地に作られた公園ですので、すべて人工的なものです。設立されて26年がたち、木々が大きくなり、鳥たち、虫たちの種類もどんどん変わってきています。昔にもどるべきなのか、現状を見守るべきないのか考えつつありますが、手を加えていくことで自然がどう変わるのか、科学的な目線で取り組みたいと思います。

− (40代女性、調理師)「学ぶ」の形はさまざまであること、自分の興味を深めることで周囲にいいものを残していけるかもしれない。楽しそうに研究されている姿を見ることができてよかったです。リンクという点で、森、山、海とのつながりを感じたい。都会に住んでいるとそれを実感するのがむずかしい。

− (30代男性、会社員)動物のことばを知る、単語を知るというのがおもしろかった*。そのスペシャリストがまたぎや学者だと思います。いっしょにフィールドワークに行きたいです。自然をまもるのには人の手も必要だというのは、自然に対するやさしさなのかもしれません**。
* 高槻による補足:自然界で起きていることを理解することを「自然の話を聞く」とすると、まず生き物の名前を覚え、その生き方を理解しなければならない、それを会話に例えれば、単語を覚え、文法をマスターすることだという話をしました。
** 自然保護というと原生自然に手をつけないことと言われるが、そういう自然よりも人が手をかけることで維持されている半自然のほうが多いという話をしました。


− (40代女性、自営業)多摩ニュータウンが開発された45年ほど前に多摩市に移り住み、刻々と変化するようすを見ていろいろ感じてきました。現在はとなりの稲城市にすんでいますが、オオタカをはじめ豊富な昆虫、動植物、もちろんタヌキもいます。自分でできることを始めようと夏休みにセミの教本教室を開催し、いまでは珍しくなった昆虫好きの小学生と楽しい時間を過ごしています。糞虫の採集法がわかったので、挑戦してみます。タヌキを中心にしたリンクの話、ためになりました。人間が開発するまえからタヌキはここで生活しているので、あとから入ってきた人間がすみにくくしているのに、この講座でタヌキの適応能力の高さ、強さを知り、少し安心しました。すべてのものにはつながりがあるというのはお釈迦様が悟ったことですが、都市化でいろいろなものが切るのだという危機感を感じました。私は小さいときから生き物好きで人間至上主義に辟易としているので、高槻先生の生き物への眼差し、感情論ではなく冷静に捉える知性にとても共感し、敬意を抱きました。

− (30代男性)先生が糞虫の生息状態を把握するために、調査地を拡大していった話を聞いて、研究者の執念を感じ、今後フィールドワークをする上でその姿勢に学びたいと思いました。

− (50代男性)自分も生き物調査をしていますが、種名リスト作成で思考停止しており、先生の話を聞いて初心に戻り、生き物を深く見つめようと思いました。

− (50代男性、大学教員)多摩川のそばに住んでいます。身近な宝に気づかせていただきました。研究でネットワークの解析をしていますので、リンクの概念、花と虫の関係、種子の形質に応じた並べ替えと分類作業について、興味深かったです。

− (50代男性、科学指導員)若い頃に野外調査をした楽しい思い出が蘇りました。市街地でも視点を帰ることでおもしろい調査が出来ることができることを改めて考えることができました。10年ほど前のイベントで科学館に隣接する公園で昆虫採集をしました。下見をしたとき、公園の隅にイヌの糞があり、もしやと思ってひっくり返してみるとエンマコガネが3種いて感動しました。科学の楽しさは予測と結果が一致したときだけでなく、違ったときに理由を考えて実際に試すときにもあります。今後の先生の挑戦が楽しみです。楽しい講座でした。

− (女性、主婦)玉川上水のブログを読んで憧れていた高槻先生にお会いできて嬉しかったです。生物は存在しているだけで尊い、生き物の生態を文学や芸術でその美しさを表現するよりも、科学的に調べてそのリンクを知ることのほうが、ずっと深い感銘がある、知れば知るほど「生き物はすばらしい」と思う、それは生き物に対する敬意につながり、自然に「こんなにすばらしい世界があるのだから、それを破壊してはいけないという思いにつながる、という言葉に感じるものがありました。子供が生まれ、育児や教育にもつながる価値観のように思いました。それは最後のQ&Aの松田先生と高槻先生の問答にも表れていたような気がします。究極的には死生観とか価値観の違いにもつながるのかなと思いました。
 このことは自然に対して謙遜である「やまとごころ」にもつながるのかなと思いました。
高槻による補足:フロアから生物多様性に関する発言があり、多様であればそれだけで価値があるというのは思考停止であり、なぜそうであるかを考える社会にすべきであるという発言がありました。それに対して私は、生物多様性の価値そのものについての意識改革などという大それたことは私の手をはるかに超えた大問題であり、それは誰か優秀な方がすればよいことであって、私は生物多様性のごく一部の生物の、ごく小さなことであってもオリジナルに見つけることができれば、それだけで私の人生は満足出来る、私の人生はそのくらいささやかなものだという「反論」をしました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広きこの世に

2016-12-10 18:44:00 | ぽんぽこ便り
 ところで、私はその論文を読んで別のことも感じました。陛下はご自分でタヌキの糞を採集されたそうです。私は日常的にタヌキの糞を拾っていますが、それは臭いものです。とくに夏は鼻が曲がりそうなほどです。それを陛下が実行されたことにまず感動します。しかもこのサンプリングがなされたのが2009年から2013年までです。ということは、東日本大震災をはさんでいます。この論文には付表がついていて、調査をした日付がすべて書かれています。それを見ると2011年の3月以降は調査ができなかったことがわかります。それでも間隔はあきながらもずっと続けられています。思えば当時、天皇皇后両陛下は精力的に激励の旅を続けられていました。そのことを思えば、このサンプリングがいかにたいへんであったか、私などには想像もできません。
 一方で、私は「ほかの人は絶対にしないこんな特異なこと」をする者として、陛下に対して強い共感を覚えないではいられません。国際学会などで同じことをしているオオカミとかキツネの研究者と話をすると、たちまち旧知の仲のように仲良くなるものですが、それは同じたいへんなことをしている、ほかの人は知らない喜びがわかっているという気持ちが共有できるからです。そういう気持ちを陛下に対しても抱きました。
 それで次のような短歌を作りました。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

継続する精神

2016-12-10 17:26:18 | ぽんぽこ便り
皇居のタヌキの食性を紹介しましたが、私はその論文をたいへん深い感銘をもって読みました。ポイントは2つあります。
 ひとつは検出物の識別力が高いということで、これは植物の専門家の中でも特別に知識の豊富な人が担当したからのようです。
 もうひとつは5年間、毎週のように糞サンプルが集められた継続性ということです。しかもその5年間にほとんど年次変動が「なかった」のです。
 私は学生とツキノワグマ、ニホンザルなどの食性を調べて、ナラ類の結実が年によって大きく変動するので、数年は調べなければ簡単に結論が出せないことを体験しました。だから長期継続の意義は人一倍知っているつもりです。しかし、私のような凡庸な研究者からすれば、最初の年と次の年で変動がなければ、そんなに継続しなくてもまとめてもよいと考えてしまうことろです。しかし、皇居では5年も継続され、結果としてはそのあいだ食性が安定していたという事実が明らかになりました。そして、そのことが皇居の森林の安定性をずしりと重みをもって伝えてきます。そこに私は陛下の自然に対する謙遜な精神を読み取りました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皇居のタヌキ

2016-12-10 16:05:21 | ぽんぽこ便り
玉川上水のタヌキということは、東京のタヌキということになりますが、東京のタヌキで忘れてはならないのは皇居のタヌキです。世界の大都市東京のまん真ん中の皇居に、野生動物のタヌキがすんでいるということ、それ自体が驚くべきことですが、まちがいなくいます。そのことの意味は改めて考えるに値することですが、ここではふれません。ともかく皇居にはタヌキがいます。その食性を5年間も追跡調査をした成果が今年英文の論文として公表されました。筆頭著者は明仁陛下です。
 それによると最も多くの糞から検出されたのはムクノキでこれは津田塾大と同じです。次がイイギリ、その次がクサイチゴですが、これらは津田では確認していません。その次がエノキでこれは津田でも出ています。そのほかイヌビワ、タブノキ、カタバミなども出ていますが、津田では出ていません。
 このように、概して皇居のほうが多様性が高く、明るい群落に生える植物も出てきています。このことは皇居のほうが安定した常緑樹林と落葉樹林や草本群落なども混在していて、タヌキが多様な食物を食べることができていることを示唆します。もっとも皇居では分析した糞数が164もあり、私が分析したのはまだ69で半分にもなりませんから、そのことも反映していますが・・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

その特徴は

2016-12-10 15:19:44 | ぽんぽこ便り
 まだ1年がまわっていないのですが、2月から12月までをみたので、津田塾大のタヌキの食性が他の場所にくらべてどう違うかを考えてみます。
 津田塾大のキャンパスはシイやカシの常緑広葉樹が多く、うっそうとした立派な林があるのが特徴です。立派な林があるとタヌキの食べ物も豊富にあると思いがちですが、どうもそうとは言えないようです。
 シイやカシの林には秋にドングリがたくさんなりますが、タヌキの糞から殻はでてきませんでした。東京西部のタヌキはケンポナシ、ジャノヒゲ、ヒサカキなど雑木林に多い植物の果実、それに林縁にあるサルナシやキイチゴの仲間の果実をよく食べるのですが、これらが津田のタヌキの糞からはほとんど出てきませんでした。これらの植物はいずれも雑木林(コナラやクヌギの落葉樹林)に生える植物です。こういう植物は常緑樹林にはあまりありません。昆虫は糞からよく出てくるので、まずまずいるのだと思いますが、バッタなど草原にいるような昆虫ではなく、甲虫が主体でした。食物が乏しくなると哺乳類や鳥類がでてきますが、これはほかに何もないから死体を探して食べるのだと思われ、ほかの場所でも同様です。
 やや意外だったのは人工物が意外と少なかったことです。市街地の中にあるわけですからもっと多くでてきても不思議ではないのですが、その意味ではだいたいはキャンパス内の自然物でまかなえているようです。キャンパス内には大きなイチョウの木があってたくさんのギンナンがなります。ただしカキノキは確認していません。
 そういうことを総合的に考えると、津田塾大学の常緑樹林に暮らすタヌキは、雑多なものは食べないが、ギンナン、カキノキ、ムクノキなど季節ごとに供給される食べ物を利用し、乏しくなると昆虫や哺乳類・鳥類などを利用しているといえそうです。ただし秋のカキノキはキャンパスから出てどこかで見つけて来るようです。


津田塾大学のタヌキの食性を特徴づけるカキノキとムクノキの種子


ギンナン(イチョウの種子)




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする