玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

BBCの取材 6 ついに現れた

2017-03-29 06:49:59 | 生きもの調べ
 その前だったか後だったか、今になると私も覚えていないのですが、突然クリスがモニター画面に顔を寄せて
「おい、見ろよ!すごいぞ!」
と叫びました。私には画面にとくに変化があったとも思えず、クリスが映像のために「やらせ」でもしているのかなと思い、一瞬クリスを眺めていました。それから画面を見ると何かが動いており、よく見るとまぎれもなくタヌキです。10時半くらい、寒い中で座って2時間半経ったところです。モニター画面の中のタヌキはしばらく餌を食べたりしていましたが、突然何かに驚いて走って藪の中に走り去りました。
「これはすごいじゃないか!」
「よかった、よかった」
と私とクリスは夕方にしたグッド・ラックの指をし、握手をしました。
 タヌキが出て来ればよいなとは思いながら、これまでのセンサーカメラの結果では、来ない日もあったし、出てきたのが1時とか3時とかいうこともあったので11時までに出てこないあるいはまったく来ない可能性はありました。だから実際に出てきてくれたのはまさにグッド・ラックで、本当にうれしく思いました。
 みんなで「やったぜ」という気持ちで意気揚々と片付けをし終わったのは12時近くになっていました。車に乗ってから私は
「今日の体験は私にとって本当にすばらしいもので、忘れがたいものになりました。ありがとう」
といいました。そうしたらみんなが
「そうだ、そうだ」
と口々に言い、
「わりばしがよかったよ」
「フンからいろいろ出てきたのがよかった」
「メジロもよかったよね」
「タカの解説がよかった。英語もとてもうまかったよ」
「私もそれが印象的だったわ」
「なんといってもモニターにタヌキが出てきたからね」
「そうだ」
とにぎやかでした。

 その後、駐車場にもどってお別れをし、自分の車で自宅に戻りましたが、いつもの道が暗くてすれ違う車もほとんどありません、頭も英語モードになっていたので、なんとなく違う道に見えました。
 この日のことを思い返しました。することすることが、よい方の想定外の展開をし、まるでキツネに、いやタヌキにつままれたような一日でした。長年野生動物にかかわって、コツコツと努力してきたことや、動植物だけでなくいろいろなことに興味をもってきたことが、この一日に役立ったようで深い満足がありました。この作品ができて、イギリスの人々が日本人とタヌキのことを知ってくれることになれば、うれしいことです。
 そういうわけでこの日の体験は私の研究生活でも忘れがたいものになりました。

テッサさん
 今日は1日ほんとうにすばらしい経験になりました。なんといっても実際にモニターにタヌキが出てくるとは思っていませんでしたから。皆さんの自由で、協力的な仕事ぶりが印象的でした。よい作品ができるのを楽しみにしています。京都でも今日のように順調に行くとよいですね。タカ

 翌日テッサからお礼のメールが届きました。

タカさん
 いっしょに仕事ができてたいへん誇りに思います。この経験を楽しんでもらえたと聞いてとてもうれしく思います。私たちみんながタカさんの知識の深さ、英語のすばらしさ、いかに映像に写ってくれたか、ほんとうに心に染みました。タカさんが私たちにしてくださったことに、感謝することばが見つかりません。作品ができたら気に入ってもらえるといいのですが。
 京都に来ましたが、サクラの開花宣言はまだです。明日はそれが聞けますように。
 改めてありがとうございました。テッサ


数日経って思ったこと こちら
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BBCの取材 5 モニターする

2017-03-29 05:54:16 | 生きもの調べ
 それから津田塾大学の外の住宅地で人が住んでいなさそうなところを選んでモニターカメラを置き、タヌキが来るのを待つことになりました。夜の8時で冷え込んできました。私は
「ここで3時間も待つのか」
とちょっと気が重かったのですが、どうも白人は寒さに対する耐性が違うみたいで、みんな平気な顔をしています。モニターを見ながらクリスがタヌキが東京にいることや、イギリスのキツネ事情などを解説しました。ローワンの指示で、そこに私が行って一緒に話をしながらタヌキの出現を待つということでした。これがうまくゆけばベスト、タヌキが現れなかったら解像度はよくないが私が事前にとっておいた映像を使うという作戦です。
 モニターの前での会話は、タヌキと日本人の関係ということで。テッサさんから日本の漫画でタヌキの載ったものを見たいといわれていたので「タヌキとキツネ」というかわいいイラストの本と、「かちかち山」と「分福茶釜」の絵本を渡しておいたのですが、それを使っての話になりました。
 私は生物学については日常的に英語の論文を読み書きしているので、慣れていますが、こういう話題にはまったく不慣れです。早い話、「かちかち山」の「仇を打つ」とか「こらしめる」、あるいは「茶釜」や「化ける」とは英語でなんというのか知りませんでした。それでしどろもどろになったので、これはやり直しになりました。「要するに」の話をしてほしいということだったので、絵本の表紙だけを説明し、「かちかち山」はウサギが悪いタヌキを罰する話、「分福茶釜」はタヌキがティーポット(茶釜は英語で探すとこうなるということになりました)になったが、頭や足は残ってしまった、そしてサーカスのようなところでロープをわたって観客を喜ばせた話としました。
 私は「タヌキ学入門」(誠文堂新光社)でこのことをとりあげ、室町時代の「かちかち山」では農業被害を出す悪い動物として描かれたタヌキが、江戸時代の「分福茶釜」では人に恩返しをするよい動物になり、化け損なう間の抜けた動物というイメージになり、今は無邪気な少年のようなイメージに変化したことをおもしろいと思い、書いたことがあるので、そのような話をしました。これは動物が、違う社会で違うイメージを持たれることの好例で重要なことだと思います。
 それより困ったのは、クリスが酒屋などによく置いてある、例の太鼓腹のタヌキの焼き物をとりだしたときです。そしてこれを説明しろというのです。これも打ち合わせなしです。
 私はひととおり、これは御用聞きで、酒瓶をもって腹を出して気楽なおじさんというイメージで、店にこれを置くと客が来るという縁起のよいものとして使われているという説明をしました。そこまではよかったのですが、クリスはさらに置物の下を指差して
「タカ、この人形では睾丸が大きく作られているが、これはどういうわけか」
と、返答に困る質問をしてきました。
「うーん、これに答えるにはちょっとはばかられるんだけど」
と言いましたが、
「動物学者が睾丸の説明をするのにためらうことはないだろう」
と痛いところをついてきます。
「わかった。えー、睾丸は哺乳類のオスにとって重要なものだよね」
「確かに」
「金属の中で重要なのは金だよね」
「確かに」
「日本では美術品などで金箔を使う伝統があり、その職人は少しの金の塊を丁寧にたたいて驚くほど広い薄片にできるんだ。この「重要なもの」ということがミックスされて「キンを大きく広げる」が、睾丸が広がっているということになったのだと思う。このタヌキのイメージは、細かなことは気にしない気のよいおじさんというもので、それが千客万来というイメージになったのだと思う」
と言いました。
つづく
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BBCの取材 4 餌を撒く

2017-03-29 04:40:18 | 生きもの調べ
最後は餌を置く場所です。少し肌寒くなってきたので、移動中にジャケットを着ました。そこにローワンさんが来て、今度は説明はなく
「タカ、ジャケット脱いで」
とほぼ命令口調。「はい、ボス」という感じです。
 ここには昨日からグラハムがカメラをおいていいます。そこにクリスが今日、ソーセージにマーカーを入れて、数個のソーセージをおきましたが、実際には後で細かくしたものを追加して誘引効果を高めました。


カモフラージュしたカメラの前に餌をまいてタヌキがくるのを期待する(棚橋早苗さん撮影)

 これまでのセンサーカメラの結果では毎日ではないですが、3日に2日くらいはタヌキが餌を食べにきています。ですから運がよければ写ってくれるかもしれませんが、そうはうまくいかないかなという思いもありました。なので最後に
「Good luck」
といったらクリスが人差し指と中指を重ねました。私がぽかんとしていると
「日本ではグッドラックのときにこうしないの?」
「しない」
「イギリスではこうするんだ」
というので私もまねしてやってみました。映像はそこで終わりました。
「オーケー、これでキャンパスでの撮影は終わりよ、とてもよかった」とローワンさんが嬉しそうに親指を上げて言いました。

 これで津田塾構内での撮影は完了したので、玉川上水を歩くようすなどを撮影しました。


クリスと玉川上水を歩く(棚橋早苗さん撮影)


BBCクルーと(左からカメラマンのグラハム、管理のテッサ、プロデューサーのローワン、高槻、プレゼンターのクリス)

 それから簡単な夕食を食べに行きました。これまでの取材はほぼ順調だったということで和気藹々の雰囲気でした。
つづく
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BBCの取材 3 フンを洗う

2017-03-29 03:53:11 | 生きもの調べ
 これで大体タメフン場での撮影が終わったので、次のシーンであるフンを水洗できる場所に移動することにしました。移動中に通訳の人と話をしました。
「動植物の通訳はたいへんでしょう?」
「そうなんです、辞書で訳してもほんとにその動物のことなのかよくわからないし、イギリス人は鳥のことをよく知っているけど、私はよく知らないので、むずかしいですね」
「latrineなんて知らなかったでしょう?」
latirineというのはタメフンのことです。
「ええ、調べたら一時的なトイレって出ていて」
「そう、軍隊のトイレのことなんです。そこから動物のタメフンについて使われるようになりました。サルの群もtroopっていうけど、あれも軍隊用語から来ていますね」
というような話をした。
 さて、水道のあるところに移動して、ふるいと小皿を取り出して、さっき拾ったフンをふるいにのせ、水を流して歯ブラシでゴシゴシとこすると細かい粘土のような部分が流れて内容物が顔を見せます。この季節は種子などが少ないので、うまくいくかどうかわかりませんでした。
 洗い始めると細かなプラスチックの破片やら、ゴム手袋の断片などがありました。このフンには奇妙なものが入っていました。植物の繊維が見えるのですが、白く、端が直線的なのです。ルーペで覗いていたクリスが言いました。
「これは植物の繊維だな」
「うーん、この端が直線なのは不自然だと思うんだ。白いところとまっすぐな繊維と、端がまっすぐだということからして、Alliumの可能性が大きいと思うな。Alliumって知ってる?」
「ああ、ネギね?なるほど」
「そうだ、ネギ。この端の直線は刃物で切ったもので、そうでないと不自然だ。ということは残飯を食べた可能性が大きい。」
 次のフンからはミズキの種子やイネ科の葉が出てきました。私はメガネを外してふるいに顔を近づけ、言いました。
「This is a seed of Cornus, dog wood. It has distinct shape and I can identify. This grass leaf seems to be Poa annua」といいました。訳すと
「これはコルヌス、ミズキの種子だ。特徴的な形をしているから同定できる。それにこのイネ科の葉はスズメノカタビラみたいだ」
 ミズキの種子は独特の形をしているのですぐわかりました。冬に緑なイネ科は限られます。それにスズメノカタビラは普通のイネ科の葉が全体が徐々に狭くなるのと違い、先端が急に丸くなるので区別がつくのです。するとクリスが
「ポア・アニュア(スズメノカタビラの学名)、ああ、知っている。へえー、イネ科の葉っぱをみて種名までわかるなんて、びっくりだよ」
 そこは長年フン分析をしてきた者としてはちょっと鼻が高いところです。ほかにもヒヨドリジョウゴの種子が出てきましたが、学名が出てこなかったので、草の種子とだけ説明しました。
 3番目のフンからは哺乳類の毛と大腿骨の一部がでてきました。大腿骨の基部が寛骨(腰骨)と関節するところは、球形なので特徴的なのです。大きさからしてふつうのアカネズミなどではなくドブネズミなどと思われました。
 「これはげっ歯類の大腿骨だけど、大きさからしてマウスではない。リスかラットだけど、ここにリスはいないからラットの可能性が大きい」
 「こういう具合に、フン分析にはトータルな動植物についての知識が問われるんだ。いくらコンピューターが発達して、複雑な計算が一瞬でできたり、複雑なモデルを作ることができるようになったといっても、フンから出てくる小さな破片をわかるにはなんの役にも立たない。私は毎日植物の種子の標本を作ったり、動物の骨の標本を作ったりしてきたから、かなりわかるんだ」
 「いやあ、すごいよ。イネ科の葉っぱからスズメノカタビラだと分かるし、植物の破片から刃物で切られたネギと推定、骨の断片からラットの大腿骨、いやあ、大したもんだ」
 こうした検出をしばらくしました。ひとつひとつのフンから出てきたものが違っていたので、クリスは次のようにまとめてくれました。
「いくつか調べてわかったのは、フンからは人工物が出てきたからタヌキは残飯をあさっているということだ。それにミズキなどの野生植物の種子もでてきたし、ネズミを食べていたものもある。つまり臨機応変に実にさまざまなものを食べることができるということだ。フンからはいろいろなことがわかるね」


糞を水洗し、説明する(棚橋早苗さん撮影)

 というわけで、これも偶然に助けられてうまくいきました。

つづく
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BBCの取材 2 タメフン

2017-03-29 02:52:09 | 生きもの調べ
 さて、タメフン場に行きました。クリスはアナグマのタメフンの調査もしたことがあるので、
「わあ〜、すごい。これがタヌキのタメフンか。」
といっていきなりフンを手でつまんで、匂いを嗅ぎ始めました。
「うーん、これはアナグマのフンとも、キツネのフンとも匂いが違う。独特で、あまり臭くはないな」
 などと言っていました。
「で、どうやって拾うの?」
というので
「あのねえ、私はゴム手袋とかピンセットとかいろいろやったけど、これが一番いいんだ」
といって、いつもバッグに入れている割り箸を取り出していくつか拾いました。
「へえー、これはいい考えだ。」
あとでプロデユーサーのローワンさんも
「これはいいわね、日本的でとてもいいわ」
と喜んでいましたが、私としてはこんなことがウケるとは思ってもいなかったので、妙な気持ちでした。


タメフン場でタヌキのフンを箸で拾うクリス(棚橋早苗さん撮影)

 そこでいくつかのフンを拾っていましたが、そのあいだもクリスが
「これは哺乳類の骨が入っているよ」
とか、私が
「ここに落ちているのはカキの種だ。カキは野生植物ではなくて家や神社の庭などに植えられているから、タヌキはそういうところで拾ってきて、フンが雨に現れて種が出てきたんだ」
とか会話がはずみました。幸運なことに、棚橋さんが19日にソーセージにマーカを入れておいていたのですが、そのマーカーがフンの中から顔を覗かせているのが見つかりました。
「これでどういうことを調べているんだい?」
と聞くので
「キャンパス内に数カ所餌場を決めて、それぞれに違う色のマーカーをおいているから、このタメフン場で回収されたら、どこから運ばれたかわかる。」
「そうね、実は私も5年前にイギリスのアナグマで同じことをしたことがあるんだ」
「そうなの?同じことを考えるもんだね」
「番号がついているけど、これはダイモ?」
私はダイモは日本製品と思っていたので、ちょっと驚きましたが
「そうダイモ。これでマーカー一枚一見合いの情報がわかるから、記録をとっておくと、何月何日にどこにおいたマーカーかがわかるわけだ」
「なーるほど、私は色を変えただけだったから、番号をつけるというのはいい考えだね」
「ところで、これはひとつのフンに2枚入っている。このタヌキはガツガツしたやつで、ソーセージを何個も食べたんだな」
とクリスがいうので、二人で笑いました。
つづく

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