tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

あと2点!

2008年02月24日 | 奈良検定
昨日(2/23)、奈良検定1級の合否通知書が届いた。結果は「68点」で、「合格基準には達しませんでした」。

問66(薬壷を持つ薬師如来像が祀られている「仏殿」を問う問題)では、すべての解答(選択肢)が「仏像」となっていたため、出題の誤りとして全員正解となった。

1級の受験者数は956名、合格者数は279名、合格率は29.2%、平均点は63.0点だった。私の周囲での合格率は2割程度だったが、全体では約3割と意外に高かったな、という印象だ。

それにしても難しい試験だった。仮にあと2点取って合格していても、次の「ソムリエ」にはとても手が届かない。この際、じっくりと奈良に関する本などを読んで基礎学力をつけようと思っている。結果的には、2年かけてソムリエ対策をすることになる。来年には第1回ソムリエ試験の問題も分かるから、記述式への準備もできるだろうし…。

検定試験の翌日(1/14)、このブログに「我的天呀」(中国語で、オーマイゴッド!)という記事を書いたが、この記事へのアクセス人数が、掲載日の直後だけで軽く1500人を超えた。コメント件数も42件に上ったが、これらは私のブログでは過去最高の数字である。
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/fd0bc7ea84b90ce38b296621b3410ca6

いただいたコメントで特に印象深かったのが、ひろさん(お会いしたことはない)のコメントだ。ひろさんは1級を86点で合格され、第2回2級試験もご自身で試されたところ、96点だったという。ブログ読者の方にも参考になると思うので、以下にコメントの要点を掲載させていただく(ひろさん、勝手に引用して失礼!)。

《1級はなかなかいい問題が多く含まれていると思いました。問題作成者のご苦労が偲ばれます。なかにはマニアックすぎると思われる問題もありましたが》《特に良問であると感じたのは問51です。公慶上人の五輪塔がある寺名→正答ウ(五劫院)》

《ア 東大寺勧進所→大仏復興の寺務所 イ 東大寺龍松院→公慶上人の住坊 エ 空海寺→東大寺僧侶の葬儀のための寺(追記:東大寺は鎮護国家の寺ですので,一切葬儀を行いません。でも,僧侶もいずれ亡くなります。その際,葬儀を執り行うのが空海寺です)》

《公慶上人は13歳の時に,雨に打たれた露座の大仏を拝しました(当時,頭部は仮のもの)。自分は傘があるから雨露を凌ぐことができるが,大仏はそれができない。だからいずれ大仏(頭部)と大仏殿を復興しようと決意しました。その後,東大寺の僧侶となり勧進活動を続け,大仏と大仏殿を復興しました。しかも大仏復興までは横になって寝ることはなかったそうです》

《「奈良の大仏」は奈良の観光の源です。しかし、公慶上人を知っている人は多くありません。東大寺でも,良弁上人像や重源上人像は公開されますが,公慶上人像は公開されません。現在の奈良観光の礎を築いた公慶上人をもっと知るべきだと思います。選択肢はいずれも公慶上人と関わりがあります。五劫院という寺院を知っている人は少ないと思いますが,一度お墓を参拝することは有益なことと思います》

素晴らしい解説だ。こういう解説ができる人にこそ、ソムリエになっていただきたいものだ。私の日常の交際範囲でここまでコメントできる人といえば、蔵武Sさんくらいのものだろう。1300年祭で、こういう人が少人数のグループを率いて現地ガイドをされている姿を想像すると、何だか嬉しくなってくる。

「この域に達するには、あと2年ではとてもムリだ」と無力感に襲われるのだが、少しでも近づけるよう、頑張って知識を広げていきたい。

※写真は壺阪寺(高取町壺阪)の壺阪大仏(大釈迦如来石像と脇侍)。昨年11月に完成したお姿を撮影してきた(1/26)。
コメント (13)
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甘すぎる!

2008年02月23日 | 九度山町
2月も下旬になった。この頃になると無性に食べたくなるのがハッサク(八朔)だ。独特の苦味と酸味があって、とても美味しい果物である。広辞苑を引くと《ミカンの一品種。ブンタンと他の柑橘(かんきつ)類との交配種。甘ずっぱく、風味良好。八朔柑》とある。ハッサクは、温州(うんしゅう)ミカンよりブンタンやザボンに近いから、あの味が出るのだ。

3月上旬には九度山町(和歌山県伊都郡)の実家から送ってくれるとのことだったが、先日スーパーで和歌山産(紀の川市野上)のハッサクを見つけたので、ついカゴに入れてしまった。

夕食後にいそいそと剥いて食べてみて、驚いた。甘すぎる! これはハッサクではない。まるで、出来そこないの甘夏だ。「甘ずっぱく、風味良好」なのがハッサクで、単に甘ければ良いというものではない。

子供の頃、ミカン農家の友達が不吉なことを言っていた。「(温州)ミカンは挿し木で増やす。甘いミカンが収穫できると、その枝ばかりを選んで挿し木するから、これからミカンはどんどん甘くなる」。下宿生活を始めた学生時代、初めて愛媛産のミカンを食べ、その甘さに驚いた。どんどんミカンは甘くなっていたのだ。「伊予柑の本場では、温州ミカンもこんなに甘くしないと売れないのか」とも思った。

温州ミカンの産地ベスト3は、1.和歌山県、2.愛媛県、3.静岡県で、この3県で全国の収穫量の約半分を占める。食べ比べてみると、愛媛産や静岡産は、和歌山産より甘い。和歌山のミカンにはほのかな酸味があり、私は、これがミカンの身上だと思っている。

かつてネット上で「ミカンの味論争」が展開されていた。熊本県のみかん農園のホームページに設けられた《みかんの味はどうあるべきか!? 「もっと甘く」vs.「もっと酸っぱく」徹底研究》という掲示板である。
http://pina.sakura.ne.jp/nouen/taste.html

そこに面白い話が出ていた。妊娠した時、酸っぱいミカンを食べようと青い早生(わせ)ミカンを買うと、とても甘くて失望したので、代わりにピクルスを大ビンで食べた。八百屋に聞くと、ミカンには「美味しいミカン」と「甘いミカン」の2種類があると教えられた。単に甘いのは、ボケた味のミカンだ、等々。酸っぱいミカン肯定論者が多く、私も溜飲が下がった。

それにしても、ハッサクである。家内(生まれも育ちも奈良県)は「甘いハッサクが、何で悪いの?」というが、違うのである(家内の好物はブンタン)。かつては身震いするほど酸っぱいハッサクがあったが、そこまで求めなくても、やはり適度な酸味と苦味が必要だ。

ちょうど昨日(2/22)、実家から宅配便が届いた。開けてみると、奥手(早生の反対)の温州ミカンの間に、3個ばかりハッサクが混じっていた。早速食べてみると、苦味と酸味と甘味のバランスが絶妙で、とても美味しい。私のイメージどおりのハッサクだ。来月にはこれが箱でどっさり届くと思うと、嬉しくてたまらない。

早速、母にお礼の電話をした。開口一番「やっぱり、九度山のハッサクは美味しいなぁ」というと「あれは、広島のハッサクや」(^^;

※写真は明日香村のミカン山(06.10.28撮影)。そういえば5月に山辺の道(天理市萱生町あたり)を歩いていると、ミカンの花のとても良い香りがした。奈良県産ミカンは、どんな味なのだろう。
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伊勢型紙展&型紙灯篭

2008年02月21日 | 奈良にこだわる
2/19から、奈良町で「伊勢型紙(いせかたがみ)展」が始まった(2/24まで)。主催は、奈良大学の学生たちが立ち上げた(株)地域活性局である。同社の代表者は、このブログによくコメントを寄せていただくタダアキさんこと藤丸正明さん(24歳)だ。
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/1261a11720eb3f0df42b887bc2aee95b

Wikipediaによると伊勢型紙(形紙)とは《着物などの生地を一定の柄や紋様に染色するために使われる形紙の一つである。近年では単に染色用の形紙だけではなく、図柄の芸術性が評価され、美術工芸品や家具などに使用されることも多い。三重県鈴鹿市で主に生産されており、現在流通している90%以上の伊勢形紙はこの地区で生産されている》。

タダアキさんたちは、同社相談役で木工芸師の川崎鳳嶽さんが集めた約210点の伊勢型紙を奈良町周辺で展示している。展示場所は北から順に、樹樹(じゅじゅ)、魚佐旅館、らふぁえろ、奈良町情報館(=同社の本社店舗)、はり新、奈良オリエント館、増尾商店、ならまち格子の家。の8か所だ。
※同社のブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/bmtbq254

型紙展にあわせて午後6時からは、中新屋町(奈良町内)で「型紙灯篭(とうろう)」をともしている。それが冒頭の写真である(2/20撮影)。灯篭をくるんでいるのが伊勢型紙で、こうして光を透かすと精巧なデザインがよく分かる。なかなかのアイデアだ。改めて写真で見ると、夜の奈良町の風情も良いものだ。

地域活性局は、冬場には閑散とする奈良町の観光振興策として、このイベントを企画したそうだ。2/20付で朝日新聞や奈良新聞に取り上げられたので、「新聞を見て来た」という人も多いという。
※「伊勢型紙」の展覧会(2/20付 朝日新聞奈良版)
http://mytown.asahi.com/nara/news.php?k_id=30000000802200003

若者たちの斬新なアイデアで古い町に新しい灯がともされるのは、素晴らしいことだ。「鹿男あをによし」に出てくる下宿屋(木奥商店さん)もすぐ近くだ。ぜひ、2/24までにお訪ねいただきたい。
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梅が咲いた!

2008年02月20日 | 写真
昨日(2/19)奈良市役所で会議があったので、近鉄新大宮駅で下車して線路沿いを歩き、佐保川に差しかかると、堤防の梅がちらほら咲いていた(大宮町6丁目のあたり)。

朝の奈良新聞で、片岡梅林(奈良公園内)の梅が咲き始めたという記事を読んだばかりだった。片岡梅林では2/7に開花が確認されたが、その後の寒さで足踏み状態だったそうだ。
http://www.nara-np.co.jp/n_all/080219/all080219a.shtml

ちょうどこの日は24節気の1つ「雨水(うすい)」だった。Wikipediaによると雨水とは《空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ。正月中。暦便覧には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されている。春一番が吹き、鶯の鳴き声が聞こえ始める地域もある。昔から農耕の準備を始める目安とされてきた》とある。

それにしても寒い日が続く。今日の天気予報も「高気圧に覆われ晴れるが、寒気や気圧の谷の影響で日本海側は午後から雨や雪が降るところも」(朝日新聞)。寒さのせいで、職場でもお年寄りの訃報が相次いでいる。

JR西日本が発表した2/19現在の「梅だより」で、県内の「咲き始め」は盆梅展を除けば奈良公園だけだ。一方、和歌山の南部(みなべ)梅林は「満開」、大阪でも天満宮は「5分咲き」となっている。やはり奈良は寒いのだ。

梅まつり(2/10~3/31)が開かれている月ヶ瀬梅渓(奈良市)も、まだ「つぼみ」なので、梅見物はしばしお待ちを。
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二月堂竹送り・お迎え式

2008年02月18日 | 奈良にこだわる
そろそろ東大寺二月堂のお水取り(修二会)の話題が出る季節となったが、これに先立ち、京田辺市から東大寺に寄進する「竹送り」の行事が2/11(月)に行われた。

竹は7本(約8m)で、山城松明講(講社長=松村茂氏)の方々が早朝から同市天王地区で竹を掘り出し、車で奈良市の奈良阪(㈱瓦道の駐車場=奈良交通奈良阪バス停前)へ運ぶ。ここで3本を大八車、4本を肩に担ぎ、まずは転害門をめざす。

このブログのコメント欄に金田さんが日程を書いて下さったので、見物に行くことにした。私が奈良阪に着いたのは、朝10時半頃だったが、たくさんの人が車の到着を待っている。ほどなくトラックが到着し、竹が下ろされた。太い真竹には、根っ子が付いている。先端に付ける松明とバランスを取るため、根を残すのだそうだ。

法被(はっぴ)を着たスタッフの方が分担し、ここから旧道を通って一路南へ。奈良街道まちづくり研究会(まちけん)副会長の山口育彦さんが、通行人や車に気を配りながら、巧みに竹を先導する。沿道には「二月堂竹送り」と書かれた手貝通り商進会の緑の旗や、「2010年 多聞山城築城450年」と書かれたまちけんの黄色の旗がたくさんはためき、ムードを盛り上げる。
※まちけんのホームページ
http://www1.kcn.ne.jp/~sirokuma/

11時を過ぎて、7本の竹は無事転害門に到着。門前では「お迎え式」が行われ、須川地区有志らによる相和太鼓の演奏や、まちけんが用意したぜんざいの振る舞いがあった。見物人は、昨年の約200人を大幅に上回る約350人に上ったという。この後竹は、地元少年野球チーム「鼓阪シルバー」のメンバーらの手で、南大門前を経由して二月堂へ向かった。

それにしても、この盛り上がりには驚いた。口コミや報道で、徐々に認知されてきたのだろう。修二会の竹は、昔から山城地方などからの竹送りで調達されていたが、戦後は途切れていた。それを山城松明講が昭和53年に復活された。講による竹送りを知った地元の山口さんたちは、9年前から転害門前で「お迎え式」を開催することになった。

埋もれていた伝統行事をこうして復活された山城松明講やまちけんのご努力は、大変なものだったろう。しかしその努力が報われ、こんなにたくさんの人が集まるイベントに成長した。転害門周辺の「奈良きたまち」は、今、地域おこしの真っ最中である。この行事を1つの核として、大いに地域を盛り上げていっていただきたいものだ。
※奈良きたまち交流会(ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/05bd569df5a6bc372019f87844090d52

※写真は転害門前、担いでいるのは山城松明講の皆さん(2/11撮影)。

コメント (8)
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