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file .283 Gil HODGES【ギル・ホッジス】

2009-12-20 | GHI
【ミラクルメッツ】
Gil HODGES


19歳でメジャーデビューを果たしたホッジスが
その後、兵役を得て
本格的に、そのキャリアをスタートさせたのは1947年。
この年は、かのジャッキー・ロビンソンの
メジャーデビューの年でもあった。

47年はキャッチャーとして
24試合に出場、打率.156で終わるが、
翌年、ロイ・キャンパネラの入団に伴い
一塁手にコンバートされると、49年、才能が開花
打率.285 23本塁打 115打点をマーク。
オールスターにも出場を果たすなど、
チームの主力打者としてブレークした。

以降、7年連続で100打点をマーク、
その間、オールスターにも毎回出場し
リーグを代表するスラッガーとして名を馳せたホッジス。
49年、打率.283 32本塁打 115打点、
52年、打率.254 32本塁打 102打点、
53年、打率.302 31本塁打 122打点....と活躍、
チームをリーグ優勝に導くものの、
ワールドシリーズではヤンキースにどうしても勝てず、
特に52年のシリーズでは、21打数無安打....と
屈辱を味わった。

55年、打率.289 27本塁打 102打点と、
相変わらずの打棒でドジャースのリーグ優勝に貢献したホッジスは、
この年のワールドシリーズで打率.292 1本塁打 5打点をマーク、
勝負どころでクラッチな活躍を見せ、
チームのワールドチャンピオンに大きく貢献。
5度目の挑戦にして、ようやくヤンクスを打ち破った。

その後も、ドジャースの主力打者として活躍するが
年齢と共に、成績も下降。
1962年にはメッツに移籍し、
63年、現役を退いた。

打撃だけでなく、一塁の守備でも好守を見せ、
ファンの人気も絶大。
ブーイングを浴びた事が無いとまで言われている....。

ホッジスが現役引退後、
再び脚光を浴びるのは1969年の事である。
68年にリーグのお荷物球団メッツの監督に就任したホッジスは、
1969年、チームを奇跡の逆転優勝に導き、
ワールドチャンピオンの座まで押し上げた。
俗にいう、ミラクルメッツの指揮者は、ホッジスである。

1972年、心臓発作で急死。

現役通算2071試合 打率.273 370本塁打 1274打点。
監督としての成功もありながら、
野球殿堂入りは果たせていない。

監督時代、
橋から飛び降り自殺を計ろうとした選手を説得し、
自殺を思いとどまらせた事もるという。

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