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file .259 Don NEWCOMBE【ドン・ニューカム】

2008-08-02 | MNO
【Newk】
Don NEWCOMBE

ニグロ・リーグのニューアーク・イーグルスで活躍していたニューカムが
ブルックリン・ドジャースと契約を交わしたのは1946年。
メジャーデビューを果たしたのは1949年。
3年間、待たされたフラストレーションを一気に爆発させたニューカムは、
この年、防御率3.17、17勝の大活躍。
チームをリーグ優勝に導き、
ワールドシリーズでは、2敗を喫するが、
ヤンキース相手に好投を見せ、その勇姿を選手やファンの心に焼き付けた。

翌50年、防御率3.70、19勝
51年には、防御率3.28、20勝、リーグトップの164奪三振.....と、
早くも、ドジャースのエースに君臨していたニューカムであったが、
52~53年は兵役のため、チームを離れた。

豪速球とカーブが武器のニューカム、
未だ、人種差別が幅をきかせていたこの時代、
白人打者相手に闘志むき出しの投球で、
相手を震え上がらせた。
敵軍コーチから、人種絡みの汚い野次を飛ばされた時には
打者に対して、頭部を狙ったかのようなピッチングで威嚇。
恐怖にかられた、その打者は
味方ベンチの、コーチに対し、
「てめえ黙りやがれ!! 俺が殺されるだろう!!」と
キレる始末であったという。

54年、兵役から戻っていたニューカムは、
身体のキレが戻らず、防御率4.55、9勝と調子を崩すが
翌55年は見事復活。
防御率3.20、20勝の好成績で
チームのワールドシリーズ進出に大きく貢献。
シリーズでは、1試合で6失点を喫し、
勝利投手にはなれなかったが、ドジャースは見事、優勝。
宿敵ヤンキースを倒しての世界一を果たし、
ニューカムも、大いに仲間と喜びを分かち合った。

56年は防御率3.06、27勝.....と大活躍、
MVPとサイ・ヤング勝のダブル受賞を果たしたが、
新人王、シーズンMVP、サイ・ヤング勝を全て獲得した選手は
今のところ、このニューカムのみである。

その後、ニューカムは
チームがブルックリンからLAに移ると、
大きく調子を崩し、58年シーズン途中でレッズへ移籍、
59年に防御率3.16、13勝をマークするなど奮闘したが
60年を最後にメジャーのチームで投げる事は無かった。

ちなみにメジャー時代から、野手顔負けの打撃力を見せつけていたニューカム。
通算打撃成績は、打率.271、15本塁打、108打点を誇り、
62年、外野手として日本のドラゴンズで活躍した際には、
81試合で打率.262、12本塁打、43打点をマークした。

メジャー通算149勝、防御率3.56、1129奪三振。