出てきます。
今年2回目のコンクールです。
昨日の霧島国際音楽祭「指導者のためのピアノ講座 ショパンエチュードをどう弾くか」で学んだスケールとアルペジオの練習は、ほぼ毎日実行し、慣れない特訓で手を痛めつつ、今では全調のスケールとアルペジオを何とか弾きこなすことができるようになりました。
ピアノを弾かれる方は、スケールのD durが弾きにくい。アルペジオのG♭ durが弾きにくいなどお感じでしょうが、私にとっても大きな壁ですが、自分なりの練習法を見つけ、まだまだ練習中です。
が! 効果は1週間~2週間で現われます。
ショパンエチュード op25 no1 最後のA♭のアルペジオに苦労していましたが、今ではほぼノーミスでクリアできるようになりました・・と、調子良いことばかりではなく。コンクールに出「続ける」ということの重さがずしりと肩と背中にのしかかっています。
前のコンクールの結果より評価が悪かったら、前のコンクールの尊厳はとか。何でこの歳になって減り続ける体力と気力に鞭打ってまで出るか・何のためにとか考えてしまうし。
小学生、中学生、大学生など若い人たちには、未来があるけれど、私の歳にははっきり言って「今更」という問いが自分の中でうごめいています。
しかも30年間もピアノを触ってないのに、その空白を埋めるかのように。
が、思うのです。
若いころより 弾ける。ようになった。なぜかはわからない。
ふと感じたのは、人それぞれその人の中に持って生まれた「できること」「できないこと」の遺伝子のような、細胞のようなものがあるのだなあ。私には、「簡単なことができない」が山ほどある。
でも、詩を書いたり文章を書いたり、創造したり、音と戯れる 立ち向かう ということが細胞の中に入っている。
だから 途中でピアノが消えても また弾いてしまうんだろうなあ。
そういう人生を与えられているんだなあ。
今回のベーテン音楽コンクールは、年齢以外のハンディなしなので、またまた未知の世界への一歩です。怖い けれど 弾いてきます。
昨夜は、たっちゃんが見違えるような大人になって会いにきてくれました。
「たっちゃん ごめんね」と思いながら、ノクターンを弾いてきます。
がんばってきます。