田中雄二の「映画の王様」

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『キューブリックに魅せられた男』

2019-10-30 11:24:18 | 新作映画を見てみた

 このドキュメンタリー映画の主人公であるレオン・ヴィターリは、『バリー・リンドン』(75)に出演後、俳優の道を捨て、自ら志願してスタンリー・キューブリックの助手となった。
 
 以後、キャスティング、演技指導、プリント・ラボ作業、サウンドミキシング、効果音の製作、字幕と吹き替えの監修、宣伝レイアウトの作成、海外向けの予告編の製作、在庫管理、配送、公開スケジュールや配給の調整…と、キューブリックの映画製作における、あらゆる雑務をこなしていく。ヴィターリ自身も「僕はフィルムメーカーではなく、フィルムワーカー(仕事人、奉公人=映画の原題)だ」と語る。
 
 この映画は、ヴィターリの、まるで奴隷のようなキューブリックへの奉仕ぶりを追っていくのだが、その行為は明らかに異常で、ある者は「ヴィターリの行動を理解するためには、まず、天才で悪夢で、温かくよそよそしく、冷たくておおらかで、知の巨人にして、映画に取りつかれた男(キューブリック)が、どう映画を作るかを理解しなければならない。これは大変だ」と語る。そして、そんなヴィターリの姿を通して、映画作りの中毒性や、人たらしと暴君というキューブリックの二面性が現れてくるあたりが、この映画のユニークなところだ。
 
 実際、「スタンリーは僕を食べ尽くした」と語り、やせ細り、評価もされず、経済的にも恵まれない、今のヴィターリの姿は哀れを誘うが、「でも自分で選んだことだから。全力を尽くしたし、後悔はしていない」と語る姿には、『キューブリックに愛された男』の専属運転手エミリオ・ダレッサンドロ同様、キューブリックと共に過ごした日々や、自らの仕事への矜持が感じられて、救われる思いがする。
 
 そして、ヴィターリやダレッサンドロのような、数多くの無名の人々が映画作りを支えていることを、改めて思い知らされる。この2本のドキュメンタリーを見て、キューブリックの映画が見たくなるのは、そんな彼らの仕事を称えたい気持ちが湧くからなのだろう。

 


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