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仮の包装(24)

2017年03月13日 | 仮の包装
仮の包装(24)

 順序を追うべき事柄。

 ぼくは、ももこにプロポーズをする。ボーナスをまるまる指輪代にした。その前に彼女と下調べをしていたので、突然のフックという感じではなかった。ぼくは断られないのを知っていながら、少し不安もあった。空振りには気をつけていても。

 その翌日、彼女は身体の不調を訴える。健康な若い女性が病気になることもあるが、それらの症状とはちょっと違う。彼女は身ごもるのだ。フックはここで決まる。どのぐらいの小さな生命体か分からないが、ぼくの何かと彼女の健康な何かが共同で働き、別のものに変化する。ぼくは話を先延ばしにしようとしていた。

 しかし、彼女の両親は不本意な手順に対して怒らない。ぼくの両親は電話の向こうで恐縮がり、ぼくの不注意をなじった。仕方がないのだ。世の中に凹凸がある限り、こういうことも起こり得た。

 だが、この後のことをスピードアップして対応しなければならない。ぼくは上司に打ち明け、彼はぼくらのホテルの予定を見つめた。ぽっかりと空いている日がある。大安という訳にもいかないが、そう悪くもない日だった。ぼくは提案されるまま日取りを決め、両親の宿泊もお願いした。

 ぼくは夫となると同時に、いや、そんなに時間を置かずに父親になる。どちらも初心者だ。即席でも訓練があればいいのにと無責任なことまで考えていた。だが、責任はもう既に生じている。今後、ずっと自分のためだけではなく妻と、息子か娘のためにも稼がなければならない。娘か息子という順番でもよかった。不都合はない。

 その日は来てしまう。最初から日にちは分かっていたが、それでも、突然という風だった。さらなるフックかアッパー。ぼくは四回戦ボーイのように緊張している。ぼくが主役の日はそんなになかった。今日は一世一代の主役だ。これも自信過剰だ。こういう場合は花嫁が尊重される習わしなのだ。

 扉の向こうに漁師とももこが待っているのだろう。真紅の絨毯のうえを歩く。ぼくはこの瞬間、場違いのごとく急に冷静になり、なんて幸福な人間なのだろうとしみじみと実感していた。両親は額の汗をぬぐっている。快適な空調と温度設定の室内なのに。窓の外は青空だ。ぼくは馬車にでも乗ってパレードしたい気分だった。華やかなヤンキースの選手のように。

 ももこはプロの手によって化粧をされ、ドレスを身に着けるのだろう。お腹はそれほど目立っていない。目立たないからといって、ないことにはできない。それにしても甘い時期ももう少しだけあってもよかったのかもしれないが、欲張り過ぎな願いなのだろうか。

 漁師は孫を心待ちにしていた。名前をつけると宣言しているが、どの候補も古びた名前だった。世界は狭まる傾向なのだ。誰もが簡単に覚えられる名前がいちばんだろう。どちらにしろ、ぼくらは忘れないが。

 ぼくは子どものときに見たプロレス中継の入場を思い返す。悪役は大体は、傍若無人な振る舞いで控室から出てくる。サーベルを振り回し、重そうなチェーンを頭上で回転させた。ぼくは、やはり幸福な部類の一員なのだ。

 扉が開く。若い女性と日に灼けた男性がいる。その女性はぼくというひとりを選んだ。流れ者に近かったぼくが選ばれた。錨で固定されるように選ばれたのだ。公約を守らなくても、半永久的に当選し続けるだろう。そこまでは甘くはないか。



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