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仮の包装(16)

2017年02月22日 | 仮の包装
仮の包装(16)

「接ぎ木って、君は知ってる?」

 ぼくの前には不動産屋さんがいて質問をしている。買い出しの途中で偶然に会い、コーヒーをおごってもらっていた。

「まあ、なんとなくですが」質問の意図が分からない。そして、偶然というのも世の中にはない気がしている。偶然とは誰かの計算高い泥まみれの作為の結果なのだ。
「佐野さん(女主人の姓)から君のことを随分と後押しされて、勝手ながら調べさせてもらったよ」彼は急にFBIのような一面を見せた。

「仕事のことで心配されていますからね」
「そうだろう、大事な従業員の行く末なんだから。そのたったひとりの君は優秀な大学を出て、そこそこ優秀な会社に入った。しかし、いまはここにいる」
「簡単にいえば」
「ここにホテルが建つ」彼は目の前に両手で四角いものを身振りで空中に示した。「その責任者はぼくの兄だ」

「一族で裕福なんですね」本当の意味はしたたかなんですね、ということだ。
「実入りもあれば、借金もある」
「資本投下」

「わたしたちはここを植民地にしたいわけじゃない。君はここに来て、一から関係性を築きあげた」
「そこまでの評価は採点が甘過ぎです」
「事実は事実だ。ここも一年後には違った景色になるが、そこで働いてみる気はないかね?」
「ありがたい提案です」

「君みたいな人物がいれば、揉めることも少ないかもしれない。たまには、ベーブ・ルースみたいなユニフォームに包まれて野球でもすれば」
「見てたんですか?」

「調査も重要な仕事だよ」彼は、味覚がないひとのようにコーヒーをすすった。「悪くない話だろ?」
「ええ」取引やトランプの駆け引きのようなことを考えながら、ぼくもコーヒーに口をつける。ぼくは、自分の入れるコーヒーの味と比較する。ひとは長所を伸ばすべきである。

「ビーチに面して結婚式場もつくる。清潔な祭壇があり、日本語がたどたどしい神父もいる。社員がリハーサルを兼ねて第一号になるのも、それほど悪くない景色だ。ビーチ、オーシャン、ラ・メール。海はどう呼んでも美しい。アーメン」
「誰の話ですか?」
「君と、君の可愛らしい彼女の話に決まってるよ」

 ぼくの生活は看視されていた。グラウンドの不格好な姿を目撃され、ももこの愛らしさも知られていた。だが、無職であるよりもきちんと働いていた方が当然のこと自信もつく。ぼくはももこの花嫁姿を想像する。その名称はやはり旧式過ぎた。ウェディング・ドレスだ。ぼくもみすぼらしいサイズの合わない服ではなく、きちんとしたしわ一つないタキシードを着ている。ぼくは身なりのことばかりを気にしている。

 ぼくらは仮約束をして別れる。中途採用の未来の花婿が目にするであろう夕日は、きょうもきれいだった。

「なにかいいことあったの?」と女主人が訊く。目敏い。ぼくは曖昧に頷く。忠節や忠義という犬でももっている感情をぼくも捨てたくはなかった。主人はひとりであり、ここが壊されるまで精一杯働くのが武士の末裔の仕事であるが、突然放たれた、「あの写真、見たわよ」と空元気を打ち消すひとことで現実に簡単に連れ戻される。


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