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仮の包装(17)

2017年02月23日 | 仮の包装
仮の包装(17)

 日常の仕事を片付けながらも、この作業も今回で最後かもしれないと思うと自然と感傷的な気持ちになった。ひとは漠然とルーティーンをつくる。反対にある日、連続性は破綻して、途中で断ち切ることも起こり得る。若さを最前列の攻撃にもってくれば、なにごとも耐えられるだろう。別れは成長の機会なのだ。だが、段々と大人は軽々しく手放せなくもなってくるのだ。未練や愛慕と名付けて。形があるかのように見せかけて。

 ぼくは自分に言い聞かせている。ホテルで働くには研修があり、その後も別の場所で一時的だが勤務する時間も必要だった。ぼくは地元となった海辺の町を愛しながら、そこの一部を破壊する計画にも加担する。裏切りと見るひともいるかもしれず、同情をこめて発展と考える方々もいる。その波に乗るという判断も不可欠ながら、自分の馴れた方法を捨て切れないのが普通の人間だった。

「じゃあ、仕事の問題はなくなったんだ?」とももこが訊く。
「ないといえばないし、あるといえばあるし」
「すっきりしないみたいだね」

「ぼくはなんで、ここに来たのかと考えてみると」
「考えてみると…」
「最後の自由を味わいたかったのかもしれないなって。大人になり切る前に」
「どうだった?」
「限りなく自由だった」

 ぼくは新たにつく仕事の参考となる資料を送ってもらっていた。形だけの面接と採用試験があり、別の場所で働く。そこには寮があるが、連休にでもなれば、みんながそれぞれの地元に帰るのだろう。ぼくもそうするはずだ。だが、ここに戻ってきても泊まるところがない。そうしたもろもろの不安がありながらも雇用という段階にまた入る。

「泊まるとこ、どうしよう?」
「お父さんに相談してみるよ」
「そこまで甘えるのも、なんだかね」
「そのときは、そのときで。わたしも一人暮らしをするかもしれないしね」
「あんなに家と職場が近いのに?」
「可能性の話」

 あと十日ほどで、いまの仕事も終わる。予約した人数が増えることはない。ひとりひとり泊まるお客が減る。最後の風呂。最後の朝食。二度と来ない場所。

「電話くれる?」

「もちろん」ぼくは力強く宣言する。電話をするのなんか簡単なことだった。いくつかの数字を押して、受話器を耳に押し付けるだけ。それでひとっ飛びに空間や距離を無視できる。ぼくらはその場を去り、ぼくは夜の仕事にもどる。自由と自分はいった。しかし、緊密というのは不自由と同義語のような気もする。なにかを終わらせ、なにかを始動させる。自分は真新しいホテルで働くことになる。仕事はもっと細分化され、たくさんのひとの手を介して、達成というのも個人の力量ではなく、責任も栄誉も分散させるような形で会社の業績につながる。


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