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仮の包装(21)

2017年03月01日 | 仮の包装
仮の包装(21)

 大きな失敗の披露も、また逆の意味の自慢である。ぼくは自慢をよしとしない。だから話さないことにする。

 そして、ももこの失敗を話す。彼女の職場に偉いひとが来る。最初に応対したのは彼女だが、前以っての情報がないためフランクに接し過ぎてしまった。周りはその後ピリピリとして彼女を叱責する。しかし、普通の対応をされることのなくなった偉いさんは、彼女の度胸を讃嘆する。どこかおとぎ話のようでもあった。彼女にそのひとを通じ(いろいろな経路を経た上で)、見合いの話が来る。世界はややこしいところだった。

「おもしろいと思わない?」
「そうかね」ぼくは不服であった。場所が遠いと即座の返答もできない。「するの?」
「しないよ。お父さんも怒ってる」
「なんで?」
「なんでって、あなたがいるからでしょう。お父さんもお母さんもあなたのことが好きだから」

 結果、自慢話をしている。しかし、重要なこととして当人の最新の気持ちが聞けなかった。そして、ぼくも同様に告げない。今度、帰ったときに訊いてみよう。

 建てはじめているホテルのそばに6部屋ほどのアパートがあり、入用だといってホテルが一棟丸ごと借り上げていた。ぼくは、その一室を借りることを許されている。そこから、ももこの家に行く。

「精悍になったね」とももこが言う。
「ももこも女性っぽくなった」彼女の頬は紅くなる。

 最後に会ってから三か月が経っていた。もっと頻繁に帰ってくる約束だが、すべての約束と同じで守ることはむずかしかった。ぼくは実家に寄ったり、さまざまな資格の試験を受けたりした。そのために休日も勉強した。

「だいぶ、完成に近づいたね」ぼくはホテルの前に立って感想を述べる。
「まだまだだよ」
「あと二回ぐらい、もどってこれるかな」
「少ないけど、やっぱり、ここで働くんだよね」
「そうだよ」

 ビーチに向けて教会ができる。ぼくはそのことを伝えていない。よくよく考えれば結婚というのは、ももこにとって早過ぎる選択だった。第一号になるなら二十歳を越えたばかりだ。その前にプロポーズをして受諾して親も説得してと考え、そこからさかのぼれば今日あたりがタイム・リミットのような気もする。なぜ、ぼくは第一号にこだわっているのだろう。あのひとに言われたこと、そそのかされたことを信じているのだろうか。

「佐野さんから手紙が来た」ももこは四角いものを胸の前で指でつくった。
「なにが書いてあった?」
「山梨のことや、名産品を送るとか。まだだけど。それから、ここが恋しいって」
「そうだろうな」

 ぼくは完全に仕事のことを忘れていた。しごかれていることも、数々の失敗も。東京でふたりで住んでいたアパートや近くにあった商店街の活況も。未来は無限であり、過去は有限だった。いつかそのバランスは反対になるかもしれない。その未来になにを引っ張り込めるのだろう。小さな引き出しのようなものを想像する。つめ込めるだけつめるのか、それとも、バランスよく並べるのか。ぼくに答えはないし、ほかのひとに尋ねるようなことでもなかった。



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