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仮の包装(25)

2017年03月14日 | 仮の包装
仮の包装(25)

 大きな音で目覚めた。目を開ける前に別の音で意識が次第に回復する。鳥の鳴き声だ。ぼくは用心深げに薄目を開ける。朝日がまぶしい。いや、この日射し、朝と断定できるのか?

 ぼくは結婚式の途中にいた。息苦しさを覚えながら黒い服に包まれているはずだった。しかし、身体をまさぐるとよれよれのコットンの手触りになっている。そもそも、ここは電車のなかだった。なぜだ。

「お客さん、終点ですよ。降りてください」
「はい」返事は直ぐに出たが、腰をあげることはなかった。「あれ、ももこは?」
「誰かといっしょでした?」

「そういうわけじゃないんだけど…」狐につままれる。意味のないことばだけが、この状況を証明する。
「他のお客さん、全員、降りましたよ」やんわりと催促される。

「はい」ぼくは遅々としながらホームに出て、身体を伸ばす。ポケットには携帯と昨日のレシートがあった。ぼくは着信の履歴を確認する。良枝から何度もかかってきていた。外の風景を見ながら、仕方なくかけ直す。

「あ、やっと、つながった。いったい、どこにいるの?」
「どこだろう」山菜そばというのぼりが風に揺れている。周囲は山しかない。
「なに言っているの、しっかりして。きょうは新居の家具を買いに行く約束じゃない」

「そうだった」ぼくはホームの柱の時計を見つめる。「昼過ぎには戻れそうだから、どっかで待ち合わせしようよ」

「いま、どこなの?」ぼくは駅名を告げる。自分でもはじめて口にしたかもしれない駅の名を。「なんで?」答えを言ったら、良枝は余計、冷たい口調になった。
「飲み過ぎたかもしれない」
「分かった。少しは、心配してるんだよ」彼女は悲しそうな声を出す。

 その後、待ち合わせの場所と時間を打ち合わせて電話を切った。ぼくは時刻表を調べて、次の電車が直ぐにないことを知ると、急に空腹を覚えて駅の外にいったん出た。あののぼりの店で温かいそばでも喰おうと考える。

 どこかで見たような店内だった。造りもカウンターも似ている。ぼくは注文をして、新聞を広げる。やはり、昨日の次の日付だ。

「お客さん、観光ですか?」
「そういうつもりでもないんだけど」山登りの格好でもない。返事を聞かなかったのか、話し相手が欲しいだけなのか決めかねるが、店主は歩いていける名所を説明しだした。すると、どこからか猫が入ってきた。床には餌が置いてある。その猫は祈るように皿の前で目をつぶって数秒だけじっとした。

「信心深そうでしょ?」
「ええ」ぼくは空腹に誘われるまま、そばをすすった。思ったより大きな音が出る。その豪快な音で猫はびくっと身体をふるわせた。

 そろそろ次の電車が出発する。ぼくは呆然としながら帰りの電車に乗る。もう眠れそうになかった。待ち合わせの場所で良枝はふくれている。当然だ。ぼくはコーヒー店でいくつものお世辞を言い、彼女の機嫌が回復するよう、なだめたり笑わせたりした。そうしながらも、家具の値段を書いてあるメモ帳にいたずら書きをした。

「なに、それ?」
「へびの足」それはへびではなく、恐竜のようになっていた。「今度、海でも行こうか?」ぼくはももこがいた地名をさりげなく口にする。
「やだ、ハワイかグアムにでも行こう。償いとしてなら」

 ももこはパスポートをもっていたのだろうか? お腹が安定してから行く新婚旅行のために作ったような気もする。



 政治的な蛇足。

「そうだよな。でも、あそこ、なかなかいいらしいよ」ぼくは調子にのって、執拗に海辺のホテルの名前を、意図を悟られないようにそっと持ち出す。
「だから、やだって。あんな場所にホテルなんかないよ。原子力発電所しかない町なんだから」

 へびはぬるっと消える。




2017.3.14



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