リマインドと想起の不一致(20)
突然の暴風雨の影響で家に帰れなくなった。あるいは、電車の脱線で公共の交通機関は麻痺した。ぼくは帰宅が不可能になる都合の良い言い訳を探すが、どれも、現実になるはずもない。ぼくらは期待した宝くじに外れたひとのように帰りの電車に乗っている。不本意なのか判断しようもないが、あの小さな町に戻らなければいけない。
まだまだ親の保護下にある。ぼくはひじりを大切に思っているが、彼女の親以上の気持ちがあるのか比較の仕様もない。冷静に考えればおそらく負けるであろう。過ごした年月が違う。ぼくは彼女の七五三の晴れ姿も知らない。だから、時間までに帰れるように電車に乗っていた。
冷静になる必要も本来はないのかもしれない。そして、ぼくは冷静になどなれそうになかった。この一日でぼくの愛は高まった。
その割に黙って電車の座席にすわっていた。つかれたのでもない。保証のことばを何か口に出してみたいが、世なれていない少年の発想など乏しいものだった。
ひじりはぼくの煩悶など意中にないように居ねむりをはじめた。普段と違った甘い匂いがする。ぼくは電車のレールの音でリズムを取る。それに同調するかのようにひじりの息遣いも静かに吸ったり吐いたりを繰り返していた。無言の呼応という実際にあるか分からないことばを浮かべた。
途中で私鉄に乗り換える。もう海は遠い記憶となってしまう。日常だけがのこされる。だが、ぼくらの日常は、あとは卒業式などのイベントだけで、それは、はっきりと非日常の部類に属していた。
駅のトイレで顔や手を洗う。潮水のせいなのか身体がべとついた。家に帰り、今夜もいつものように風呂に入って寝るだろう。ぼくらは大人に近付けない。別荘もなければ、いかがわしい光を放つホテルに入ることもできない。身体という物体は密着を避け、衣服が阻む数ミリの厚さより他人であることを正直に要求していた。
ぼくらは改札を抜ける。一日はぼくらにとって二十四時間をきっちりと与えてくれなかった。その半分にも達しないわずかな時間しかくれない。それも間もなく終わる。
「また、明日」と別れ際にひじりが言った。
「うん、また、明日」とぼくも言う。
ひとりになると無性にあくびが出た。どこかで気を張っていたのだろう。すると空腹感も追い打ちをかけた。ぼくは小走りになって家まで向かう。帰りたくないと思っていたのに、結局は、そこにしか夜の居場所がないことが明確になる。
玄関を開ける。ぼくとひじりだけで作り上げた時間があっけなく終わってしまう。船や虹や釣り人がさっきまであったはずだ。家の中は「いつもの」という空気が無言で支配している。それを消すことも、拒絶することもできない。使い古した布団のように簡単に自分を覆ってしまった。
「日焼けしたみたいね、夏でもないのに」
その母の言葉が唯一のこの日の証拠でもあった。ぼくは風呂に入り鏡でその肌にあらわれた色合いを点検するが、それほど、明らかとなってくれていなかった。
突然の暴風雨の影響で家に帰れなくなった。あるいは、電車の脱線で公共の交通機関は麻痺した。ぼくは帰宅が不可能になる都合の良い言い訳を探すが、どれも、現実になるはずもない。ぼくらは期待した宝くじに外れたひとのように帰りの電車に乗っている。不本意なのか判断しようもないが、あの小さな町に戻らなければいけない。
まだまだ親の保護下にある。ぼくはひじりを大切に思っているが、彼女の親以上の気持ちがあるのか比較の仕様もない。冷静に考えればおそらく負けるであろう。過ごした年月が違う。ぼくは彼女の七五三の晴れ姿も知らない。だから、時間までに帰れるように電車に乗っていた。
冷静になる必要も本来はないのかもしれない。そして、ぼくは冷静になどなれそうになかった。この一日でぼくの愛は高まった。
その割に黙って電車の座席にすわっていた。つかれたのでもない。保証のことばを何か口に出してみたいが、世なれていない少年の発想など乏しいものだった。
ひじりはぼくの煩悶など意中にないように居ねむりをはじめた。普段と違った甘い匂いがする。ぼくは電車のレールの音でリズムを取る。それに同調するかのようにひじりの息遣いも静かに吸ったり吐いたりを繰り返していた。無言の呼応という実際にあるか分からないことばを浮かべた。
途中で私鉄に乗り換える。もう海は遠い記憶となってしまう。日常だけがのこされる。だが、ぼくらの日常は、あとは卒業式などのイベントだけで、それは、はっきりと非日常の部類に属していた。
駅のトイレで顔や手を洗う。潮水のせいなのか身体がべとついた。家に帰り、今夜もいつものように風呂に入って寝るだろう。ぼくらは大人に近付けない。別荘もなければ、いかがわしい光を放つホテルに入ることもできない。身体という物体は密着を避け、衣服が阻む数ミリの厚さより他人であることを正直に要求していた。
ぼくらは改札を抜ける。一日はぼくらにとって二十四時間をきっちりと与えてくれなかった。その半分にも達しないわずかな時間しかくれない。それも間もなく終わる。
「また、明日」と別れ際にひじりが言った。
「うん、また、明日」とぼくも言う。
ひとりになると無性にあくびが出た。どこかで気を張っていたのだろう。すると空腹感も追い打ちをかけた。ぼくは小走りになって家まで向かう。帰りたくないと思っていたのに、結局は、そこにしか夜の居場所がないことが明確になる。
玄関を開ける。ぼくとひじりだけで作り上げた時間があっけなく終わってしまう。船や虹や釣り人がさっきまであったはずだ。家の中は「いつもの」という空気が無言で支配している。それを消すことも、拒絶することもできない。使い古した布団のように簡単に自分を覆ってしまった。
「日焼けしたみたいね、夏でもないのに」
その母の言葉が唯一のこの日の証拠でもあった。ぼくは風呂に入り鏡でその肌にあらわれた色合いを点検するが、それほど、明らかとなってくれていなかった。
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