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リマインドと想起の不一致(47)

2016年07月09日 | リマインドと想起の不一致
リマインドと想起の不一致(47)

 多分、間違った選択をしようとしているのだろう。ぼくは、あゆみと別れる決意をする。突然に降って湧いた予想もしない言いぐさに不信感をあらわにしたあゆみは当然のこと理由(細分化された理由)を訊ねる。ぼくは、何度も組み立てては壊した、それでも一方的であることを否めない内容を真剣に説明する。言葉はすべてにおいて過剰であるのか、長くもない言い訳を聞き終えたあゆみはしばらく放心したような様子をしていた。

「ずっと、二番目だったんだね」ぼくは自分では決して受け入れられない、容認を拒む立場をひとに押し付けていた。「いいよ、わたしを一番にしてくれるひと、探すから。うん、大丈夫」

 別れ話を切り出したぼくを責めるわけでもなく、反対にいたわってくれて、この状態を軽いものにしてくれたことばである。なじることや、追求や反論もできた。受け入れないという最後の抵抗を示すこともできた。ぼくは完全な悪人になれないことによって一層、辛さが増した。ぼくは、この優しい女性を捨てるべきではないのだ。後悔が未来に待っているだけだ。だが、しないことも正しくないと内なる自分が言った。できれば、奈落に突き落とされるようなことを言ってほしかった。せめてもの悪行の報いとして。対価として。

 だが、平穏に終わりが決まった。

 その場をあとにしたぼくは、間違って裏返しにして着てしまったTシャツのような違和感を覚えた。直すのは簡単なことだった。一度、脱いで、きちんと表側を確認して、再度、首を通す。プリントや柄が鏡に映る。

 いったいどちらが表だったのだろう? ひじりか、いま去りつつあるあゆみか。あゆみが正解だとしたら、ぼくは完全な失敗につながる道に自分自身に縄をかけて導こうとしていた。ひじりだったとしても永久に手に入らない存在へと変化していることも否定できなかった。盲目なバカな自分が際立つ。しかし、自分でサイを投げ、賭けの対象である数字を選んで、汗まみれの手で強く握りしめてしまっていた。涙も浮かべなかったあゆみを犠牲にして。

 ぼくは、どうしようもない阿呆であり、証明に足りない勇気があった。無鉄砲であり、かなり計算高かった。傷つけることを厭わず、自分にだけ幸福の線路を敷こうとした。あゆみの柔らかなこころを枕木にして。

 ぼくは泣く。あゆみのために泣く。代償など求めずに二番目に甘んじた健気な女性。最良のものをいつも提供してくれた女性。ぼくのために時間を無駄にしてしまった。しかし、失ったものを取り戻したいという感情に負けただけで、あゆみも同じ立場に置けば、やはり、失うべきではなかったといずれ気付くのだろう。時間が解答を出し、おそらくぼくを拘束して責めつづけるだろう。

 だが、スタートラインにもいた。確実にレースは行われる。ぼくはフライングで失格になったのだ。予選も決勝もないあのレースで。勝利が確実視され、世界記録を挑めるレースで。

 ぼくは自分に酔っていた。ひじりはもう好きな相手を見つけているのかもしれない。女性は過去になど甘い幻想を抱かないのだ。ただ世界中でぼくだけが、その愚かな永続性の呪いの信奉者であり、継承者だった。

 しかし、ぼくがあゆみを簡単に捨てられたことを知ったら、ひじりはどう思うだろう。ぼくの主眼にはひじりしかいない。ぼくの銃口は、スナイパーとしての目はひじりにだけ向いている。それが無理なら、もうずっとひとりでいようと浅はかに誓う。

 空想にふけっていると、あゆみの妹がぼくに電話をかけてきた。はじめてのことだ。姉が悪いことをしたなら許してくれないかと述べた。油断していたのか、ぼくはニヒルにもなれず、体内を切り刻まれたようだった。しかし、仕方がない。ぼくは悪いことと知ってて行ってしまったのだから。

「悪いのは、ぼくなんだよ。あゆみちゃんはずっと可愛くて、優しかった。悪いところなんか、どこもない。まったく」

 本音は、どうあがいても通じない場合があった。真実だからこそ、相手には伝わらない。平行線。交差しない会話。すると、妹は大げさに電話を切る。その甲高い響きが終わりの簡素なる合図となった。



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