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リマインドと想起の不一致(45)

2016年07月04日 | リマインドと想起の不一致
リマインドと想起の不一致(45)

 自転車にふたり乗りをしているところを警官に注意される。あゆみは後ろから降りた。しばらく歩いて死角となる壁を曲がったところでまた乗った。ぼくらは注意をされることを鬱陶しく感じながらも、段々とその機会が減っていくことを実感していた。いくらか時間が遅くなってもあゆみの親はぼくらを理解してくれる。寛容さ。ぼくはそこにあぐらをかく。

 自転車はいずれ車になったり、遠くへ旅立つ飛行機になる。あゆみは修学旅行で飛行機に乗った。ひとを距離として近付ける物体は、遠くへ連れ去ってしまうことも可能だった。ぼくは勉強をする。未知なる質問も解答を出してしまえば、それで終わりだった。

 煎じ詰めれば自分なんか無のようだった。計算をしても、いたずら書きをしても、切れた蛍光灯を取り替えても自分の存在が有意義なものと一気に変化することもない。知らない場所に行く。無数の知らない人々が、別個の生活を営んでいる。ぼくは、あゆみの何を知っているのだろう? 姿や形。好み。洋服の趣味。ぼくについて感じている好きな部分と直してほしいと思っているところ。両方。それを直す気などまったくない自分。ぼくは、これでも無でないといえるのか。

 勉強に疲れて土手を歩く。あゆみの犬がいればなと考えていた。お気に入りのボールを放り投げると、リバウンドの名手のように颯爽と口にくわえて戻ってくる。その単調な行為に時間を忘れて没頭したかった。

 また妹とバスケの練習をしてもいい。ぼくは数回負けて、数回引き分けになんとかもちこむ。あゆみと組んでふたりになっても、なかなか勝てない。

 友だちがバイクで通りかかった。ぼくに気付いてヘルメットを脱ぐ。エンジンの音が地響きのように身体に伝わる。そいつの彼女はひじりと同じ高校のはずだった。なにか訊いてみたい気もするが自然と躊躇する。いったい、いまのぼくとひじりには互いに共通するものなど見いだせそうになかったからだ。

 彼は走り去る。これも彼の日常なのだ。バイトをして貯めた金。ぼくらに無限の裕福さなどない。あゆみの世界はちょっと違っていた。

 ぼくは嫉妬という感情があまりないと仮定を立てる。すぐに自身で却下する。ぼくはひじりの相手になる資格の再取得を何度、夢見たであろう。再帰のチャンスをかんがみ。いまは誰かがそこにいる。ひとはある地位を欲する。権力でも、お金でもなく、ある女性の横にいられるということだけだ。

 ぼくはひとりで居過ぎた。風呂に浸かる。これからの勉強の予定を組み立てる。進学には試験がある。あゆみはそのまま大学へとすすめるのだろう。少し差ができる。ぼくは勉強に時間を奪われる。なんだか、言い訳を探しているような気もしたし、ひずみを生み出そうともしている。

 誰もどうしても合わなければならない理由などない。必然性はある。そして、そんなことに理由などむりやり付与させることもない。衝動と理性の間で悩みもせずに選んでいるだけだ。ぼくは夕食後、長年つかっている机に向かう。本の感想の答えがひとつだけという窮屈な状態に甘んじる。日本の高校生の誰が読んでも、そう思わなければならないと指示される。支配というのは、結局、こういう単調なものであるのだろう。ぼくは、空想する。逃げるように、あゆみからもひじりからも逃げるように、どこかに羽ばたき空想する。



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