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Untrue Love(120)

2013年03月02日 | Untrue Love
Untrue Love(120)

 疲れがしらずしらずのうちにたまり、土日の休みを待ちわびている自分がいることに気付く。肉体の疲れということではなさそうだ。精神的なものがもたらす比重が多いことも知る。頭のなかをからっぽにして、リフレッシュしたい気持ちになっている。だが、何もしないでぼんやりとしていると頭は何かのことで支配されたがっているようにも思えた。積極的にスポーツなどをして身体を動かしたほうが、結果としては頭は支配から逃れられた。

 反射神経だけを使っている。ぼくはバッティング・センターでボールを打っていた。その日は、咲子がバイトを辞め、これまでの慰安をかねていつみさんとキヨシさんと会うことになり、それでゲーム・センターに行った。キヨシさんは小さなときに野球に親しんだだけあって、いまでも見事なスイングをした。ぼくは、そこそこだった。料理の腕前で劣り、野球でも負けていた。だが、それだけで計りきれない大人に、もう既になっていたのだ。個性は個性であり、欠点は欠点だったが、その尺度がすべてではなかった。尺度はきれいに整備された都市の縦横に走る道路のように無限にあるべきだった。そのひとつの通りは、ぼくに向いていないだけなのだ。

 四人で小さな盤上のサッカー・ゲームをした。ぼくは、いつみさんと組み、咲子はキヨシさんと反対側にいた。彼の太い腕は細かな作業にも適応していた。もともと料理の味でそのことは立証されていたが、そのときまでぼくは忘れている。いつみさんは負けると腹を立て、勝利者の側にまわると抱き合って世界の大戦争が終わったかのようにこのうえなく喜んだ。武器は、もういらない、とぼくはこころのなかで誰にも聞かれず叫んでいた。

 芝生のある広い場所でぼくらはそれから座った。もともとは関係のなかったひとたちがひとつになり、ぼくに影響を与える。いつみさんとキヨシさんが仕事場を離れてわざわざ会う機会はないそうである。ぼくは、そのそばでバイトをしたことにより、彼らと偶然に会った。そして、いつみさんに好意をもつ。その気持ちはもう偶然というものでは考えられないほど巨大になり、根っこを張っていた。移植も利かない。そして、当然のことながら彼女がもしぼくのことを嫌いになったとしても、その気持ちはぼくからも奪えないのだ。すると、対象がありながらも、それはぼくひとりで盛り上がり、かつ解決する問題にも思えた。だが、こうして穏やかに複数で会話を繰り広げていると、緊迫したものはまったくなく、穏やかな状態でいられた。

「咲子は、それでお店の役にたったんですか?」ぼくは、彼女がいるときには数回しか足を運ばなかった。自分が紹介をしていながらも。
「何事もアクセントが必要だからね。いつみという直球に飽き、咲子ちゃんみたいな変化球で店の印象もかわったから」
「正捕手のキヨシさんがいつも店を守って」ぼくは、そう返した。

「直ぐにマスクを外したがるキャッチャーだけど」と、今度はいつみさんが言った。まぜっかえすという言葉のもつ響きをぼくは脳裏に浮かべる。咲子は自分のことが話題になっているのにも関わらず黙っていた。ただ、それに物足りないようにスカートだけがゆらゆらと風に揺れていた。
「反対に、咲子ちゃんには役にたったの?」と、いつみさんは優しい口調で訊いた。
「とても」いくつかの過去の情景を思い出している表情になった。「いろいろなひとに会えましたから。みな、優しくて、親切なひとたちで」

「誰が?」キヨシさんは特定のひとに絞りたがっていた。それで、咲子は名前を挙げたが、ぼくには聞きなれない名前だった。それから、三人でそのひとの噂話をした。彼の子どもの幼稚園でのエピソードを知り、妻の様子まで分かった。そういうこころ安らぐ家庭があったとしても、いつみさんの店に行く用事を作るのだ。ぼくも、恒久的にこころ安らぐ場所を理想郷でも探すように求めた。

 考え出すと、そこには静かに寛いで読書をしている木下さんの姿があった。彼女は遠い日にメガネをかけはじめている。ページをめくる音がかすかにする。小さな声で音読している。バッハかなにかかあればもっといい。ぼくがいることすら忘れている。その将来。

 幼稚園に送り迎えをするユミの姿にもなった。彼女によく似た子どもの小さな手が彼女の手につながれている。一日に起こった新鮮なできごとをふたりは話し合っている。会社からもどった自分はそのいくつかのエピソードを入手する。そして、シャワーを浴び、その子の寝顔を見る。土日にはこのような芝生の上で遊ぶ。ユミによく似た子。手先の器用な子ども。その子を含めた将来。

 だが、いつみさんを締め出してはならない。ぼくのこころに根っこを張っていると考えたばかりなのだ。移植もできないのだ。別の場所では環境に合わず、枯れてしまう。だとすると、この場所の環境に咲子は適合したのだろうか? それも、分からなかった。ぼくは芝生の上で寝転ぶ。いくらか雲が多くなった空。そのもっと上空にぼくが求めるべき理想郷があるのに、肉眼では見ることが叶わないため、ぼくは強く目をつぶって見ようとした。ほかの顔の筋肉が引きつられるまで強く目を閉じた。しかし、幸せはそんな遠くにあるのでもなく、この場を支配しているようにも感じられていた。そこにぼくはいた。テントのなかにいるように、この支配下にずっとくるまれていたいとも思っていた。

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