爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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作品(4)-10

2006年07月12日 | 作品4
JFKへの道
10

 逃げるように仕事の中に、のめり込む。また、それにも飽きてくると、博美のうちに没入する。彼女の仕事も、入社してからそろそろ一年を迎える。それをお祝いして、23歳にしては、高目のレストランに行く。
 目の前に座っている彼女を、性格に検査する技術者の目を持って、見続ける。彼女の大きな瞳。高い鼻。そして、適度な薄さの唇。そこから発せられるなめらかな声。彼女のこころは、以前の恋人から離れつつある。自分も、ずるいけれどそれに対して追及したことがない。だから、今のところは、責任も多くは、発生していない。ただ、時間が空いたときに、会う機会は、次第に増えて回数も多くなっているのは事実だが。
 その彼女の声を、また楽しい会話をしながらも、本当に望んでいる女性と出会っているのか、それともこれからその出会いを待つことが自然なのか、と相変わらず優柔不断さも失ってはいなかった。彼女は、この前聴いたマーラーという作曲家について話す。その音楽の美しさに魅了されていることが、ひしひしと伝わってきた。また、その音楽を使った、ヴィスコンティという映画監督のことも。今度、彼女の部屋で一緒に見る約束をさせられた。
 2時間ばかりの食事の時間があっという間に過ぎ、彼女を送る。段々と彼女の気持ちが、自分に傾いているのに気付くが、それを悟られないようにしている。なぜだろう? 自分は、なにを恐れているのだろう。一対一の融通の利かなさか。あるいは、女性の気持ちを、もう踏みにじることは出来ないという考えか。一人になって、車の中で思い巡らしている。彼女は、何らかの言葉や態度を待っている。行動を望んでいる。自分は、それに少し距離を置いている。まるで、主人公は、別の場所にいるとでもいうように。

 また、会社での朝を迎えている。加藤も、それなりの地位を必要としてきた。いままでの雑用から救済しなければならない。自分も新しい、働き者を見つけなければならなくなってきた。加藤以上に、出来る人間などいるのだろうか。だが、頭の片隅に考えを蓄えておくと、ある日、それに合致することが現実になるのも、不思議と事実だ。安らぎを必要としているときに、たまたま貰った音楽のCDに、その答えが見つかったり。仕事の発展には、こういうバイタリティのある人間が不可欠だと思ったときには、部下が連れてきたり。その何らかの助けの出所は、どこにあるのだろう。頭の中か。もっと大きな力か。
「考えごとですか?」加藤が入ってきた。
「いや、いいよ」
「この前の製品が出来上がりまして、その発表会にあのタレントが呼べましたので、お知らせしようと」
 ある女性タレント。自分は関心がないが、女子社員へのアンケートで、この人が向いているという答えが多かった。その意見をそのまま受け入れ、自分は口を挟まなかった。会社の動向に、そう多くの影響を与えることもない事業なので、加藤に任せきりになっていた。そして、見事に順調過ぎるほどマスコミ方面にたいして成果を上げていた。父もそれに対して関心を持っていた。加藤の存在も、父の耳に入り、愛情を受けつつある。彼は、何事も成功が好きなので。その匂いにとても敏感な嗅覚を持っている。このような才能を、見つけた自分にもいくらかおこぼれ的ではあるが、注意を向けた。だが、当然の如く、父は加藤を引き抜こうとする。自分の事業で上手く行っていない部門があるが、それに加藤を使おうとしている。もっと、新しい今後伸びそうなプロジェクトに使ったほうが有効だとも思ったが、口にはしなかった。こうして、加藤が去ることが決まっていく。加藤も、父のことを遠くから見て畏敬していた。この辺で、自分の後輩という立場からも離れて、成長した姿も、自分は見たくなってきた。彼なら、見事に役立つ成果を挙げるだろう。5月になり、加藤は去った。そこで空いた位置に、以前から目をつけていた部下をあてがった。まだ26歳で、たくさん覚えなければならないことがあるが、音をあげないといいがと思う。その彼が部屋に入ってくる。自分の評価が判断できない顔をしている。最初は、誰でもそうさと緊張を解く言葉をかけて肩に触れる。その気安さにも驚いた表情をした。こちらは彼の服の生地を確かめた。

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