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Untrue Love(123)

2013年03月10日 | Untrue Love
Untrue Love(123)

 普通に暮らしていれば、当然のことずっと会えると思っているのだった。だが、仕事をするという環境に放り込まれただけで、その意図もなかなか実現しにくいひとが多くなった。怠慢であるといえばそうでもあったし、自然の成り行きだから仕方がないと結論付ければ、その通りでもあった。

 金曜の夜に飲み会があり、アパートまで帰るより実家のほうが近かったので、そこに泊まることにした。事前に電話をかけ、了承を取った。

「あんた、なんだか、よそよそしくなったのね」と、母が感想を漏らした。事前に約束を取り付け、その日取りを忘れないようにスケジュール帳に書き込み、再確認も怠らない。自分は、誰に会うのも仕事のように考えてしまっていたのだろうか。恋する女性は、直ぐ会いたいとか言うものなのだろうか。ぼくにそういう風に言ってくれるひとはいなかった。だが、ずっと会わないでいられるとも思っていないようだった。だから、ぼくらはそれぞれの峰を登るように歩きながら、お互いの頂上で会うことができた。別のルートをしっかりと歩く。いっしょに登るという感覚も喜びもそこにはないようだった。しかし、そうした方法論が定まってしまえば、ほかの考えは入り込みにくかった。さらに、別の方法論を持ってくるような相手を探すこともできず、そもそも自分のこころが別の誰かに奪われることも、もうなさそうだった。

 それで、夜の十一時過ぎに、リビングにいた。ふたりはまだ起きていた。毎日のニュースを告げる顔がそこにあった。ぼくはきょう一日に起こった出来事とそれからスポーツ選手の活躍を見た。自分と同世代の人間が華々しいフラッシュを浴びていた。彼らは自分の特技を見つけ、その技能を伸ばした。運が良かったのだと言うひともいるし、親の教育の成果と説明するひともいた。どれだけの分量の逆境があり、どれぐらいの追い風があったのかとぼくは一週間の疲れと、飲み会のあとの気だるい気持ちで想像した。もちろん、そのような状態で解決などしない。また、きちんとした解決など求めてもいない。それは飲み会の前にどこかのロッカーに預けてしまった。それを取り戻すのは月曜の朝でいいのだ。だから、ぼくはここでぬくぬくと過ごし、喉の渇きをまたビールで補充しようとした。

「よく飲みに誘われるのか?」父は、会社員の宿命のようにそのことを考えているらしいことが口調から伺えた。だが、彼はある日を境にそういう立場を切り抜けたらしい。職場内の環境がかわったからなのか、それほど優位な立場にいなくなったからなのか、ぼくには分からなかった。

「たまにね」と、そのときは答えをとどめることにした。
「身体に気をつけなさいよ」と、母は母らしい役目の言葉を発した。そして、明日の午前に食べたいものはないかと訊ねた。満腹と眠気を覚えている自分は、具体的な回答をせず、それで、ぼくが以前に好きだったものを彼女の口はリストアップした。ぼくは、「それでいいよ」と答えた。そして、土曜の午前のスーパーの情報を付け加えたので面倒になり、ぼくはシャワーを浴びに席を立った。

 風呂からあがると両親はもうそこにいなかった。押入れを開けるような音がとなりの部屋からした。テレビの音も消えると、そこはさびしさが充満しているようだった。彼らの歴史はゆるやかな下り坂に入ってしまったのだろうか。喧嘩もせず、相手の欠点も目に入らないようにしているようだった。それは気にならないという段階になったのか、本当に意識もしないで生活しているのかもしれない。ぼくは、階段を登りながら、冷蔵庫から冷たい飲み物を取って来ようと思い直し、また降りた。それから、電気を消してまた階段を登った。

 以前の自分が多くの時間を過ごした場所。この前は、両親が旅行に行くと言ったので留守番がてらに泊まったとき以来だ。掃除はたまにされているのだろう湿気やほこりっぽさもなかった。ぼくは、古びたラジカセのスイッチをいじり、ラジオをかけた。

 そして、頭を枕につけとりとめもないことを考えた。飲み会で数人の同僚の特徴をひとりずつ分析した先輩。ひとの印象と自分の主観的なものの見方の差異がどうしても入り込む世の中を不可思議に思っていた。早間がそこにいたら、彼はどのような分析をされたのだろう。前向きで、元気で好印象を与える人間。

「彼女とかいたためしがないでしょう?」と、ある女性にもそこで言われた。
「まあ、そうですね。紹介してくださいよ」と、ぼくはその解釈をごまかした。肯定することも無駄で、否定するのも労力がいった。ぼくは、否定をする際に状況を納得させるために証拠を提示しなければならない。それを持ち出すのは神聖さに関わるような気もした。彼女たちを飲み会の澱んだ空気内にもちこみたくなかった。

 すると、いつの間にか眠っていた。起きて先ず考えたことは相変わらず早間の印象はどういうものだろうということだった。それに、咲子と彼の関係はどうなったのだろうという問題につながった。答えをぼくは知らない。両親に問うような話題でもなさそうだった。

 ぼくは髪もぼさぼさのまま階下に降りた。まだ、高校生のころに戻ったようだった。懐かしいようでもあったが、そこには、いつみさんもユミも木下さんの居場所もない。空の箱にぼくは三人のラベルをきれいに貼り、思い出をためこんでいた。それを開けるのも、さらに品物を入れるのも、すべて自分の自由だった。高校生のときの彼女の箱はどこにいってしまったのだろう? 空港で自分の荷物が流れるのを待ちわびるひとのようにぼくはそこにいた。最後のひとりになってもその荷物は結局はこない。ぼくは取り戻す方法を模索しながらも、最終的に立ち去ることを判断した。あれはあれで行きたいところでもあったのだろうとかすかな寂しさをにじませながらも。


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