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Untrue Love(121)

2013年03月03日 | Untrue Love
Untrue Love(121)

 本棚や勉強机のうえを占領していたものが段々と入れ替わっていった。部屋はそれほど広くもない。荷物は一定量に保たれ、新しいものが来れば、古いものはどこか隅のほうに押し遣られるか、処分されるしか解決策はなかった。ぼくのこころや、頭も同じようなものだろう。一日のうちで気にかけることができる限度は、二つや、三つぐらいのものだ。五個もあれば、すでに多過ぎる。それは結論を求めないことと同意義のようでもあった。いつか堆積となり、不要な土砂がきれいな水底をダメにする。

 だが、すべてを一掃するという問題でもない。それができるのは留学とか、引越しとかであろう。別天地。ぼくには、どちらも訪れそうになかった。それに具体的に選びそうにもなかった。

 だから、ごみを集め、いつからごみとなってしまうのだろうとも考え、書籍を束ね、廃品回収のトラックの後ろに入った荷物をぼんやりと見送った。

 その部屋にユミが遊びに来た。
「なんだか、印象がかわったね」と部屋の様子を見て感想を述べた。
「古くて、いらなくなったものを処分したからね」
「あっさりとしてるね。何でも簡単に捨てられるひと?」
「考えたこともないけど、実行してるから、そうなんでしょう。ユミは?」ぼくは、彼女の部屋の雰囲気を思い出していたので、答えも想像できた。

「わたしは無理。だから、どんどんたまっていっちゃう。だって、あとで必要だと思って、なかったら後悔するだけでしょう」
「あとで、買い足せばいいんだよ」具体的な方法で答えを出せば、すべてが思い通りになるとでも思っていた年代なのだろう。唯一の方法。それ以外を排除してしまう思考。「だけど、ユミもなんだか印象がかわったように思える」
「そう?」と言って彼女はぼくのアパートの室内にある鏡に向かってポーズを作った。「天気がいいんで、ちょっと外、歩く?」と立ったまま、彼女は言った。ぼくは返事をする代わりにシャツを羽織った。これは、もう数年着ていたものだった。

「咲子はまだ店に来るの?」
「この前も来てくれたよ。どうして?」
「あそこでバイトを辞めたから、もうあっちは行かなくなったのかなって。そう近くもないし」
「なかなか捨て切れないタイプなんじゃない。わたしと同じで。順平くんは、もうあそこ辺りは来ない?」
「仕事を受け持ったのも全然、反対の地域だから」
「そう。残念だね。でも、変わることもあるんでしょう?」
「さあ。まだ、分からないことも多いよ」

 ぼくのアパートの周りはそれほど変わらない。だが、いくつかの古い建物がなくなり、そのなかにはもう過去の面影を思い出せないものもあった。小学校や消防署の場所は変わらない。中にいる子どもや働くひとが変わっても、それは存在しつづける。それでも、自分の視線だけではなく、季節の光線もかわり、ユミの話しかけてくる言葉の作用で違ったものになる。自分の意見や、凝り固まった考えなどはちっぽけなものなのだと思えてくる。そして、彼女の手がぼくの手を握る。そのことについてユミはなにも言わない。ぼくは感触がありながらも、そのことに触れない。そこにあると知っていながらも、それはないに等しい。いや、実際にあるのだ。それはぼくに影響を与えつづけるものなのだ。

「日曜の夜って、好きだった?」
「どうしたの、何で?」
「明日から学校もはじまって、また、いやだなとか思う友だちがいたから。わたしは違うけど」学校の校門の前を通りかかっているときユミが訊いた。
「ひとりで家にいるより、友だちと会って遊びたいなとか単純に思っていたんじゃないの。あの頃は」
「友だち、いっぱいいた?」
「普通だと思うよ。人数で比較したこともないし。多くてうらやましいとも思わないし、少なくて逆になげくこともない」

「女の子から人気があった?」
「分かんない。あんまり、そういうのを女の子って見せないんじゃないの。いまと違って。ユミは人気があった?」
「わたしは、友だちをいじめた子たちと喧嘩をしたり、仲介をしたりしてたから、いやがられたんじゃないのかな。でも、あれ、嫌いだからいじめてたわけじゃないんだよね。だから、仲を取り持つ役目なんか、本当はいらなかったんだよね。ひとりで正義を振りかざして損した。もっと、にこにこしていればよかった」
「でも、やった?」
「やった。やらないわけにはいかなかった。当時はね。いつか、順平くんにもすると思う」
「誰も、いじめないよ」
「そうだろうけど」

 ぼくはその姿を想像してみる。小さな姿のユミ。いまと同じように派手な色彩のスカートを履いている。ぼくは、誰かをいじめる。女なんてすぐ泣く生き物だと、意地の悪い気持ちをもって。だが、実際に目の前で泣き出されれば、かなりの確立で動揺するくせに。それを見咎めた同級生であるユミが廊下の向こうからやってくる。精一杯、威嚇しようと覚悟を決めたように肩を怒らせて。ぼくは、その姿が近づいてくるのをじっと待つ。段々と、この怒れるユミを呼び出すために、どうでもよい女の子をいじめていたような気もする。直線で向き合えないために、屈折するなにかを必要としている。ぼくは謝りもしないし、仲直りのきっかけも作らない。その小さな子が大人になり、いままさに手をつないでいるのだと想像しようとした。それはとても簡単なことだった。学校の裏口の門の横を通り、暖かな手の平を実感しているならば。

「通ってた学校、ここじゃないよね?」と、ユミは訊いた。
「だって、ここ、大学に通いはじめるために借りたアパートだよ」
「そうだよね。なんだか不思議な気になって」

 ぼくも、ぼく自身の過去や今を行ったり来たりした。未来もその範疇に加えたかった。そのために、ぼくは自分のために新たな空間を見つけなければならない。そのスペースにはどのようなものが入り、どれを捨ててしまうのだろう。捨ててしまったものを思い出すことはあるのだろうか。捨てるというのはそもそもどういうことなのか? 思い出があるということは物体がなくても、生きつづけるものであるとしたなら、ぼくは何一つ処分できないのだ。手放すことすらできない。どこか遠くの雑草が生えている敷地に許可もなく放り投げるだけなのだ。その土地の権利をもっているひとなど誰もいない。ただ、一匹の野良犬がそれらが役立つかどうか匂いを嗅いで点検している。飼い主も分からない。その一連の情景が、まさしく過去の堆積であるようだった。

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