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Untrue Love(122)

2013年03月09日 | Untrue Love
Untrue Love(122)

 四月から着はじめたスーツも、むし暑さにより袖を通すのも億劫になる時期になっていった。疲れがたまっていたのか、暖かい陽気のせいなのか、電車のなかでうとうとすることが多かった。見馴れぬ場所の駅で降り、お客さんのところへ回った。古い機械をメンテナンスして、新しい製品を紹介した。興味を示すひともいれば、なす術もない相手もいた。それは、ぼくが友人や女性に対してすることと同じであった。

 インパクトを与えるような印象も残せず、地道に通って知ってもらえるよう努力をしようとした。決意をしなくてもできることもあり、やはり、意を決してかからないと物事が進まないこともある。重い資料が入ったカバンを持ちながら、またもとの駅までの道を歩く。きれいな川があり、ぼくは橋の途中で立ち止まり欄干の上で頬杖を突いた。小さな子が網で川をさらっている。ザリガニか何かいるのだろう。それはぼくの過去の姿のようでもあり、咲子が向こうからあらわれて来そうでもあった。あの少年もいつか働くようになり、その前に永遠にのこりつづけるであろう思い出をたくさん作らなければならない。それらを収集する網でもあればいいのに、とぼくはそこで考えていた。それから腕時計を意識もなしに見て駅までまた歩いた。

 時刻表をみると、次の電車まで時間があった。ぼくはホームでぼんやりと座り、あくびをした。自動販売機で缶のコーヒーを買ってふたを開けた。反対側のホームに電車が来て、何人かが降り、何人かが乗った。平日ののんびりとした時間だ。ぼくはまた腕時計を見た。間もなく会社に戻るために電車に乗る。もし、その必要がなかったら、きょうのぼくはいったい何をするのだろう。先ほどの小川に足を突っ込み、初夏の快適な季節を感じるのも良いだろう。腹が減ったら、素朴な味のラーメンを食べるのだ。銭湯に行って、どこかでビールを飲む。そこで話し相手が必要になりそうだった。だが、話すだけが目的ではない。沈黙を共有するという素晴らしい体験が重要なのだ。話しても、話さなくてもいい。答えても答えなくてもいい。強要される間柄ではない。ぼくは、数人のそれらの相手となりえるひとを思い浮かべていた。そして、紗枝と会うという約束をしたのを思い出している。それは遠い昔のことのようにも思えた。あのザリガニをつかまえた時期と大して違いはないようだった。

 電車が来たので、缶を捨て、車内のひとになった。窓からビルだけではなく、緑が混じった景色も目に入った。向かいのシートでは高校生のふたりが楽しそうに話している。いつみさんはある日の土手で、好きな相手を言い合ったと話した。彼女たちもそのようなことを話題にするのだろうか。そして、言ったとしてもそれは「いまの」という脚注がどこかに説明されるべきなのだ。いつみさんは、もうそのひとのことを好きではない。ただ、甘酸っぱい思い出はあるのかもしれない。ぼくも、もうその当時の好きな子のことを考えもしない。自分はいつか結婚をするのだろう。それは将来を築くという段階で、過去に目を向けるものでもない。しかし、その当人の過去のひとつひとつの経験は気になるはずだ。ザリガニは取ったのだろうか。お気に入りのスカートは、どういうものでどんな柄だったか? はじめて化粧をしたのは。マニュキアはいつから塗るのだろう。はじめて失恋して泣いたのは。ぼくは、それを誰のものとして聞きたいのだろう。

 いつの間にか電車は混んでいた。そして、ぼくの空想の時間も止み、仕事のことを考え出さなければならない。これも決意がいる作業だった。ぼくは、まだ数ヶ月しかこの生活を送っていない。いつか、考えもなしに行動できるようになるのだろう。自転車に注意もせずに乗れるように。車の仕組みをしらなくても、両手と両足は器用に動いてくれるように。ユミの指や手先がお客さんの髪を切るように。もちろん、木下さんが靴のサイズをすすめるときみたいに。

 ぼくは、その段階まで行っていない。でも、現状の分析はできる。足りないものも理解できている。先輩から学び、成功者から方法を盗む。だが、何に対して成功したいのだろう。自分の子どもがいつかあの先程のようなきれいな小川で小さな魚を取ることか。ささやかな自然にとびこみたわむれることなのか。

 ぼくは改札を抜け、いつもの会社の道を歩いている。そこで先輩とすれ違ったので挨拶をした。この場所で知り合いに会う。ここがぼくの居場所なのだ。あのバイトの地の町が段々と遠くなる。咲子は田舎をそういう目で見るのだろうか。それとも、大切な特別な感情をもって、どこか特定の場所に潜ませているのだろうか。ぼくは、過去の思い出の部屋を広くする。それは、どうあっても変化させることができないものたちなのだ。時刻表や川の流れみたいには移ろっていかない。どちらも美しいものであり、どちらも選択したものとその選択の結果なのだった。

「どうだった? うまく説明できたか」職場の先輩がコーヒーのカップを握ったまま訊いた。
「どうでしょう、顔ぐらいは覚えてくれた程度ですけどね」
「そして、また一枚、名刺が減ると。コーヒーでも飲んで、ちょっと休めよ」

 ぼくは、いつかバイト先で木下さんから缶コーヒーをもらった。彼女のそのときの頬の色。コーヒーはもうないが、その時の情景のいくつかはまだある。それは思い出になってしまったジャンルで、ぼくはきょうの彼女は知らない。明日も多分、知らないだろう。あさってはどうであろうか。縁というのが濃くなるのも薄くなるのも自分次第なのだと、コーヒーをミルクで薄めながら、ぼくはそう考えていた。


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