竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

短夜や拗ねし女に投げし匙 中村哮夫

2019-07-18 | 今日の季語


短夜や拗ねし女に投げし匙 中村哮夫

季語は「短夜」で夏。作者はミュージカルの演出家だから、稽古の情景だろう。厳しい注文を付けているうちに、女優が臍を曲げてしまった。女性が「拗(す)ね」ると、たいていは黙りこくってしまい、手に負えなくなる。なだめすかしてみても、だんまりを決め込んで、テコでも動かない。幕を開ける日まであとわずかしかないというのにと、作者は苛々している。ましてや、夜も短い。いたずらに無駄な時間が過ぎてゆくばかり。そこで、ついに「投げし匙(さじ)」となった。どうとも勝手にしろ。怒りが爆発した。その場に「匙」があったら、本当にぶつけかねないほどの苛立ちだ。といっても、むろん即吟であるはずはなく、そういうこともありきと懐かしく回想しているので、中身に救いがある。それにしても、この匙は奇妙なほどに生々しい。たぶん、それは私が男だからだろう。思い当たる匙の一本だからである。稽古中に物を投げるといえば、若き日の(今でも、かな)蜷川幸雄の灰皿投げが有名だ。本当に投げたのかと、ご当人に聞いてみたことがある。「野球で鍛えたからね、コントロールには自信があった」。つまり、投げたのは事実だが、ちゃんと正確に的を外して投げたということ。口直しに(笑)、同じ作者の上機嫌な句を。「夏空やいでたち白き松たか子」。『中村嵐楓子句集』(2001)所収。(清水哲男)

【短夜】 みじかよ
◇「明易し」(あけやすし) ◇「明早し」 ◇「明急ぐ」

春分の日を境に昼が長くなり、夏至には夜が最も短くなる。短い夜を指す言葉であるが、物理的な長短よりも明け易い夏の夜を惜しむ気持が込められた季語である。(日永:春、夜長:秋、短日:冬)

例句 作者

海亀の産卵の浜明易し 矢澤賢一
明易の始発駅より旅立ちぬ 田中延幸
短夜の明けたるこむらがへりかな 佐  愛
初恋は貘の餌となり明け易し 佃 藤尾
象潟や苫屋の土座も明やすし 曾良
短夜のあけゆく水の匂かな 久保田万太郎
明易し妻問ひ婚のむかしより 仁尾正文
明易し備後赤坂塵もなく 小川三補子
寝返れば思ひ寝返る明易し 金井苑衣
寝袋の中の寝返り明易し 岡部玄治
コメント