竹とんぼ

先達の秀句を味わいながら
自得の一句を求めて多作多捨です
古希すぎの晩学で楽しみながらの遅々緩歩です

天の川怒濤のごとし人の死へ 楸邨

2017-08-04 | 楸邨鑑賞
天の川怒濤のごとし人の死へ



流伴鑑賞

天の川は秋の季語だが
七夕の強い印象から夏に読まれる句が多い
楸邨には「死」を詠んだ句が多いが
この句はなかでも秀逸と思われる
天の川にはロマンや夢や願のイメージが大きいが
楸邨は死を詠む
それも怒涛のごrとくである
言葉を失うほかはない

以下楸邨の夏の句を挙げる

つひに戦死一匹の蟻ゆけどゆけど

どこやらに硝子がわれぬ桐の花

みちのくの月夜の鰻あそびをり

天の川わたるお多福豆一列

天の川法螺吹き男ふとなつかし

天の川鷹は飼はれて眠りをり

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火の奥に牡丹崩るるさまを見つ 楸邨

2017-07-21 | 楸邨鑑賞
火の奥に牡丹崩るるさまを見つ



季語:牡丹ー夏  出典:火の記憶  年代:昭和20年(1945年:40才位)
火中を彷徨しながら、いずくの家だか焼け落ちる火の奥に牡丹が崩れる様を一瞬のうちに見たのである。(石田波郷)

流伴鑑賞
現代俳句協会のHPの解説を紹介する


この句には長い前書がある。それを書く。「五月二十三日、夜大編隊侵入、母を金沢に疎関せしめ上州に楚秋と訣れ、帰宅せし直後なり、わが家罹災」
 この「火」は当然焼夷弾による炎上させられた火である。紅連の炎の中に崩れてゆく牡丹、もしこれが人であったらこの世の最後の悲鳴を挙げたであろう。それも叶わず黙って焼かれていった牡丹、私はこの牡丹を作者が人間をイメージして詠んだような気がしてならない。何の罪もない一般国民があの忌わしい業火の中で命を落さなければならなかった時代。この国民の呻きを牡丹に託して詠んだと思えてならない。
 この罹災の翌日に楸邨は、 
 五月二十四日
  雲の峰八方焦土とはなりぬ
  明易き欅にしるす生死かな
 の二句を詠んでいる。
 当時の心ある詩人ならば詠んでおかねばならなかった体験であった。それを良心にもとづいた作家活動をしていた加藤楸邨が詠んだということである。
 ふたたび掲句にもどるが、この句からは、さまざまな点に思いが至る。そのひとつに、この句の持つ諦念的な反戦感がつたわるということである。戦中は自分の命を自分で守るためには何も言えなかった。同じ楸邨句に<蟇誰かものいへ声かぎり>があるように国家の言論統制による国民の閉塞感は今の北朝鮮以上だったかもしれない。
 なんとも訳のわからぬ現代が、戦争好きの人の危険な動きは着実に増している。私達は、この悪性新生物にもっと敏感になってよいと思っている。

出典:『火の記憶』昭和23年
評者: 大牧 広
平成22年5月11日
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鶴の毛は鳴るか鳴らぬか青あらし 楸邨

2017-07-20 | 楸邨鑑賞
の毛は鳴るか鳴らぬか青あらし



季語:青嵐ー夏  出典:まぼろしの鹿  年代:昭和41年(1966年:61才位)
鶴の毛だから、
胸のあたりの白いやわらかな微毛であろう。
万目青あらしの中、
純白なその毛はそよぎながら鳴っているのか、
鳴っていないのか。(森澄雄)

流伴鑑賞
楸邨の系列の俳人は数多くいる
この鶴の句は見たままをそのまま詠んでいるのだが
胸毛がそよぐのではなく
鳴るか鳴らぬかの感傷は独特だ
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