月山の水に泳げや冷奴 丸谷才一
月と水と冷奴ーー文字づらからして、涼味満点と言っていい夏の句である。敢えて「夏は冷奴にかぎる」と、この際言わせてもらおう。月山の名水に月のように白く沈む冷奴は、いかにもおいしそうである。詞書に「うちのミネラル・ウォーターは『月山ブナの水音』といふ銘柄」とあるから、作者が愛飲していた故郷の水であろう。月山を源流とする庄内の立谷沢川は“平成の名水百選”であり、水も冷奴もいかにもおいしそうだ。「泳げや冷奴」とは「泳げや才一」という、自身への鼓舞の意味と重ねているようにも私には思われる。才一は山形県鶴岡出身の人。ここでは名水を得て泳ぐ冷奴が喜々としているように映る。そういえば、山形で私も何度か食べた豆腐は、冷奴に限らずいつもおいしかった記憶が残っている。水が上等だから豆腐もおいしいわけである。掲句は第一句集『七十句』に継ぐ遺句集『八十八句』(2013)に収められている。長谷川櫂の選句により、104句が収められた非売品。才一の俳号が「玩亭」だったところから、墓碑銘も「玩亭墓」。他に「ばさばさと股間につかふ扇かな」の句がある。(八木忠栄)
冷奴】 ひややっこ
◇「冷豆腐」 ◇「水豆腐」 ◇「奴豆腐」
豆腐を四角く小口に切り、冷水や氷で冷し、生醤油におろし生姜・紫蘇などの薬味を添えて食べる。やっこの起源は、江戸時代の中元(奴)の四角い紋の連想からだというが、定かではない。冬の「湯豆腐」と並んで豆腐の代表的な食べ方である。
例句 作者
山中や朝しらたまの冷豆腐 上田五千石
冷奴隣に灯先んじて 石田波郷
寝てしまふ子の頼りなし冷奴 長谷川かな女
もち古りし夫婦の箸や冷奴 久保田万太郎
忽ちに雑言飛ぶや冷奴 相馬遷子