メロンほど淡き翳もち夏の山羊 冬野 虹
山羊は数千年も前から中近東で飼育されていたらしい。痩せた土地でも育てられる頑強さに加え、肉や乳がおいしいことが家畜として長く飼われるようになった理由なのだろう。日本でも昭和30年代初期には60万頭もの山羊が飼育されていたそうだから、農村に山羊がいる風景は別段珍しくなかったかもしれない。けれども身近に山羊を知らないものにとって、この動物はちょっと不気味で不思議な存在だ。例えば山羊の瞳は縦ではなく細い三日月を横に寝かせたような形をしている。広く水平に見渡せるよう横一文字のかたちになっているそうだけど、あの目に映る風景はどんなだろう?円盤のように平べったく横に広がっているのだろうか。掲句ではその山羊の翳に焦点があてられている。つややかな若葉を透かした木漏れ日が、ちらちら地面に躍る夏の午後。新緑は真っ白な山羊の身体にも淡いメロン色の光を落としているのだろう。薄緑の光が差す状態を山羊そのものの翳と表現したことで、初夏の明るい空気の中にいる山羊をパステル画のように淡くきれいに描き出している。画家でもある作者にとっては絵画での表現と言葉での表現は別個のものだったろうが、色や形を捉える鋭敏な感性が俳句の表現にも生かされているように思う。『雪予報』(1988)所収。(三宅やよい)
【夏の山】 なつのやま
◇「夏山」 ◇「夏嶺」(なつね) ◇「青嶺」
「蒼翠滴るが如し」(臥遊録)と形容されるように、夏の山は緑に包まれ、多くの人々が登山を楽しむのが夏である。夏の山は爽快である一方、天候などにより実に様々な態を示す。「青嶺」も夏山を表し、近年よく句に読まれる言葉である。
例句 作者
夏山や又大川にめぐりあふ飯田蛇笏
青嶺照る重たき椅子に身を沈め 沢木欣一
夏山の重なりうつる月夜かな 長谷川かな女
夏山に遇ひし乙女ら楽器負ふ 西田浩洋
借景の夏山となりおほせたる 行方克己
青嶺立つ茶房に双眼鏡置かれ 中田尚子
夏山や通ひなれたる若狭人 蕪村
大岩のどこより降つて夏の山 石田勝彦