亡きものはなし冬の星鎖をなせど 飯田龍太
鎖は「さ」と読ませる。若き日の龍太の悲愴感あふれる一句。「亡きもの」とは、戦争や病気で逝った三人の兄たちのことであろうが、その他の死者を追慕していると考えてもよい。天上に凍りついている星たちには、いつまでも連鎖があるけれど、人間世界にはそのような形での鎖はないと言うのである。「あってほしい」と願っても、しょせんそんな願いは無駄なことなのだ。と、作者はいわば激しく諦観している。よくわかる。ただ一方で、この句は二十代の作品だけに、いささか理に落ち過ぎているとも思う。大きく張った悲愴の心はわかるが、それだけ力み返っているところが、私などにはひっかかる。どこかで、俳句的自慢の鼻がぴくりと動いている。意地悪な読み方かもしれないが、感じてしまうものは仕方がない。厳密に技法的に考えていくと、かなり粗雑な構成の句ということにもなる。そして、表現者にとって哀しいのは、若き日のこうした粗雑な己のスタイルからは、おそらく生涯抜け出られないだろうということだ。このことは、私の詩作者としての限界認識と重なっている。俳壇で言われるほどに、私は龍太を名人だとは思わない。名人でないところにこそ、逆にこの人のよさがあると思っているし、作者自身も己の才質はもとより熟知しているはずだ。『百戸の谿』(1954)所収。(清水哲男)
【冬の星】 ふゆのほし
◇「寒星」 ◇「凍星」(いてぼし) ◇「荒星」(あらぼし) ◇「寒昴」(かんすばる) ◇「冬北斗」 ◇「寒北斗」(かんほくと) ◇「オリオン」 ◇「天狼」(てんろう) ◇「星冴ゆる」 ◇「枯木星」
凍てついた夜空の星々は冴えて、鋭く輝く。満天に広がる様々な星座が鮮やかに覇を競い合う様は壮観である。冬ならではの眺めとして是非詠みたいものだ。「寒昴」:寒の頃の夕方、南天中央に高く見える牡牛座の中のプレヤデス星団の和名が昴。「オリオン」と共に冬を代表する星の一つ。しいて「寒」を冠することで、張りつめた気息を付加する。希望や前向きの意志を託した作句例が目立つ。「天狼」は大犬座シリウスの中国名。
例句 作者
天狼や青春に悔なかれども 渕上千津
霜除や月を率てゆくオリオン座 渡辺水巴
ひと言がこころの火種寒昴 市村敏江
枯木星またゝきいでし又ひとつ 水原秋櫻子
寒北斗闇より海の始まれり 藤田弥生
寒星のまなこつむれば増ゆるなり 河西みつる
寒昴鉛書きの妹の遺書 角川春樹
荒星の吹きちぎらるることはなし 宇咲冬男
少年のやうな凍星身籠りたし 郡山やゑ子
耳遠き妻へ声張り寒昴 林 翔