竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

綿虫やそこは屍の出でゆく門 石田波郷

2018-11-12 | 波郷鑑賞


綿虫やそこは屍の出でゆく門 石田波郷

句集『惜命』所収。
結核手術のために長期入院していた折の作品。
季語は「綿虫」で初冬。
「そこは」が作者と死との微妙な距離感を表現している。
「私もその門をくぐることになるのかもしれない」と言っているようでもあり、「しかし私は生者として正門から出てゆく」と自分に言い聞かせているようでもある。
この二つの間を揺れている感じだ。
その曖昧な心の揺れを、綿なのか虫なのか曖昧な「綿虫」が象徴している。


【綿虫】 わたむし
◇「雪蛍」 ◇「雪婆」(ゆきばんば) ◇「大綿雪虫」

晩秋から初冬の、風のない穏やかな日和のとき、白い綿毛に包まれた微小な虫がふわふわと宙を漂う。これを俗称「綿虫」という。雪国ではこれを、雪の季節の前触れとして「雪虫」と呼ぶ。その他にも、大綿(東京)、白子屋お駒はん(京都)、しろばんば(伊豆)などの呼称もあり、長閑でメルヘンを感じさせる。しかし、アブラムシ類のワタムシの飛翔は、産卵のために有翅・有性の雌が新たな寄生樹種へと移住するときの光景だという。

例句   作者

晩年に似て綿虫の漂へる 福田蓼汀
嘘を言ふショール臙脂に雪ぼたる 飯田龍太
大綿やしづかにをはる今日の天 加藤楸邨
大綿虫をあげおだやかに暮色あり  口青邨
吐息みな綿虫となる日暮どき 山﨑冨美子
雪蛍泉の楽はをはりなし 堀口星眠
魂の重さ夕日に雪蛍 徳田千鶴子
大綿小綿孫太郎虫の里に飛ぶ 大野林火
綿虫の掌を逃れたる昏さかな 早川翠楓


綿虫に云えない本音ことづける たけし
綿虫を知らぬゾンビの増えてをり たけし
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手花火を命継ぐ如燃やすなり 波郷

2017-08-04 | 波郷鑑賞
手花火を命継ぐ如燃やすなり




流伴鑑賞
当時は不治とされた肺結核を病んでいた波郷

この手花火の句はあまりにも正直すぎていて切ない
鑑賞するに説明は不要だ
「命を継ぐ」
その後のはかなく消えるきまり

波郷の夏の句を選んでみた

くらがりの合歓を知りゐる端居かな

ほととぎすすでに遺児めく二人子よ

七夕竹借命の文字隠れなし

六月の女すわれる荒筵

冷奴隣に灯先んじて

坂の上たそがれ長き五月憂し

女来と帯纒き出づる百日紅

弥撒の庭蚯蚓が砂にまみれ這ふ

悉く遠し一油蟬鳴きやめば

手花火を命継ぐ如燃やすなり

 
 
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春遅し泉の末の倒れ木も

2017-03-25 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(16)

春遅し泉の末の倒れ木も




雪嶺に覗く苗代かぐろしや

春の飛雪鉄路が踊り集まりゆく

わが肺も三色菫の鉢も寧し

風搏つや辛夷もろとも雑木山

馬車馬を春の驟雨が荘厳す

春逝くと冷き厚き苜蓿

はこべらや春二重なす妻の顎

蒲公英や懶惰の朝の裾さむし

鳰見つつ肩ぬくもりぬ彼岸過



10句の中で表題句を採った
泉の末の倒木
この表現に波郷ならではの心象を感じてならない
遅い春ではない 
永遠に春はこの倒木に巡り来ないのだとの思い


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肋切りし日ははや遠し蝌蚪見れば  波郷

2017-03-22 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(15)

肋切りし日ははや遠し蝌蚪見れば






麺麭屑を蝌蚪にやる他の生もなし

あかあかと雛栄ゆれども咳地獄

春嵐鉄路に墓を吹き寄せぬ

春嵐鳴りとよもすも病家族

一樹無き小学校に吾子入れぬ

捨菜の花墓群見ゆるばかりなり

松の蕊赤きとき又菌を出す

墓への道春の荷馬車に後れつつ

子の髪の春の捲毛や墓地の中


10句の中で表題句を採った
表題句の凄さに驚嘆する
ここまで自分を詠み切る精神の強さはどこに残っているのだろう
心は決して折れていない 病んでもいない

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天地に妻が薪割る春の暮

2017-03-20 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(14)


天地に妻が薪割る春の暮




死なざりしかば相逢ふも実朝忌

春昼の墓こゑもなし手鏡に


胸の上に雁ゆきし空残りけり

苜蓿の焼跡蔽ふことをせず

春夕べ襖に手かけ母来給ふ

蝶燕母も来給ふ死に得んや

蠶豆の花の吹降り母来て居り

月食の春夜を母も寝並べり

きらきらと八十八夜の雨墓に


10句の中で表題句を採った
今回の掲句はなんとも哀しいものばかり
採った句にすくわれた
私も療養の体験があるが
隣の寝台が空いた時の心の悲惨さは残酷だったのを忘れられない

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降る雪や傘にあまりて供華の枝  波郷

2017-03-15 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(13)

降る雪や傘にあまりて供華の枝





榛の青楊に幾日後れけむ

寝返りをうたんとするや春の雁

春立つや白衣の袖に小買物

消えがての雪や月夜を重ねけり

立春の米こぼれをり葛西橋

早春や道の左右に潮満ちて

風塵に羽搏ち連れたり春の雁

三月の産屋障子を継貼りす

春の夜の子を踏むまじく疲れけり


10句の中で表題句を採った
春の雪のやさしい静けさ
そして傘からはみ出しているいる大ぶりの花枝
療養中の波郷には
こんな心象風景も読んでいる
この供花の届け先は読者に委ねている

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最上川嶺もろともに霞みけり  波郷

2017-03-13 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(12)

最上川嶺もろともに霞みけり





遠足や出羽の童に出羽の山

山下りてもんぺ鮮し春祭

栃の芽や古雪を抽き捧げらる

縁談を措き来し旅の春惜しむ

こけし買ふ数の恋しき四月尽

手に足に蟻や国原霞みけり

国原や雪解の山のなだれあひ

花冷の簷を雲ゆく別れかな

花冷の顔ばかりなり雲の中


10句の中で表題句を採った
最上川といえば芭蕉の
「五月雨を 集めて速し 最上川」が浮かぶ
おそらく波郷もこの句を念頭に芭蕉に挑んだのではないだろうか

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散るさくら空には夜の雲愁ふ  波状

2017-03-12 | 波郷鑑賞

石田波郷の春の句10句を鑑賞(11)

散るさくら空には夜の雲愁ふ




嗽霞を見つつ冷たかりき

春暁のまだ人ごゑをきかずゐる

自動車の深夜疾走し散るさくら


花の下双猫夜の翳におぼれ

春日染まり自動車あふれゆき昏れぬ

花の路地老婆唄うたひ暁けはじむ

新聞をいらち断れば散るさくら

朝飯をわづかに食へり散るさくら

花の路地をとびだせり童女を見送れり

10句の中で表題句を採った
夜の雲愁ふ が難解だ
散るさくらを雲が愁うという「だけではあるまい
波郷自身の療養の日常をも愁うのでは浅い

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梅の香や吸う前に息は深く吐け

2017-03-10 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(10)


梅の香や吸う前に息は深く吐け





春の雪点滴注射ゆるやかに

アネモネのむらさき面会謝絶中

立春より仰臥ひたぶるにつづけける

生き得たりいくたびも降る春の雪

箸通ふ春の人参仰臥食

白粥のこの頃うまし梅の花

草餅や石田氏水分摂取量

病む手もて腕撫でをり遊蝶花

芽苞散る白粥まじるものもなし



10句の中で表題句を採った
ほとんどが療養生活の句の「なかで
掲句は療養者でなくも実感できるものだ
しかしながらやはり結核療養中の波郷にとっての
梅香は格別の味わいだったのだと分かってくる

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春曙林来る灯のひとつ見ゆ  波郷

2017-03-08 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(9)

春曙林来る灯のひとつ見ゆ





立春の巨き鴉に驚きぬ

雪降るか立春の暁昏うして

はるかなる地上を駈けぬ猫の恋

夜は熱の無ければ起きて雛あられ

木移りをしきりに鳩や西行忌

鳩尾長総出の日なり彼岸前

師を仰ぎ春の彼岸の入盈ちぬ

師のかげに夫人は菫そと賜ふ

老師来ませしよりの日数よ菫籠



10句の中で表題句を採った
林の中の灯は最愛の奥様のことだろう
療養中の波郷にとって
奥様は全てなのだと知らされる
病を除けば波郷は幸せな男だったと思えてくる

読者のみなさんは何の句を選句しますか
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釣堀に水輪あふれぬ花の雨 波郷

2017-03-07 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(8)

釣堀に水輪あふれぬ花の雨






澎湃と富士の前山芽ぶくなり

水底にある水草や西行忌

ひとつ咲く酒中花はわが恋椿

病経てやや気弱にて椿市

臀並べたる女流らよ金鳳華

枝重りして咲ける椿や実朝忌

田螺和彼我死にゆきし者ばかり

彼岸の日朴の幹にも傷多し

三鬼忌の雹の水輪の大粒に


10句の中で表題句を採った
療養中の苦悩の句の多い中で
この句にはほっとさせられる
波郷自身も
この時はいっとき病を忘れていた
花の雨がなんとも良い

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芝焼く火ひろがりて妻隔てけり 波郷

2017-03-06 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(7)

芝焼く火ひろがりて妻隔てけり




墓の間に彼岸の猫のやつれけり

春もはや乙女らを焼く艇庫の日

行春や吾がくれなゐの結核菌

葛飾に歳時記を閉づ野火煙

紙漉の額のしろさよ梅日和

祝婚やミモザのもとに咳こぼし

とまり木に隠れごころや西行忌

春立つて十日の酒をこぼし合ふ

壁の絵の濤みどりなり春嵐


10句の中で表題句を採った
最愛の妻との距離を不安に思う
波郷の療養の心細い心境が分かりすぎるほどに分かります

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ゆるぎなく妻は肥りぬ桃の下  波郷

2017-03-02 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(6)

ゆるぎなく妻は肥りぬ桃の下





焼工場日矢群がりて萌ゆるらし

草木瓜や故郷のごとき療養所

貨車長し春の三日月光り出す

草餅を子と食ひ弱くなりしかな

ゆるぎなく妻は肥りぬ桃の下

妻のみが働く如し薔薇芽立つ

春驟雨木馬小暗く廻り出す

山越の鴉こゑなし花辛夷

おほらかに山臥す紫雲英田の牛も

朝鳥や菫繞らす切株に



10句の中で表題句を採った
妻への感謝と少しの羨望、そして愛情
たくさんの波郷の感情が溢れています
ゆるぎなく に万感があります

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つばくらめ父を忘れて吾子伸びよ 波郷

2017-03-01 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(5)


つばくらめ父を忘れて吾子伸びよ




早春や胸高に出づ予後の月

梅も一枝死者の仰臥の正しさよ

三月風胸の火吹かれ打臥すも

遠き木の元に猫居り春雷す

花しどみ五十の草田男若々し

緋桃菜の花遺残空洞胸に抱く

春日残照病室同じ色に灯す

病室に巣箱作れど燕来ず

創痛や春の山鳩応へつつ


10句の中で表題句を採った
病む父情の無念さに胸をつかれました
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手鏡や二月は墓の粧ひ初む

2017-02-28 | 波郷鑑賞
石田波郷の春の句10句を鑑賞(4)


手鏡や二月は墓の粧ひ初む




豆腐得て田楽となすにためらふな

田楽に舌焼く宵のシュトラウス

擁くや夜蛙の咽喉うちひびき

茗荷竹百姓の目のいつまでも

早春やラヂオドラマに友のこゑ

夜半の雛肋剖きても吾死なじ

地蟲出づひそみつ焦土起き伏しぬ

三月風焼跡の馬の臀を搏つ

燕待つ病室人を通さずて


10句の中で表題句を採った
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