綿虫やそこは屍の出でゆく門 石田波郷
句集『惜命』所収。
結核手術のために長期入院していた折の作品。
季語は「綿虫」で初冬。
「そこは」が作者と死との微妙な距離感を表現している。
「私もその門をくぐることになるのかもしれない」と言っているようでもあり、「しかし私は生者として正門から出てゆく」と自分に言い聞かせているようでもある。
この二つの間を揺れている感じだ。
その曖昧な心の揺れを、綿なのか虫なのか曖昧な「綿虫」が象徴している。
【綿虫】 わたむし
◇「雪蛍」 ◇「雪婆」(ゆきばんば) ◇「大綿雪虫」
晩秋から初冬の、風のない穏やかな日和のとき、白い綿毛に包まれた微小な虫がふわふわと宙を漂う。これを俗称「綿虫」という。雪国ではこれを、雪の季節の前触れとして「雪虫」と呼ぶ。その他にも、大綿(東京)、白子屋お駒はん(京都)、しろばんば(伊豆)などの呼称もあり、長閑でメルヘンを感じさせる。しかし、アブラムシ類のワタムシの飛翔は、産卵のために有翅・有性の雌が新たな寄生樹種へと移住するときの光景だという。
例句 作者
晩年に似て綿虫の漂へる 福田蓼汀
嘘を言ふショール臙脂に雪ぼたる 飯田龍太
大綿やしづかにをはる今日の天 加藤楸邨
大綿虫をあげおだやかに暮色あり 口青邨
吐息みな綿虫となる日暮どき 山﨑冨美子
雪蛍泉の楽はをはりなし 堀口星眠
魂の重さ夕日に雪蛍 徳田千鶴子
大綿小綿孫太郎虫の里に飛ぶ 大野林火
綿虫の掌を逃れたる昏さかな 早川翠楓
綿虫に云えない本音ことづける たけし
綿虫を知らぬゾンビの増えてをり たけし