竹とんぼ

先達の秀句を味わいながら
自得の一句を求めて多作多捨です
古希すぎの晩学で楽しみながらの遅々緩歩です

夕狩の野の水たまりこそ黒瞳 金子兜太

2018-11-02 | 金子兜太鑑賞


夕狩の野の水たまりこそ黒瞳 金子兜太


兜太さんらしい野趣にあふれた一句だ。
彼の生き様は狩人のように思える。
妥協をよしとせず、生涯挑戦の連続だった。
夕狩に遭遇した水たまりを黒い瞳と形容する、
この比喩こそ兜太さんの世界だ。
初学の私には句意の全容は解明し難いが、
この黒い瞳こそが真実を、正義を映すのだと語る
兜太さんを感じる。
夕暮れの冬野に孤高の狩人、兜太さんの姿が見えてくる。

余談になるが受ける情報の八割は目からのものだと言われる、
私は視力が極端に劣るので記憶を呼びさましたような句が多い、
これもそんな一句だ。

祖父の目の尖った記憶鶏合たけし

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抱けば熟れいて夭夭(ようよう)の桃肩に昴   金子兜太

2018-07-22 | 金子兜太鑑賞
抱けば熟れいて夭夭(ようよう)の桃肩に昴   兜太





昭和60年、詩經國風より

この句集のあとがきに述べているのだが、
一茶を研究するうちに一茶が一年がかりで
中国の最古の詩集「詩經國風」を勉強しているのに注目し、
自分も一茶を理解する為にこれを読み始めたのだが、
ミイラ取りがミイラになり自分も
これを俳句にしてみようと思った、と書かれています。
狙いは言葉にある、句作りを通してことばをしゃぶってみたかった、
それにしても、表意文字はしゃぶりでがある、
漢字と言うやつはじつに楽しい。とも書かれています。

掲句は「桃夭」結婚を祝う詩から想を取って作られています。
「夭夭」は広辞苑に
  よう‐よう【夭夭】エウエウ
  □[詩経周南、桃夭]若々しくうつくしいさま。
太平記37「―たる桃花の、暁の露を含んで」
  □[論語述而]顔色が和らいださま。表情のにこやかなさま。と出ています。

桃と言えば女性の尻を想い描く人も多いようだが、
まことに古今通して、若くうつくしい女性を形容しているのでしょう。
「抱けば熟れいて」、前回の「尻叩け」もそうでしたが、大らかですね。
そして、どきっとするほどに、エロスを感じます。
勿論、熟れるは桃に掛かるのでしょうが、
この表記にはエロスがあって良いなって思います。
「肩に昴」が現代風なのではないかなあ。
作者は、結婚していくうつくしい女性の未来へ、
希望を、幸多かれと願わずにはいられないのであろう。
正に、結婚を祝う句ですね。


私は、今まで、ここに鑑賞はじめてから、
兜太さんの句で一番好きな句は
   麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人
なのですが、この句も「詩經國風」の中の句ですね。
兜太さんは詩經を読まれて、ことばを開拓していかれたのですが
ほんとうにことばを開拓していくって大変なことですね。

参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm


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夏は白花抱き合うときは尻叩け 兜太

2018-07-21 | 金子兜太鑑賞
 
夏は白花(しろはな)抱き合うときは尻叩け 兜太




昭和57年、猪羊集より。

作者は「白花」をわざわざ(しろはな)と振り仮名を付けている。
なぜ言葉の響きに拘ったのだろうか?
(ばな)では初夏の感じが損なわれるからだろうか?
「夏は」と表しているけれど、
初夏なのだろうと思う。
「抱き合うときは尻叩け」とはなんと大らかな朗らかさであろうか。
この抱き合うは男女間だけではないのであろう。
よく野球の試合を見ていると、よ
く尻を叩き合っているのを見かける。
尻って叩かれて一番痛くないところ、
スキンシップには尻を叩くのが一番良いのだろうと思う。
男女間で尻といえば、
つねるだろうけれど、叩くという方が明るいし、
心身ともに健康的な感じがする。
何にしても、瑞々しい初夏のエネルギーに溢れている。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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梅咲いて庭中に青鮫が来ている  兜太

2018-07-20 | 金子兜太鑑賞
梅咲いて庭中に青鮫が来ている  兜太




昭和56年、「遊牧集」
より。
空がやっと白んできた頃に見た幻想であろう。
先日、長谷川櫂が「現代俳句の鑑賞101」に
「これは幻。
梅には鶯、魚であればせいぜい池の鯉と
決まっている日本の詩歌の常識に
飽き足らぬ人の見た凶暴な幻である。」
とあるのを読んで、
凶暴な幻というのに戸惑いがあった。
ところで、早春の青鮫の幻想は、
作者の心理的のどんなところから来ているのだろうか。
白白とした静謐ななかに潜む、
春の蠢き、怖さかもしれない。
作者はそんな予知的な感受のデリカシーが強い人なのであろう。
韻が5,5,9である。句の作りから見ると、
梅と青鮫だけでは、
読者のなかに感応の不協和音が立つ。
「庭中に」という措辞が緩衝材の役割を果たしている。
庭という限られた具体的な空間が散漫にならず、
この奇異な青鮫が、

読む側に、多少奇異ではあるが、入りこめるのだと思う。

参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm

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緑鋭の虚無老い声の疳高に  兜太

2018-07-19 | 金子兜太鑑賞
緑鋭の虚無老い声の疳高に  兜太

    突出の鬼色曼珠沙華朽ちて  兜太





昭和52年、「旅次抄録」より。

前書きに、金子光晴死去2句、とある。
詩人金子光晴の亡くなったのは昭和50年6月30日、
79才、気管支喘息のため急死とある。
この詩人光晴さんを、兜太さんは深く敬愛している。
昭和40年には短歌結社「心の花」に
「光晴覚え」という一文を書いている。
この海程40周年で兜太さんの4巻にわたる俳句だけでなく
著作物のほとんどを網羅した全集が出版され
私も購入したので
その「光晴覚え」を今読んで、この句を揚げてみた。
多分、兜太さんが、詩人の死に俳句を寄せられたのは
光晴さんだけではないだろうか。
私も、以前にここでも話題になったので「
金子光晴詩集」白鳳社を買って読んでいた
それを今読み直している。
兜太さんが、
光晴の詩が好きだと言われるすべてが納得できます。
光晴さんの詩は、兜太さんの俳句にもっている体質に
通うものがとても多いと思います。
ところで、掲句だが、

一句目は死因となった気管支ぜん息の
声を詠んでいるのではないだろうか。
「緑鋭の虚無」とは心から敬愛する人
を失った虚しさがぎゅっと詰った表現だと思う。
「緑鋭」というのは造語だろうか。
光晴さんの苦しい声が作者の体を貫いたのであろう。

2句目は「突出の鬼色曼珠沙華」というところに光晴さんの詩、
作者の抱くイメージをここに入れているように思う。
「鬼の児の唄」が好きだ、
その鬼は光晴自身であろうと「光晴覚え」にも書かれている。
きょうは兜太さんと詩人光晴さんのことを
この鑑賞を通して知ることが出来ました。
調べながらの鑑賞なので、
足りないところがあるだろうと思います。

参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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海くる祖の風砂山を生み金雀枝を打つぞ  兜太

2018-07-18 | 金子兜太鑑賞
 
海くる祖の風砂山を生み金雀枝を打つぞ  兜太




昭和52年、旅次抄録より。

因幡、先日の「尿ほどの雨」の句の後にある句である。
「海くる祖の風」というのが窮屈な感じがするけれど、
意味は海を渡ってくる中国大陸からの風ということであろう。
われわれ日本人は中国大陸から渡ってきた
帰化人であるというのが一般的なのではないだろうか。
兜太さんはたしか戦時中、
軍医であった父に付いて
中国に暮らしていた時期があったと思う。
戦後、幾回か中国へ旅行され、
昭和60年には「詩経国風」という句集も出しておられる。
中国はわが心の祖という思いが強いのだとおもう。
日本海の海の向うは中国だなあと思うと、
その海を渡ってくる風は「祖の風」と思えるのであろう。
季語は「金雀枝」、4,5月の花である。
いま、金雀枝を打つ風は、
その少し前の3,4月には黄砂となって渡ってきて、
砂山を作ったのであろうと、
作者は、海からの、祖の風に吹かれながら思っているのである。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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夏落葉有髪も禿頭もゆくよ  兜太

2018-07-17 | 金子兜太鑑賞
 
夏落葉有髪も禿頭もゆくよ  兜太




「有髪」を広辞苑で引いてみると、
  う‐はつ【有髪】
  □僧形そうぎように対して、剃髪しないでいること。
  □有髪僧の略。

僧の髪がふさふさしているということ。
僧が頭を剃らないでふさふさしていて、
自分は僧ではないので当然剃らないが、禿頭である。
その可笑しさ。まったく可笑しい。
「ゆくよ」が生命感に溢れていていいですね。
夏落葉の季語が上手く生かされて、味わいのある句だと思います。

参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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幼な子の尿(しと)ほどの雨鳥取泊まり  兜

2018-07-16 | 金子兜太鑑賞
 
幼な子の尿(しと)ほどの雨鳥取泊まり  兜太





昭和52年、「旅次抄録」より

因幡と前書きがある。
昭和50年ごろ、この当時は、作者は盛んに地方へ出かけ句会をされたようだ。
鳥取へも出かけられたのであろう。
鳥取といえば砂丘である、
日中、砂丘を見てきたのではないだろうか。
夜になって、ぱらぱら雨が一降りしたのであろう。
「幼な子の尿(しと)ほどの雨」が誠にいいなあ。
地方の素朴さがよく「幼な子の」から伺い知ることができる。
「尿ほどの雨」から鳥取での温かな人為を感じているのだと思える。
雨降って地固まるとよく言うけれど、
旅先で、夜になって降る雨は旅情のなかに、落ち着くものである。
日中みた砂丘に雨が吸い込まれていくのを感じているのかもしれない。
しかし、「幼な子の尿(しと)ほどの雨」はすごく
いい抒情だなあ。
自宅でもし一雨あってもこういう感覚にはなれないような気がする。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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北風をゆけばなけなしの髪ぼうぼうす 兜太

2018-07-15 | 金子兜太鑑賞
北風(きた)をゆけばなけなしの髪ぼうぼうす 兜太





昭和61年、「皆野」より。

北風といえば冬、寒風である。句の情景は容易に描ける。
わたしはこの句に韻律の愉しさを思う。
「きたをゆけば」、北風に身をぐいぐいと踏み出すような感じ。
「かみぼうぼうす」、
寒風に負けていない、気持ちの明るさを感じる。
「なけなしの髪ぼうぼうす」と自分の禿頭を滑稽にいえるほど、
いま、作者はエネルギーに溢れているのであろう。
読んでいるこちらも
元気に、明るく、なれそうな感じがする。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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手術後の医師白鳥となる夜の丘  兜太

2018-07-14 | 金子兜太鑑賞
手術後の医師白鳥となる夜の丘  兜太




昭和36年、金子兜太句集より。

白鳥は最後に一声だけ鳴いて死ぬと言う。
「白鳥の歌」が思い出されます。
私は医者ではないので手術のあとがどういう状態なのか
実際には分らない。
しかし、人体にメスを入れて悪い所を取り出すのである。
沢山の血が流れるだろうし、失敗は許されないだろう。
大変な緊張感と興奮状態なのではないか。
重責から解かれた医師が
「白鳥」というのも分るような気がする。
神経を使い果たしているのにみょうに浮き立ち、
体が温い感じ、・・・白鳥だろうなと思う。
手術の結果がよくなかったのではなかろうか?
医師が暗く、自分が死んでいけばよかったと白鳥になったような、
苦悶に満ちて夜の丘を帰っている景が浮かんでくる。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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死火山屋島菜の花どきはかもめかもめ   兜太

2018-07-13 | 金子兜太鑑賞
死火山屋島菜の花どきはかもめかもめ   兜太




昭和57年、猪羊集より。

屋島といえば、源平の合戦のあった壇ノ浦を
眼前に見えるという観光地のはずである。
私も小さい頃行ったことがあるが、
小高い丘のような山で、
死火山なんていう山ではない。
「菜の花どき」というのだから、
春、霞がかかっているのだろうか?
死火山と言えば以前に鑑賞した
  死火山に煙なく不思議なき入浴
が思い出される。
この句は、作者が戦地を思い出して入浴をしている。
この句と同じ戦争を下に引いているのではないだろうか。
瀬戸内海を一望でき、
壇ノ浦の歴史を刻む景勝地、
屋島に来て作者は海を見ると、
やはり、トラック島を思い出してしまうのであろう。
その心象を造型してく眩しく菜の花の咲いている屋島でも、「かもめかもめ」
とやはり、兜太さん自身、冬の海に漂うかもめなのであろう
かもめかもめと重ねることによって、菜の花とも重なり、
うららかな春の駘蕩感の中に、
また戦争の体験が蘇ってくるのである
そこに一層、深層の闇があるように思います。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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紫雲英田に侠客ひとり裏返し   兜太

2018-07-12 | 金子兜太鑑賞
紫雲英田に侠客ひとり裏返し   兜太



昭和47年、「暗緑地誌」より。

紫雲英は蓮華の漢名。
最近では、休耕田に植えられていたりもするが、
蓮華田はすっかり見かけなくなった。
昭和47年辺りだと、
あちこちで蓮華田が広がっていたことと思う。
侠客と言えばすぐに「清水次郎長一家」を連想してしまう。
侠客とは、強きをくじき弱きを助ける人のことである。
「裏返し」とは何であろう?
からだの向きを変えたということではないだろうか。
「裏返る」という自動詞ではない、
「裏返し」なのであり、
「返る」に比べて軽く遠くへ離したような明るい印象を受ける。
「侠客」との配合で「紫雲英田」なのであろう。
この句の侠客は誰であろうか?私は、作者自身だと思う。
紫ピンクの蓮華田にひとりうつ伏せになった、
甘すっぱい青い香が鼻を突いた、
それを劇画めいて、「侠客裏返り」
ちょっと他人事のように、
粋がって侠客と詠んだものではないか。なにやら面白い。
蓮華の濃いピンクの色彩が、
くっきりと、侠客という言葉で浮かび上がってくるような句ある。

私も、小さい頃よく蓮華田に出かけた。
蓮華田に寝転べばきっとすごく気持ちいいだろうと思ったものだが、
道から見ると分厚い絨緞のように見える蓮華田も、
近くに寄ってみると意外と穴がぽこぽこ空いていたりする。
あっちの田んぼの方がもっと蓮華田がきれいかも知れない
と移ってみてもいつも同じことだったような記憶がある。
わたしには、蓮華田は、
なにかいつもちょっと裏切られたような印象が強い。



参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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土手に横一線の径ことばの野   兜太

2018-07-11 | 金子兜太鑑賞
土手に横一線の径ことばの野   兜太



昭和47年、「暗緑地誌」より

「土手に横一線の径」が「ことばの野」だ、
という作りになっているのではないか。
寅さんの映画にもよく荒川の土手が出てくる。
川は平坦で、土手は堤防になっているから少し小高い、
駆け上がると、一本の径が遠くまで見渡せる。
その見渡せる一本の径が「ことばの野」だという
以前は私も夫と、
時折多摩川の土手をジョッキングしたが、
川風がとても気持ちが良い。
兜太さんは、俳句に、俳句専念して人生を掛けている作者が、
俳句のもつ魔力というか、
17文字で表現できる世界の広さを思うとき、
「土手に横一線の径」だというのは、
誇示のない率直な感慨ではないだろうか。
そして、その土手に上がった時の爽やかさ
川風の清々しさ、川面のきらめき、
その中にある一本の径の、
ことばの野を耕していきたいという
その清々しさがよく伝わってくるように思います。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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激論をつくし街ゆきオートバイと化す   兜太

2018-07-09 | 金子兜太鑑賞
激論をつくし街ゆきオートバイと化す   兜太




昭和36年、「金子兜太句集」より。

この昭和30年代は俳句論の盛んな頃であった。
「造型俳句論」を著し、
この年には現代俳句協会が分裂し、俳人協会が発足している。
連日連夜、論が交わされていたことであろう。
目覚めて、街を歩く時、
オートバイと化していると詠まれている。
激論を尽くした爽快感を風の抵抗感を楽しむ、
オートバイと化すとは、とても面白い。
風を切ってオートバイに乗っているようであり、
そして、爆音を立ててオートバイ自身にもなった感じでしょう。
激論を飛ばしたあと、意気盛んに、
肩を揺すって歩く氏の姿が髣髴します。

参照 
http://www.shuu.org/newpage24.htm
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馬といて炭馬のこと語るもよし   兜太

2018-07-08 | 金子兜太鑑賞
馬といて炭馬のこと語るもよし   兜太




平成13年、「東国抄」より。

蛇笏賞の「東国抄」より。
あとがきに、じぶんのいのちの原点である秩父の山河、
その産土の時空を、
心身込めて受け止めようと努めるようになった・・・とある。
みやびより大地にどっしり根ざしたものをと言うのが
兜太さんの作句姿勢なのである。
季語は「炭馬」の炭から、冬であろう。
それにしても、「馬といて炭馬のこと語るもよし」とは、
読んで、なんと力みのない、
大かさであろうか。味わい深い。
「馬といて」の馬とは、今日では競走馬とか、観光馬なのかもしれない。
馬の傍で、昔の炭馬の話をしようというもの。
炭馬とは炭を運ぶ馬のこと、
人がその馬の手綱を引き、馬と共に歩くのである。
人間と馬の、素朴な心通わせる関係があり、
それを思い出して「語るもよし」という、
そこには穏やかな産土の時空がある。しみじみとする句である。
「炭馬」という澄んだ響きも良いなあって思う。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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