蛇の髯の實の瑠璃なるへ旅の尿 中村草田男
前書に「京都に於ける文部省主催『芸術学会』に出席、旧友伊丹萬作の家に宿りたる頃」とある。昭和17年秋。伊丹は病臥していた。「蛇(じゃ)の髯(ひげ)」(実は「竜の玉」とも)庭の片隅や垣根などに植えられるので、立小便には格好の場所に生えている。したがってこの句のような運命に見舞われがちだ。しかし、作者は故意にねらったわけではないだろう。時すでに遅しだったのだ。恥もかきすてなら、旅でのちょっとした失策もかきすてか……と、濡れていく鮮やかな瑠璃色の球を見下ろしながらの苦笑の図。底冷えのする京都の冬も間近い。「尿」は「いばり」。『来し方行方』(1947)所収。(清水哲男)
【蛇】 へび
◇「くちなわ」 ◇「ながむし」 ◇「青大将」 ◇「縞蛇」 ◇「山楝蛇」(やまかがし)
アオダイショウ、マムシなど色々いるが、トカゲ目ヘビ亜目の爬虫類の総称。ヘビは冬眠するが、啓蟄のころ冬眠から覚め穴から出て夏場、辺りを徘徊し、蛙などの小動物や鳥の卵を食べる。水面を上手に走ることもできる。蝮やハブの類は有毒だが、その他は無害。
例句 作者
日輪や島の高みに蛇交む 山田真砂年
青大将よぎりて視覚狂ひだす 山本秋穂
青大将素手に掴みて偉くもなし 竹本素六
水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首 阿波野青畝
畦草に乗る蛇の重さかな 飯島春子
胴長きゆえに轢かれし蛇ありぬ 五十嵐研三
鳥羽殿へ昔急ぎし蛇の舌 星野昌彦
蛇の艶見てより堅き乳房をもつ 河野多希女
蛇交み赤松の空たはみけり 菅原鬨也
蛇持ちて不思議な自信生まれけり 山本和子