幼な顔残りて耳順更衣 本田豊子
耳順(じじゅん)は、六十歳の異称。「論語」による。四十歳の「不惑」はよく知られているが、どういうわけか「耳順」は人気がない。「人の話がちゃんとわかる」年令という意味だけれど、この受け身的な発想が好まれないのかもしれない。それはともかく、この句は巧みだ。人が、新しい気持ちで衣服を身につけたときの、一瞬の表情を見逃さずに作品化している。六十歳の初々しさをとらえて、見事な人間賛歌となった。実に鋭い。そして暖かい。(清水哲男)
【更衣】 ころもがえ(・・ガヘ)
◇「衣更う」(ころもかう)
季節の変化に対応して衣服を着替えること。平安時代の宮中から伝わる儀式。江戸時代では4月1日、10月1日をもって春夏の衣を変える日とした。現在では、学生の制服とサービス業関係の職場を中心に、6月1日と10月1日の衣更が残る。一方で和服には、今も歴然とした区別がある。爽やかな季節の推移を感じる風習の1つである。
例句 作者
身ひとつを大阪に置く更衣 長谷川 櫂
ちんどん屋通るが見えて更衣 藤田あけ烏
人にやゝおくれて衣更へにけり 高橋淡路女
丹沢の雲晴れてくる更衣 藤田弥生
更衣駅白波となりにけり 綾部仁喜
更衣ポケットにある皺のメモ 武藤あい子
更衣昨日と今日と違ふ風 桧林ひろ子
衣更へて鏡中ひとり遊びをり 佐山文子
神官の白から白へ衣更 板谷芳浄
過去遠くなるばかりなる更衣 岡安仁義