農家の方が植えたのでしょう。野良に咲く花縮砂或いは肉色縮砂を見るのが私は好きです。この花を見ると、遠い熱帯アジアの湿地を想わずにいられません。日本への渡来は江戸末期です。熱帯原産の、どちらかと言えば大味なこの常緑多年草はしかし、南安房の温暖な農村地帯では全く違和感がありません。南房総市丸本郷にて。
This is an old settlement with a long history of over 1000 years. Prussian blue colour pencil on my university's memo pad.
子供の頃よく遊んだお不動さん。不動坂の上り口から根岸台の急崖を直登する石段(男坂)はかなりの高度感があって、高所恐怖症の母はいつも女坂を使っていた。背後の樹林の中に、その名のとおり滝がある。水量こそ僅かだが落差はけっこうあり、樹林と相まった幽邃な趣はなかなかのものだったと記憶する。滝の落ち口に通ずる流れには至るところから湧き水が染み出し、沢蟹が潜んでいた。この白滝不動尊前の交差点に行きつけの床屋さん、産業道路(当時そう呼んでいた)を右に曲がると戸丸?商店という駄菓子屋さんがあり、メンコをよく買いに来た。後にスーパーカー消しゴムのガチャガチャとか、カード目当てのプロ野球スナックとか。。。懐かしい。
それはともかく、台上から白滝不動を通ってここまで降りてくると、遥々と別世界に来たという感じが子供ながらにしたものだった。それは、ここが学区外であるということ以外にも、街の雰囲気が台上とは全く異なるというのが大きかったように思う。かつてこの地先が海だったことは学校で習って知っていたが、そうした土地の履歴が街の相貌に影響を与えるなどということは、当時の私には知る由もなかった。。。
絵について一言。Googleマップ・ストリートビューを使って写生しました。青焼き(古い!)的な絵にしたかったので、あさぎ色の色画用紙(DAISOのパステル色画用紙)に2Bの鉛筆で下書き、プルシアンブルーの色鉛筆(三菱の2色鉛筆2667)、SAP GREEN 545の色鉛筆(三菱ユニ)、緑のダーマトグラフ(三菱)で描画、着彩してみました。ダーマトグラフは樹林の明暗を強調するために使用しています。
私が小学校低学年の頃,其処はまだ根岸の競馬場と呼ばれていた。横浜市営バスの「滝の上」バス停の前には高いフェンスが張られていて、そのフェンス越しに、競馬場なのにゴルフ場が広がっていた。うねる芝生のなかにバンカーなども見え隠れしていたような。。。フェンスはずいぶんとくたびれていて、芝生や砂が歩道まではみ出していた記憶がある。このバス停から、忘れもしない、103系統に乗って伊勢佐木町へ、21系統に乗って元町へよく出かけた。小学校の何年生の頃だったか、その競馬場とゴルフ場は根岸森林公園という名前の公園になった。この公園で、当時新発売されたゲイラカイトという、放っておいても勝手に上がる舶来の凧を上げ、公園の一番低いところにある池で生まれて初めて鯉を釣った。
恩師の田畑先生が今から半世紀近く前に提起した「保全の系」の概念。河川や用水、地形の大きな変曲点(崖線)などに沿って設定される仮想のLineで、自然環境の保全、自然的環境の整備、土地の再自然化などのPotentialが非常に高い地点の軌跡として理解される。保全の系の上や近くで行われる開発、土地利用においては、保全の系とどう向き合うかが常に問われるべきである。保全の系のPotentialを活かすかどうか、活かせるかどうかは開発の仕方、土地の利用の仕方しだいである。一方、保全の系に乗らない場所での開発や土地利用においては、それを通じて新たな保全の系を創り出すことが期待される。例えば、玉川上水とその分水網、その他の用水は人工物ではあるが、造成後の時間の経過や人々との関わりを通じて、そこに保全の系を設定できるような状態になっている。つまり、自然環境だけでなく人文環境に対しても保全の系は設定しうる。また保全の系は、暗渠(下水道)化された河川や用水、地形改変された崖線などに対しても設定されている。これは、今後の開発や土地利用を通じて、もしかしたら土地の再自然化を行えるかもしれない!というPotentialに期待しているからである。
Tojogaoka Hall in commemoration of the 100th anniversary (since 1909) of the Faculty of Horticulture, Chiba University. This small building, which was designed by Akira Kuryu who was former professor architect of Chiba University, is now being used as multipurpose hall and the TOJOKAI alumni association office.
4B pencil on DAISO's Drawing Book. My wife says that the contrast between light and dark is weak, so I added.
地理院タイル(標準地図)、国土基盤情報(数値標高モデル)、e-Statの統計データ(小地域)を用いてQGISで作図してみました。DEM5の変換(XMLからGeotiffへ)は、エコリス社さんの基盤地図情報標高DEMデータ変換ツールを使わせてもらいました。標高と陰影の両方を反映しています。段彩はQGIS標準装備のカラーランプ「colombia」を連続値で使用しました。地形表現に最適な、大変わかりやすいカラーパレットだと思います。
小地域とは国勢調査の最小単位ですが、概ね大字(おおあざ)に相当します。大字は明治の町村制施行前の旧村(藩政村)に由来する地域社会の単位で、おそらく江戸時代以前に遡る長い歴史を有するものと考えられます。国調は、こうした歴史的な地域社会のまとまりを単位として行われているのです。しかし松戸は土地区画整理事業や住居表示により、昔ながらの大字は分割されたり新しく字切りされるなどして、あまり原型を留めていないと考えられます。それでも市域縁辺部の大きな大字は旧村の範囲を少なからず継承していると思われます。大字はかつては自律性をもって連綿と再生産を続けてきましたが、都市化によりそうした持続可能性も弱まりつつあります。駅勢圏外に高齢化率の高い大字が広がっていますが、新京成沿線(常盤平など)はその限りではなく、駅前でも高齢化が進んでいます。しかし、この濃い赤色の地区にこそ、松戸の魅力がつまっていると思います。
近年、まちづくりや都市計画の世界では、小学校区という単位が注目されていますが、大字と小学校区の違いは、私の見立てでは、ラントシャフト(Landshcaft)とみなせるか否かです。つまり大字とは人々の生存を支える生産地(自然資源)に立脚した、資源管理(今風にいえばエリアマネジメント)の基礎単位ということができます。地域社会は、この資源管理の主体として生産地(環境)と分かち難く結びついている(いた)のです。大字とはまさに主体環境系であり、その意味でもラントシャフトということができます。また小学校区と人々との関わりは、お子さんのいる家庭やお子さんが学校に通っている間はそれなりにあるのですが、そうでなければあとは選挙の時ぐらいでしょうか。そこへきて小学校の統廃合が進んでいます。したがって地域社会のまとまりとしても、私は大字を再評価するべきであると思います。確かに都市部の大字では、資源管理はおろか地域社会のまとまりとしての性格も弱まっていますが、人口減少や立地適正化の動きの中で、潜在する自然資源の埃を払い、地域社会との新たな「生産的」関係を構築していくことができるのではないかと考えています。
Drawing by 2B pencil on water colour paper.
This rose arch is placed at the herb garden. The garden is usually managed by the citizens voluntary group, but recently they can not have maintained enough due to the COVID-19 pandemic. However I like this kind of wilderness.
Drawing by 6B pencil from the photograph taken at Kokubu valley in this May. As a result of widening the river width and re-wilding this section, it became possible for various wildlife to inhabit as the peak flow rate increased.
Child riding on father's shoulders. An Imaginary sketch done in my studio using DERMATOGRAPH and 2B pencil holder.
建築やランドスケープの透視図でよくみられる、綿菓子の如き樹冠の表現を嫌い、それでいていかに時間をかけず味のあるスケッチをするか。私なりに出した答えは、Norman Battershillさんを真似ることでした。 本邦だと、川合玉堂のスケッチが「ネ申」です。
An imaginary drawing by fibre tip pen and oil colour marker on general memo pad. Someone is trying to walk across the field on a midsummer day.