壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

涼し

2010年07月12日 21時23分47秒 | Weblog
        松風の落葉か水の音涼し     芭 蕉

 水の音の涼しさによって、松の落葉を感じているのである。
 「か」は疑うこころであるが、耳を傾けて、松落葉の音と聞きなされる水音の涼しさを、感じとっている趣である。「か」の「涼し」にひびいてゆくはたらきが大切である。ここをしっかり学びたい。

 「涼し」が夏季で、ごく素直に生かされている。「松落葉」も夏の季語であるが、「涼し」がはたらく。

    「松風にはらはらとこぼれる松落葉の音か――ふと、そう聞きまごうばかりに、
     水の音が涼しくひびいてくることだ」


 ――‘暑さ’の裏には‘涼しさ’がある。暑いものとあきらめている夏のひととき、思いがけなく、さあっと風が吹いて風鈴を鳴らしてゆく。
 風の音・水の色・雲の翳など、暑さを感じさせるものが、みな涼しさを寄せてくれる。暑さと涼しさは、光と影のような関係にあり、照りつける太陽の下から木蔭などに入ると、ほっとする涼しさを覚える。
 人は、暑さを忘れようと海や山へ出かけたり、あるいは、水を打つなど、さまざまな工夫を凝らす。その涼しさを求める行為が「涼み」であり「納涼」である。夏の暑さを忘れることを、古来、「夏のほか」「夏のよそ」などともいっている。
 さてこの夏は久しぶりに、とっておきの隠れ家、信州・茅野の「白寿庵」にお世話になるとしようか。そうして、名人Uさん作の御柱人形をじっくり拝見させていただこう。
 ちなみに、六年前にUさんから頂いた御柱人形は、我楽多を積んである部屋の一隅に、四六時中、楽しめるように飾ってある。直射日光を避けているので、今でも新品同様である。

      人形のこみあふ庵の涼しさよ     季 己