壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

野老掘

2010年02月08日 22時07分26秒 | Weblog
          菩提山
        此の山のかなしさ告げよ野老掘     芭 蕉

 菩提山の盛時をしのぶ気持を、衰退の「かなしさ」として把握し、これを野老掘(ところほり)に呼びかける形にした発想である。初案の上五は「山寺の」であったが、これよりは「此の山の」のほうが、句はぐっと生動してくる。「山寺の」は、傍観する姿であるが、「此の山の」になると、眼前の荒廃と滲透しあって、芭蕉がその境地の中に深く入り込んでいるからである。

 「菩提山」とは、伊勢の朝熊山(あさまやま)の近く、神宮寺のことをいう。西行谷の東330メートルほどの所にあり、聖武天皇勅願寺(ちょくがんじ)で、開基は行基。往事は非常に壮大なものであったが、火災によって、芭蕉が訪れた当時は衰微していた。西行に、
    「伊勢にて菩提山上人、対月述懐し侍りしに、
       めぐりあはで 雲のよそには なりぬとも
          月になれゆく むつびわするな」(『西行法師歌集』)
 という歌がある。句意には直接関係ないが、芭蕉が、この山に関心を持ったのは、西行のこの歌の心にひかれたに違いない。

 「野老」は、ヤマイモ科の植物で、春、細い蔓(つる)を出して物に巻きつく。ヤマイモに似る。多くの細根をもち、老人のひげを思わせるので「野老」と書かれるという。正月の飾り物とし、また苦みを抜き、ご飯に混ぜて食べる。

 「野老掘」が季語で春。「此の山のかなしさ告げよ」というややあらたまった呼びかけが、「野老掘」に対してなされているところに、和歌などと違った俳諧味が生かされていると思う。老いのかなしみを感じさせる効果がある。

    「この山は昔、伽藍盛大を極めたと聞くが、いま見るとその往事をしのぶよしもなく、ただ、
     ひっそりと野老掘る人がいるばかりである。野老掘る里人よ、この山の荘厳(しょうごん)
     の滅び去っていったかなしさを我に語り聞かせておくれ」


      枯るるなか五右衛門風呂を焚くといふ     季 己