壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

北の梅

2010年02月07日 21時59分55秒 | Weblog
        暖簾の奥物ふかし北の梅     芭 蕉

 『菊の塵(ちり)』(園女編)に、園女(そのめ)が自分に贈られた句として掲出。贈られたのを元禄三年(1690)二月のこととしている。しかし、貞享五年(1688)二月の、伊勢における作九句を並記する真蹟懐紙中に、「一有が妻」と前書きして出る句なので、年代は園女の記憶違いであろう。

 園女を訪ねた折の句で、「暖簾」は「のうれん」と読むが、挨拶の意がこめられていることはもちろんである。「物ふかし」は、家の森閑(しんかん)とした落ちつきが出るが、人への心の傾きが出ていない憾(うら)みがある。その点、誤伝と考えられる中七の「ものゆかし」の句形も捨てがたく思われる。

 園女は、伊勢松坂の人で秦氏。のち大坂に住み、江戸に移った。後年、落飾して智鏡尼と称したという。医を業とし、『あけ鴉(がらす)』を撰した斯波(しば)一有に嫁した。元禄七年に大坂で芭蕉を招いたとき、芭蕉は、「白菊の目にたてて見る塵もなし」と詠んでいる。

 「北の梅」は、北庭に咲いている梅。一家の主婦のいる部屋は北に設けられ、ここから「北の方」の呼称も生まれているので、「北」は人妻を暗示する言葉である。北の方はまた北堂ともいう。
 「ゆかし」は、何となくなつかしくて心ひかれるさま。

 「梅」が季語で春。梅の清楚さが的確につかまれている。

    「園女を訪ねると、暖簾の間から奥の方が見え、北庭の梅が楚々と咲いている。まことに
     奥深い感じで、女主人のしとやかな人柄にふさわしく感じられる」


      不忍池のさざなみ早春賦     季 己