計算どおりというか、思ったとおりだった。
東京・銀座の「画廊 宮坂」へ着いたのは、午後3時過ぎだった。
明日19日から24日まで開催される『大庭みな子さんの絵』展は、『大庭みな子全集(全25巻)』の刊行を記念して開かれるものである。
昼食後から始めて3時には、飾り付けが終わるのではないか。そう考えて、3時過ぎに「画廊 宮坂」に到着するよう、自宅を出たのである。それがピタリと当たり、全作品18点の飾り付けが終わり、一息いれているところへ、お邪魔したという次第。会期前だが、もちろん、快く見せてくださった。感謝!
おかげで、じっくりと心ゆくまで鑑賞でき、眼福のひとときが過ごせた。
本来、作品の鑑賞というものは、いろいろと説明して、その作品の良さを、誰彼に納得させようというものではない。自分がすぐれた作品だと直感したものを、どうしてそういう風に直感したかということを、一つ一つ解きほぐして、自分自身を納得させる作業であるように思えてならない。
絵画も俳句も、意味を明確にすることを本質としない。いろいろに解せられるということは、その作品の深みであり幅であり味である。何かを「感じ」たら、それで充分だと思う。
『大庭みな子さんの絵』に展示される作品は、
「犬と横たわる裸婦」・「踊る猫」・「草木乱舞」・「シトカの海と山と空」・「T・O像」・「家並」・「尖塔」・「うつむく裸婦」・「樹下の裸婦」・「女とペリカン」・「カオス」・「トーテム」・「生きものたち」・「女と犬たち」・「よりかかる裸婦」・「花と獣」・「自画像」・「きぬぎぬ」
の、18点。なお、作品名は、全集の編集担当者が付けた、と漏れ聞いている。
コレクターとして手元に置きたいと思うのは、
「犬と横たわる裸婦」・「踊る猫」・「シトカの海と山と空」・「樹下の裸婦」・「女とペリカン」・「生きものたち」
の6点。
「どれか1点だけ、あげる」と言われたら少々迷うが、やはり「犬と横たわる裸婦」を選ぶ。
「犬と横たわる裸婦」は、不思議な魅力のある絵だ。白と黒の大型犬の間に裸婦も横たわっている……、しかも裸婦の顔は見えず、長い後ろ髪には血のような赤が塗りたくってある。裸婦の視線の先も謎だらけ。
この作品は1960年代、アメリカ、アラスカ州シトカ市で描かれたものという。
思うにこれは、変化のない毎日を嫌い、常に新しいことにチャレンジしていくことを好む「大庭みな子」が、彼女自身の日常生活、つまり、快楽と刺激と発見に満ち満ちている生活を描いたものではないのか。
白い犬は「快楽」、黒い犬は「刺激」、そして裸婦は「発見」を象徴しているのではないか。と同時に白い犬は「みな子」を、黒い犬は夫の「利雄」氏をあらわしているのだ。裸婦は、そんな二人を見つめているもう一人の「みな子」に違いない。
ここで恥ずかしいことを告白すると、変人は、大庭みな子さんの作品を全く読んでいない。したがってどんな人物であったかも当然、知らない。だから、絵から「感じた」ことを書いているだけである。
大庭みな子さんは、集中力、順応性があり、物事を肯定的に捉えることができた人ではなかったか。長い髪に赤が塗られているところから、そんなことを感じる。裸婦の視線の先は、明確な目標を見つけようと、未来を凝視しているのだ。そうして、目標に向かって一直線に突き進み、大きな成果を手にしようと虎視眈々とねらっているのだ。
と、書きながら、案内状の写真「犬と横たわる裸婦」を見る。するとどうだろう。裸婦の視線の先に、その裸婦と向かい合い、彼女を大きく包み込むような男性像が見えるではないか。
社交性があり、にぎやかな雰囲気を好み、人脈作りがうまく、頭の回転が速いため話術にも長けていたであろう大庭みな子さんのエネルギッシュな魅力に、周囲も羨望の眼差しを送ったに違いない。
そのように考えると、「犬と横たわる裸婦」は、シトカにおける「きぬぎぬ」を描いたものともいえる。
「きぬぎぬ」は、「衣衣」あるいは「後朝」と書き、衣を重ねて共寝した男女が、翌朝、それぞれの着物を着て別れることを意味する。
源氏物語の世界でいえば、「後朝の使い」を待っている女、それも何人もの男を侍らせて……
瀬戸内寂聴さん言うところの「夫婦愛の産物」、すなわち、
「トシとふたりで書いたのが私の作品のすべてです」と、寂聴さんに語ったという大庭みな子さんの“心のうち”を描いたのが、「犬と横たわる裸婦」なのだと思う。
つまり、「犬と横たわる裸婦」は、『三匹の蟹』を書く前の彼女自身の覚悟を、絵画化したもので、「生きものたち」・「女とペリカン」・「樹下の裸婦」は、『三匹の蟹』の構想段階、あるいは執筆中に描かれたものではないか、と勝手に想像して、楽しんでいる。
明日は早速、荒川図書館に行き、『大庭みな子全集』の購入をお願いするつもりでいる。購入された暁には、もちろん全25巻を読み通すつもりである。
『大庭みな子全集(全25巻)』(日本経済新聞出版社)刊行記念
「大庭みな子さんの絵」
2009年5月19日(火)~5月24日(日)
11:00am~6:00pm(最終日5:00pmまで)
[画 廊 宮 坂]
中央区銀座7-12-5 銀星ビル4階
℡(03)3546-0343
蚊の声す乳房の見えぬ裸婦がゐて 季 己
東京・銀座の「画廊 宮坂」へ着いたのは、午後3時過ぎだった。
明日19日から24日まで開催される『大庭みな子さんの絵』展は、『大庭みな子全集(全25巻)』の刊行を記念して開かれるものである。
昼食後から始めて3時には、飾り付けが終わるのではないか。そう考えて、3時過ぎに「画廊 宮坂」に到着するよう、自宅を出たのである。それがピタリと当たり、全作品18点の飾り付けが終わり、一息いれているところへ、お邪魔したという次第。会期前だが、もちろん、快く見せてくださった。感謝!
おかげで、じっくりと心ゆくまで鑑賞でき、眼福のひとときが過ごせた。
本来、作品の鑑賞というものは、いろいろと説明して、その作品の良さを、誰彼に納得させようというものではない。自分がすぐれた作品だと直感したものを、どうしてそういう風に直感したかということを、一つ一つ解きほぐして、自分自身を納得させる作業であるように思えてならない。
絵画も俳句も、意味を明確にすることを本質としない。いろいろに解せられるということは、その作品の深みであり幅であり味である。何かを「感じ」たら、それで充分だと思う。
『大庭みな子さんの絵』に展示される作品は、
「犬と横たわる裸婦」・「踊る猫」・「草木乱舞」・「シトカの海と山と空」・「T・O像」・「家並」・「尖塔」・「うつむく裸婦」・「樹下の裸婦」・「女とペリカン」・「カオス」・「トーテム」・「生きものたち」・「女と犬たち」・「よりかかる裸婦」・「花と獣」・「自画像」・「きぬぎぬ」
の、18点。なお、作品名は、全集の編集担当者が付けた、と漏れ聞いている。
コレクターとして手元に置きたいと思うのは、
「犬と横たわる裸婦」・「踊る猫」・「シトカの海と山と空」・「樹下の裸婦」・「女とペリカン」・「生きものたち」
の6点。
「どれか1点だけ、あげる」と言われたら少々迷うが、やはり「犬と横たわる裸婦」を選ぶ。
「犬と横たわる裸婦」は、不思議な魅力のある絵だ。白と黒の大型犬の間に裸婦も横たわっている……、しかも裸婦の顔は見えず、長い後ろ髪には血のような赤が塗りたくってある。裸婦の視線の先も謎だらけ。
この作品は1960年代、アメリカ、アラスカ州シトカ市で描かれたものという。
思うにこれは、変化のない毎日を嫌い、常に新しいことにチャレンジしていくことを好む「大庭みな子」が、彼女自身の日常生活、つまり、快楽と刺激と発見に満ち満ちている生活を描いたものではないのか。
白い犬は「快楽」、黒い犬は「刺激」、そして裸婦は「発見」を象徴しているのではないか。と同時に白い犬は「みな子」を、黒い犬は夫の「利雄」氏をあらわしているのだ。裸婦は、そんな二人を見つめているもう一人の「みな子」に違いない。
ここで恥ずかしいことを告白すると、変人は、大庭みな子さんの作品を全く読んでいない。したがってどんな人物であったかも当然、知らない。だから、絵から「感じた」ことを書いているだけである。
大庭みな子さんは、集中力、順応性があり、物事を肯定的に捉えることができた人ではなかったか。長い髪に赤が塗られているところから、そんなことを感じる。裸婦の視線の先は、明確な目標を見つけようと、未来を凝視しているのだ。そうして、目標に向かって一直線に突き進み、大きな成果を手にしようと虎視眈々とねらっているのだ。
と、書きながら、案内状の写真「犬と横たわる裸婦」を見る。するとどうだろう。裸婦の視線の先に、その裸婦と向かい合い、彼女を大きく包み込むような男性像が見えるではないか。
社交性があり、にぎやかな雰囲気を好み、人脈作りがうまく、頭の回転が速いため話術にも長けていたであろう大庭みな子さんのエネルギッシュな魅力に、周囲も羨望の眼差しを送ったに違いない。
そのように考えると、「犬と横たわる裸婦」は、シトカにおける「きぬぎぬ」を描いたものともいえる。
「きぬぎぬ」は、「衣衣」あるいは「後朝」と書き、衣を重ねて共寝した男女が、翌朝、それぞれの着物を着て別れることを意味する。
源氏物語の世界でいえば、「後朝の使い」を待っている女、それも何人もの男を侍らせて……
瀬戸内寂聴さん言うところの「夫婦愛の産物」、すなわち、
「トシとふたりで書いたのが私の作品のすべてです」と、寂聴さんに語ったという大庭みな子さんの“心のうち”を描いたのが、「犬と横たわる裸婦」なのだと思う。
つまり、「犬と横たわる裸婦」は、『三匹の蟹』を書く前の彼女自身の覚悟を、絵画化したもので、「生きものたち」・「女とペリカン」・「樹下の裸婦」は、『三匹の蟹』の構想段階、あるいは執筆中に描かれたものではないか、と勝手に想像して、楽しんでいる。
明日は早速、荒川図書館に行き、『大庭みな子全集』の購入をお願いするつもりでいる。購入された暁には、もちろん全25巻を読み通すつもりである。
『大庭みな子全集(全25巻)』(日本経済新聞出版社)刊行記念
「大庭みな子さんの絵」
2009年5月19日(火)~5月24日(日)
11:00am~6:00pm(最終日5:00pmまで)
[画 廊 宮 坂]
中央区銀座7-12-5 銀星ビル4階
℡(03)3546-0343
蚊の声す乳房の見えぬ裸婦がゐて 季 己