壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

猫の恋

2009年02月06日 22時52分52秒 | Weblog
 春の季語の一つに「猫の恋」というのがある。
 猫の発情は年に四回あるが、ことに目立つのが春である。
 早春、発情期に入った猫は、「アワオ」とも「ギャワオ」ともつかぬ異様な声で相手を呼ぶ。夜昼となく、数匹の雄が一匹の雌を争って、狂おしく咬みあったり、わめきたてたりする。食事も見向かず、幾日も家を空けて浮かれ歩き、引っかき傷に血をにじませ、毛も汚れて戻ってくる。
 むき出しの欲情にたじろぐ思いで、決して風雅などといえるものではないが、それを、俳人たちは「恋の猫」と呼ぶ。
 卑俗な事象を、王朝の風雅でイメージアップしたのが「恋の猫」といえよう。俗なものが「雅」に置きかえられると、なにやら人間とのつながりが見えてきて、恋のあわれとともに、とぼけた笑いがただよう。言葉の幻術、俳諧のおもしろさでもある。

        うらやまし思ひ切る時猫の恋     越 人

 元禄四年(1691)刊の『猿蓑』に入集する句で、藤原定家の
        うらやまず 臥す猪の床は やすくとも
          歎くともかたみ 寝ぬも契りを (『拾遺愚草』)
 によったといわれる。初めは、
        思ひきる時うらやまし猫の恋
 の句形であったことが、同年三月二十二日付の芭蕉から珍碩に送られた手紙によって知られる。
 句は、「早春のころになると妻を恋う猫が夜昼となく、うるさく鳴きたてるが、時が来るとぴったりと静まって、まことに思いきりがよい。煩悩の念が絶ちがたい人間に比べると、なんとさっぱりとしてうらやましいことだ」の意である。
 やや理屈っぽいが、定家の歌の意味とあべこべになっているところに、俳諧化がみとめられる。

 芭蕉は、『去来抄』に「心に風雅有るもの、一度口にいでずと云ふ事なし」、つまり、「心に風雅の情を持っている者は、いつかそれが口に出ないということはない」と述べ、越人が本来の素質をこの句によって現わしたと褒めている。
 では、芭蕉は、この句のどんな点を認めたのだろうか。
 越人の句は、自分が恋を諦めようとしているときに猫が恋の真っ最中で、それが羨ましい、と言っているとも取れなくないが、それでは、猫の恋の本情をとらえたものとは言えない。
 恋狂いしていても、時期が終れば、つき物が落ちたように止んでしまう。それが猫の恋の特徴である。それを諦められぬ人の恋と結んで、笑いのうちに人生の真を詠んでいる点に、芭蕉がこの句を高く評価する理由があったのである。

 当時の芭蕉が、俳諧に求めていたもの、それをひと口でいえば、「高く心を悟りて、俗に帰るべし」という語になる。それは、あくまでも和歌の風雅を意識しながら、俳諧としての独自性のなかに成立しなければならないものであった。
 越人の句は、王朝風雅の恋を踏まえながら、猫の恋の本情を生かして俳諧に転じ、人の真情の表現に成功したもの、と見えたのであろう。


     また闇をあつくしてゐる恋の猫     季 己