毎月、第三水曜日は、区の観光ボランティアガイドの自主的勉強会の日である。
思うところがあって、一度も出席していない。そのうち出席者の間から、欠席者の資格を剥奪せよ、との意見も出るだろうが、それも承知の上である。
もちろん、今日も出席せず、地下鉄大江戸線で「汐留駅」へ。浜離宮恩賜庭園を散策するためである。
まず、涼を求めて水辺へ。
岸辺の松は、夏の名残の強い日差しを浴びながら、興趣を感じさせるのはさすがである。
お花畑は、10万本といわれるキバナコスモスが、いまが盛りと咲き誇っている。濃いオレンジ色に加えて、黄色い花も増えてきた。また、一部ではあるが、秋のコスモスのピンク色も……。
蝶や蜂たちも忙しく飛び回り、都心のお花畑を満喫している。
園内を句材をさがしながら散策していると、ひときわ鮮やかなサルスベリの、柔らかなピンクのフリルの花が眼に飛び込んでくる。
炎天のなか、梢に紅や白のサルスベリの花が揺れるさまは、はるかな日々を思い出させてくれるようである。
サルスベリは、ミソハギ科の落葉高木で、原産地はインド、あるいは中国南部ともいわれる。いずれにしても、熱帯が原産ということで間違いなかろう。
江戸時代の初めに中国から渡来し、寺の境内などに植えられた。
百日紅の名は、盛夏のころから十月ごろまで百日もの間、紅色の花が咲き続けるというので名付けられた。花は淡紫色・白など、花の色には変化が多い。
和名のさるすべりは、幹の肌がつるつるして猿でも滑りそうだというところから出ている。“さるすべり”とは、よく名付けたものである。
散れば咲き散れば咲きして百日紅 千代女
「朝顔」の句同様、決してすぐれた句とは言えないが、たいていの「歳時記」の百日紅の項の例句として採られている。
たしかに、盛夏から十月にかけて、いかにも花期の長い百日紅のさまを言い表してはいるが、上等の句とは思えない。
百日紅(ひゃくじつこう)という中国名も、その花期の長さゆえに与えられたものであろう。
百日紅は、「ひゃくじつこう」と「さるすべり」の二通りの読み方があるので、注意したい。
鎌倉初期の歌人、藤原為家に次のような歌がある。
足ひきの 山の桟道(かけぢ)の さるすべり
すべらかにても 世を渡らばや
この歌は、百日紅の樹の肌の、たいそう滑らかで艶があり、木登り上手の猿でも滑り落ちそうな点で、サルスベリという名が与えられたことを、円転滑脱な世渡りの術にかけて詠んだものである。
百日紅の樹の幹は、ずいぶん曲がりくねっていて、思いもかけぬ方向に枝を出している。
樹皮のまだらにはげた、なめらかな幹をなでると、かすかな振動が増幅されながら梢まで伝わり、花や葉がわさわさと声を立てて揺れるので、別名を「くすぐりの木」とか「笑いの木」という。
原産の熱帯地方の百日紅は、樹の肌がガサガサして、樹幹は直立しているそうだ。すると、サルスベリではなく、サルスベラーズであったのだろうか。
思ひ出し笑ひしてをり百日紅 季 己
思うところがあって、一度も出席していない。そのうち出席者の間から、欠席者の資格を剥奪せよ、との意見も出るだろうが、それも承知の上である。
もちろん、今日も出席せず、地下鉄大江戸線で「汐留駅」へ。浜離宮恩賜庭園を散策するためである。
まず、涼を求めて水辺へ。
岸辺の松は、夏の名残の強い日差しを浴びながら、興趣を感じさせるのはさすがである。
お花畑は、10万本といわれるキバナコスモスが、いまが盛りと咲き誇っている。濃いオレンジ色に加えて、黄色い花も増えてきた。また、一部ではあるが、秋のコスモスのピンク色も……。
蝶や蜂たちも忙しく飛び回り、都心のお花畑を満喫している。
園内を句材をさがしながら散策していると、ひときわ鮮やかなサルスベリの、柔らかなピンクのフリルの花が眼に飛び込んでくる。
炎天のなか、梢に紅や白のサルスベリの花が揺れるさまは、はるかな日々を思い出させてくれるようである。
サルスベリは、ミソハギ科の落葉高木で、原産地はインド、あるいは中国南部ともいわれる。いずれにしても、熱帯が原産ということで間違いなかろう。
江戸時代の初めに中国から渡来し、寺の境内などに植えられた。
百日紅の名は、盛夏のころから十月ごろまで百日もの間、紅色の花が咲き続けるというので名付けられた。花は淡紫色・白など、花の色には変化が多い。
和名のさるすべりは、幹の肌がつるつるして猿でも滑りそうだというところから出ている。“さるすべり”とは、よく名付けたものである。
散れば咲き散れば咲きして百日紅 千代女
「朝顔」の句同様、決してすぐれた句とは言えないが、たいていの「歳時記」の百日紅の項の例句として採られている。
たしかに、盛夏から十月にかけて、いかにも花期の長い百日紅のさまを言い表してはいるが、上等の句とは思えない。
百日紅(ひゃくじつこう)という中国名も、その花期の長さゆえに与えられたものであろう。
百日紅は、「ひゃくじつこう」と「さるすべり」の二通りの読み方があるので、注意したい。
鎌倉初期の歌人、藤原為家に次のような歌がある。
足ひきの 山の桟道(かけぢ)の さるすべり
すべらかにても 世を渡らばや
この歌は、百日紅の樹の肌の、たいそう滑らかで艶があり、木登り上手の猿でも滑り落ちそうな点で、サルスベリという名が与えられたことを、円転滑脱な世渡りの術にかけて詠んだものである。
百日紅の樹の幹は、ずいぶん曲がりくねっていて、思いもかけぬ方向に枝を出している。
樹皮のまだらにはげた、なめらかな幹をなでると、かすかな振動が増幅されながら梢まで伝わり、花や葉がわさわさと声を立てて揺れるので、別名を「くすぐりの木」とか「笑いの木」という。
原産の熱帯地方の百日紅は、樹の肌がガサガサして、樹幹は直立しているそうだ。すると、サルスベリではなく、サルスベラーズであったのだろうか。
思ひ出し笑ひしてをり百日紅 季 己