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能登と越中を跨ぐ尾根筋を走る林道、眼下に中能登平野から奥能登へ、また富山湾を越えて
立山・白馬・穂高連峰までも眺望が広がる。
この尾根筋は天正10年、石動山の、僧侶らは、越後にいた畠山氏の旧臣、温井、三宅氏らと結び、
能登の領主「前田利家」に反乱を起こした。
激しい戦いの末、籠城した荒山城は落城、石動山も前田軍の攻撃で、一山360余坊全て焼き討ちされた。
<立山連峰(3月26日撮影)>
<中能登から七尾湾、奥能登方向>
<神社建立は、一千年以上の前である。地滑りもあって、山全体が神として畏れ
崇められたもので、鎌倉時代には、虚空蔵菩薩を本地とする大宮権現を中心に、
五社権現(大宮・白山宮・梅宮・火宮・剣宮)が山内に祀られるようになった。
<拝殿>
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