気が重いよ…伊那篇

落ちるところまで落ちた男の日記

蛯沢誠治騎手を覚えていますか?

2015-04-29 19:44:38 | 昭和レトロ
私、別に意識して行っている訳ではありませんが、結構有名人の方々と親交があります。
例えば、郵便局のお客さんだったキャスターの久和ひとみさん、俳優の六平直政さん。
入門の際に関わった横綱・鶴竜関、元逆鉾の井筒親方。
それから、もう一人、忘れちゃいけない人がいます。
元JRA騎手・調教助手だった蛯沢誠治さん。
競馬ファンなら、覚えている方も多いでしょう。

なぜ、この蛯沢騎手のことを書こうと思ったのか?
実は、昨日、東京から引っ越した際の荷物をガサゴソ漁っていたのです。
いわゆる探し物です。
その際に、ビニール袋に入った蛯沢騎手と久和ひとみさんからの手紙(ハガキ)が出て来たのです。
両人とも、10数年前に若くして亡くなっています。

蛯沢騎手は、通産887勝(内重賞42勝)の凄い騎手なのです。
昭和62年には、宝塚記念をスズパレードで、エリザベス女王杯をタレンティドガールで制しています。
私が蛯沢騎手を知ったのは、それから5年後の平成4年です。
その頃は、毎年の勝利数が20勝くらいで、いぶし銀の技が光るベテラン騎手でした。
この渋さに魅かれたんですね~。
ときとき、穴もあけてくれるし、頼りになるおじさん騎手でした。

しかし、皮肉なもので、若手の台頭により騎乗数は年々減少。
勝利数もかろうじて2桁(年間)にまで落ち込んで行ったのです。
その頃ですよ。
私は、蛯沢騎手を応援するためのホームページを立ち上げました。
蛯沢騎手とも、手紙だけですが交流するようになりました。



平成9年、蛯沢騎手は野平祐二厩舎のシャコーテスコという馬に出会います。
夏競馬の特別戦で連続2着3回の後に迎えた、中山競馬場・セントライト記念(GⅡ)。
5番人気のシャコーテスコは、なんと第4コーナーからの凄い追い込みで優勝してしまうのです。
確か蛯沢騎手にとって、10年振りの重賞制覇だったと思います。
私にとっては、ファンになって初めての重賞制覇です。
(最初で最後になってしまいました)
嬉しくてね~。ホント涙して勝利騎手インタビューを聞きました。
シャコーテスコは、菊花賞に優先出走しましたが惨敗(16着)。
蛯沢騎手は、平成12年3月に引退しました。



引退後は、小島太厩舎の調教助手に転進。
転進後すぐに、イーグルカフェ・マンハッタンカフェという2頭のGⅠ馬を育てます。
見てください!平成14年の蛯沢調教助手からの年賀状。
「21世紀のスタートはGⅠ2勝。助手冥利につきます」
生き生きとしてますよね。



その年賀状を貰った翌年ですよ。
食道癌により52歳で死去。
信じられませんでしたね。
いつか、「週刊ギャロップ」から購入したシャコーテスコの優勝パネルに蛯沢騎手のサインを書いて貰うのが夢でした。
果たされることなく、今年で13回忌であります。



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