東京女子医大で医師100人超が退職
スクープ!東京女子医大で医師100人超が退職 (東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース
東京女子医大ではこんなニュースもありました。
医療崩壊の原因は、政府がやってきた病院・病床削減
日本政府はなぜ、どれだけ「病院」と「病床」を減らしてきたのか(伊藤 周平) @gendai_biz
「指定医療機関」「感染症病床」の激減
医療崩壊が現実化した背景には、医療費抑制策を続けてきた国の医療政策がある。そして、医療費抑制策の中心は、病院・病床の削減と医師数の抑制に置かれてきた。
新型コロナの感染拡大で、とくに「感染症指定医療機関」や「感染症病床」の不足が問題となっている。国は、感染症の患者が減ってきたことを理由に(実際は微増なのだが)、20年以上にわたって指定医療機関や感染症病床を削減してきた。
感染症病床は、一般病床とは区分され、病室の空気が外部に漏れないようにする空調構造を備えた陰圧隔離病床でなくてはならないが、その数は、1996年に9716床あったものが、2019年には1758床と激減している。
感染症病床以外の病床も削減が続き、1993年から2018年までの四半世紀で30万5000床が削減された。
重症患者のための集中治療室(ICU)も、2013年には全国で2889床あったが、2019年には2445床に削減されている(そのうち、公立病院が419床を占める)。
2020年4月に出された日本集中治療学会の理事長声明は、新型コロナによる死亡率がドイツ1.1%、イタリア11.7%と大きな開きがある点に触れ、集中治療室の人口10万人あたりの病床数がドイツは29~30床に対して、イタリアは12床程度と差があることを指摘、病床数がイタリアの半分以下の日本(5床程度)では、深刻な状況になりかねないと、日本における集中治療体制の脆弱さに警鐘を鳴らしていた。
「地域医療構想」でさらに病床が削減される
安倍政権になって、社会保障改革と称して、医療費抑制策と病床削減はさらに加速した。
2014年には、病気になり始めた患者を主に診る「急性期病床」を削減し、安上がりの医療・介護提供体制を構築することを目的とした「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立、医療法が改正された。
削減のターゲットは、看護師配置が手厚い「急性期一般入院料1」に算定される病床(旧7対1の入院基本料算定病床)で、診療報酬による誘導政策などで、現在約36万床ある病床を、2025年までに18万床に半減させる方針といわれる。
2018年までにすべての構想区域で、地域医療構想が出そろったが、地域医療構想の完遂による「必要病床数」を実現した場合、全国で15万6000床もの病床削減が必要となり(2013年時点との比較)、地域に必要な医療機関や診療科の縮小・廃止がおきかねない。
そもそも、国は医療費抑制のために、医師数を抑えてきた。日本の医師数は、人口1000人当たりでみると2.43人で、OECD(経済開発協力機構)加盟国のうちデータのある29か国中の26位にとどまる(2017年.OECD Health Statics 2019)。
医師の総数でみても、同加盟国の平均約44万人に対し約32万人で12万人と、絶対的不足が顕著である。人手不足は長時間労働を招く。厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」では、過労死ラインの月平均80時間を超える時間外労働(休日労働を含む)で働いている勤務医が約8万人にのぼることが指摘されている。
同時に、国は、検査設備や人工呼吸器のような機材の確保、それを使いこなせる検査技師、専門医の育成も怠ってきた。検査役、ワクチン開発支援などで重要な役割を果たしてきた国立感染症研究所は、研究者数も予算額もともに減らされ続けてきた。
公的・公立病院が狙われた
病床削減が進まないことに業を煮やした厚生労働省は、2019年9月、公立・公的病院のうち地域医療構想において再編・統合の必要があるとする424の病院(公立257、公的167)の名称を公表し、病院の統合や診療科の縮小、入院ベッドの削減など、地域医療構想の具体的方針を1年以内に見直すよう求めた。
保健所機能の低下と公衆衛生の軽視
感染症対策を担う保健所も数、そこで働く保健師もともに削減されてきた。
1994年に保健所法が地域保健法に改められ、担当地域が広がり、統廃合が進められた結果、保健所の数は、2020年には、全国で469か所となり、1992年の852から半減している(厚生労働省地域保健室調べ)。大阪市をはじめ、横浜市、名古屋市、北九州市などの政令指定都市では、各区に1か所ずつあった保健所が、現状では市全体で1か所しかなくなった。
歴代自民党政権の公費抑制政策のもと、とくに、2000年代初頭の小泉政権のもとで「行政の効率化」がはかられ、経済的利益を生まない(だからこそ公的責任で担うべきなのだが)公衆衛生は軽視されるようになった。(以上、東洋経済オンライン記事から抜粋)
それなのに国会では更に削減する法案
前回の東京オリンピックを前にして起こった習志野のコレラ騒動
ブログ読者の方から日経新聞コラム(4月17日号)のご紹介と、以下のコメントを頂きました。
日経のコラムに、実はまったく終息などしていなかったのに、オリンピックに焦った厚生省が無理やり幕引きした、という回顧談が載っています。
「ことなかれ」と「兵力の逐次投入」、役人の考えることは半世紀たっても全然変わらないのでしょうね。
今となってはほとんど忘れ去られているが、1964年の東京五輪のひと月半前、千葉でコレラ騒動があった。
外国旅行者とはなんら関係のない1人の工員が死亡した。当時、コレラはまだ恐るべきき流行(はや)り病・予防接種の会場には行列ができ、住民はパニックに陥った。
▼感染源はつかめず。広がり方もわからない。にもかかわらず、厚生省(現厚生労働省)は1週間後に突如として幕引きをはかった。共同通信の記者だった原寿雄氏が小和田次郎名で書いた「デスク日記」の行間に憤りがにじむ。「厚生省がコレラ終結宣言。感染経路もつきとめずに。オリンピックの前なので急いだようだ」
▼ひるがえって2021年。コレラならぬコロナの流行が収まるどころか勢いを増している。先月、聖火リレーを前に緊急事態宣言が解除された。と思いきや「まん延防止等重点措置」の対象が広がる。対策の中身はあまり変わらず、あの解除は一体何だったのかと思う。今回も五輪を前に急いだのでは、と勘繰りたくなる。
▼菅義偉首相は都道府県をまたぐ不要不急の移勁を控えるよう呼びかけた。が、日本全国を巡る聖火は特別扱い。「もう後戻りできない」と情緒的物言いが聞こえてきそう。ウイルス相手に精神論や感情論に訴えても意味はない。安全第一の五輪を目指すなら、対策は一にも二にも合理的に。時には立ち止まる勇気もいる。(以上、4月17日日経新聞「春秋」のコラムより)
No.93 平成18年10月1日号 シリーズ・災害と闘う6 コレラの恐怖ふたたび―昭和39年のコレラ騒動― 習志野市 (narashino.lg.jp)
kiraco-118.pdf (shopland-n.com) (当時を体験された市民の証言)
貧困は拡大し、人命は軽視される…。すべての源は五輪イヤーにあった!〔前編〕 貴志謙介『1964 東京ブラックホール』より|本がひらく
64年大久保でのコレラ騒ぎと、19年スペイン風邪による西郷寅太郎(習志野収容所長)の死 - 住みたい習志野
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