520人が犠牲となった日航機墜落事故から38年が経とうとしています
日航機墜落事故、ボイスレコーダーに残された”生死かけた闘い”
市民の方から、こんな本の紹介が…
この事故について、習志野市民の方から、こんな2冊の本のご紹介文をお寄せいただきました。
毎年8月になると、御巣鷹山(おすたかやま)の悲惨な事故が思い出されます。事故原因は「圧力隔壁の損傷によるもの」と片付けられましたが、最近読んだ本によると全く違う理由によって事故が起きた事がわかり、背筋が寒くなる思いです。国家権力が何の罪もない520名の命を奪い、その事実を完全に隠蔽し葬り去ろうとしていることに驚きと恐怖を覚えます。それに協力したマスコミも罪が重いです。
この2冊の本は経済評論家の森永卓郎氏の推薦するものです。是非多くの方に読んで頂きたいと思います。
日航のCAから東大大学院の博士になった青山透子さんの講演が動画で見られます。
目撃証言によると、日航機123便に緊急事態が発生した直後、日航機を追尾するため2機のファントム機が直ちに発信しました。墜落現場近くの現地の子供たちが、「大きな飛行機と2機の小さな飛行機が追いかけっこをしている」と発言しています。
墜落現場の近隣で、大人達も赤く光る飛行機が飛んでいるのを目撃しています。一人の自衛隊員も2機のファントム機が異常に低い高度で飛んでいるのを目撃し、これが警察内の報告書にも記述されています。
上野村の黒沢村長は自分の村で墜落したことを何度も政府に連絡したが、夜が明けるまで報道されなかった、と語っています。
御巣鷹山の事故現場では、大きな火災が発生し、多くのヘリコプターが飛んでいました。これらのヘリコプターが繰り返し、何かを揚げ降ろしているのが目撃されています。
在日米軍のアントヌッチ氏の証言によると、墜落現場は事故発生後、15分で確定されています。彼は「私は救助に向かいました。しかし日本の救助隊が来たので、引き返すようにと命じられたのです。」と語っています。
しかし彼は翌日、一晩中、事故現場が報じられていなかったと知って驚愕したと語っています。
墜落前のまだ明るい時間に2機のファントム機が日航機と共に飛行していたのであれば、場所は特定されていたのであり、「墜落場所は一晩中不明であった」ということにはなりません。
では、日本政府と自衛隊は乗客を救助せずに一晩中何を行っていたのでしょうか。
機体の残骸に付着した黒い物質が分析された結果、大量のベンゼン環、硫黄、クロロフォルムが含まれていることがわかりました。日航機で使用されるジェット燃料はJTA-1というケロシンから生成された純度の高い物質です。それなら、ガソリンの構成物である、ベンゼン環と硫黄が事故現場から検出されたのでしょうか。
これが最大の問題です。通常、この山にはガソリンや硫黄を含む物質は存在しません。更になぜクロロフォルムが付着していたのでしょうか。
遺体の状況は以下となります。約三分の一が異常なほどまでに炭化、三分の一が完全な遺体、残りの三分の一は約2千の部分に寸断された遺体となっていました。
垂直尾翼が吹き飛び、急減圧が起こったはずなのに、生存者の鼓膜は破れていませんでした。4人の生存者は多くの人々が墜落後に励ましあっている声を聴いています。
しかし上方を飛んでいたヘリコプターは彼らを救助することはありませんでした。検視医師によると、「墜落直後に発見されていれば、100名の命が助かっていたはずだ」と言っています。
頂上付近の墜落地点では、翌朝まで炎が上がっていました。生存者を発見した地元の消防隊によると、周囲はガソリンとタールのにおいが充満していたとのことです。
何故、航空機には搭載されていないはずのガソリンとタールの匂いが充満していたのでしょうか?タールは積載品ではありませんでした。周囲一帯の自衛隊が一晩中飛んでいたという目撃者の話は何を意味するのでしょうか。
ところで、自衛隊の所有している武器燃料(火炎放射器)の成分はガソリンとタールです。
検視医によると、頂上付近では表も裏も完全に炭化し、煤けた遺体が見つかったとのことです。
これに加えて、この周辺ではエンジンも(ケロシン燃料の貯蔵タンクとなっている)主翼も見つからなかったのです。遺体の炭化は明らかに他の航空機事故とは程度が異なっており、二度焼きされた痕跡も認められました。
墜落現場では毎日夕立があり、湿度は75%に達します。また夏の山では、森林火災は発生しにくいのです。さらには、夏用の服は、長時間燃焼することがないのは明白です。
分厚い人間の体は、表面が焼けて黒く焦げることはあっても、骨まで炭化することはありません。どうして骨までも炭化してしまったのでしょうか。
結論として、自衛隊が何らかの形で墜落に関わっているということです。実際に、日刊紙によると、国産のミサイルの開発とミサイル試験の成功について報道しています。更に事故と同じ日、護衛艦「まつゆき」が公開テスト及びミサイル試験を行っていたのです。
しかし事故調査委員会は34年間にわたって、様々な言い訳をつけて、情報を公開することを拒否し続けてきました。これが日本の現実なのです。
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