sptakaのブツブツDiary

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真夏の石ころ登り(一ノ倉沢)を辞めて、真冬の谷滑降(鹿島槍)を始めた夏至の日

2024-06-22 15:57:57 | ブツブツ日記
 21年前、03年の今日は夏至だった。今年の夏至は昨日だったけれど。たまたまその日に鹿島槍の北俣谷の残雪登りにいって、あそこは大谷原の登山道から谷に入り込むと、その終了地点は鹿島槍双耳峰の南峰北峰直下のコルに突き上げて、そのまま頂上に至った。感激の登頂になった。 

 
鹿島槍ヶ岳 北俣谷 2400m付近 突き当りに頂上稜線コルが見える

 帰ってから気が付いたが、積雪残雪登山を再度始めたその記念日とは、ちょうど夏至の真夏日だったの、お笑いの結末が付いてきた。つまり北俣谷の残雪登頂適齢日とは、夏至であり、5月などでは、雪崩デブリの巣窟で登れたものではない。真夏でも谷底の雪は満タンで溶けない(きっと今でも)の新発見だったということだ。
 じゃこの20年とは何だったかといっても、46歳の私が67歳になり、高校生辺りだった息子が40歳直前になっているというだけのことだ。ただ私としては、子育てもほぼ終わっていた当時から、20年、これから20年生きるかと言えばきっと無理で、40代後半から、50代、60代と、仕事もまあまあ、趣味は恐ろしく充実していたの実感で振り返る。
 当時46歳の現役スポーツ選手は皆無で、スポーツなどは遅くとも30歳には辞めて、老後だと言われた時に、46歳から再開するなど、馬鹿げていると自分でも思った。満足に行くわけがない。
 ところが想像以上に続いた。案外元気だと今から思い返すが、現在の46歳などは、さらに誰もが元気の真っただ中にいるじゃないかと思える。今のその年の者は、78年生まれだろ。小僧にしか見えないものだ。
あのとき、躊躇なく、行動できたことが本当によかったと思い返す。
 当時の記録を振り返れば、だから登山とは面白く、他に似たような登山は巨万のごとくに経験したが、普段は忘却の向こうで、思い出して過去歴に浸るほど暇でもなく、ただ退屈のまったくない20年を過ごせたの気分がする。ああいう記憶がよみがえってしまうと、その辺りに転がっている旅行だの、散歩は大いに退屈に思える。
 体は老化したが、同じ登山はできなくても、近くで似たような途中までの冷やかしならば、まだやるぞの思いが続く。

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