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sptakaのブツブツDiary

sptakaさんは、毎日ブツブツ発言しています。

6月20日(火)大宅ノンフィクション賞のナツコと栗林

2006-06-20 01:49:30 | マスコミ・メディア
 大宅賞は小説の芥川、直木賞と比較されるが、少々ランク落ちが目立って、今は推理小説の松本清張賞と一緒に発表受賞が行われる。つい先日それがあった。といっても、大宅賞は賞金100万円、松本の方は豪華に500万円。今年の大宅は沖縄密貿易のナツコが取って、その作家の奥野は私の友人。もう一つは硫黄島の日米決戦当時の、軍人栗林中将を扱った女性作家のもの。共に60年前の戦争時代のもの、昭和史ブームの昨今にあっての掘り起こし作品になる。
 慎太郎の愛国心、君が代斉唱の右翼化ブームであるが、少なくとも慎太郎自身は「昭和史を知ることで、愛国心が生まれ、嫌悪感が生じてもそれぞれ」というようなことは言っているが、これはそのとおり。昭和史は義務教育でも私の時代でもスッポリ抜け落ちて、先進国で自国の近代史を知らない、興味がないという国民は本当に珍しい。小泉の靖国参拝もまさにそのことでもある。
 さてナツコが評価が高かったのは知られている。戦後の沖縄は太平洋戦争の私生児として残されたような島で、本土よりも貧しかった。島民が食っていくために、戦後は日本中どこでも例えば「闇米」商売があったが、沖縄のそれは台湾と本土の密貿易であり、どうやら仕入れの10倍くらいで食料が売れて、それが当時の島民を救っていた(およその内容)というような知られていない話の発掘である。ナツコという女性は、その女ボスであり、姉御肌の実在人物だったらしい。
 問題はもう一つの栗林硫黄島の方である。栗林は米軍決戦のためにそこに派遣された大将であり、日本軍2万人の総指揮であったのだが、当然のようにほとんどが戦死する。硫黄島は小笠原南方であり、本土と、サイパンなどの南の島の中間点で、軍事上必要な基地であり、日米共にそこを占領することが、相手へのプレッシャーだったという島になる。作品は、その栗林という人が、どれだけ家庭思いの、いいお父さんであったのかという彼の人間性に迫るのだが、その資料が、戦地の彼が自宅に送った40通の手紙であり、それを遺族から入手しての作品となっている。だが・・・、
 実に馬鹿っぽく言えば、例えば松田聖子が娘のサヤカにとってどれだけいいお母さんであったかなどは、いわばどうでもいい話である。軍人栗林は、今で言えば防衛庁の大幹部であり、国家公務員の上級職であれば、通常はいいお父さんであることは当たり前で「だからどうした」という話になる。記事、レポートは、「だからどうした?」と問われて「どうでもない、それだけの話」というのであれば、そんなものはタバコや井戸端会議の雑ねたであり、どこにも意味がない。せめてWカップで日本が負けたというあとには「だからジーコが無能であり・・・、選手は努力せずに・・・」と話が続く。豪憲君殺害犯人にしても、高校時代に男好きで、精神不安定だから、実の娘も育てられなかったという話になる。栗林が家庭思いだから・・・、何なんだ。アホらしくてその続きは読む気もしないが、それでも2万人玉砕戦争に突入せざるを得なかったというなら、筆者の頭の構造はおかしい。戦争は、帝国主義・天皇制の当時のなせる業で、栗林某一人のキャラでどうにもなるものではない。そういう考察のないままに、立花以外の、柳田、猪瀬などほとんどが賛成しているというのだから、最近の大宅賞選考文春一派の頭は相当に悪くなった。
 慎太郎推薦でいま撮影されている映画は、特攻隊の青年の面倒をよくみた鹿児島の飲み屋だか弁当やのオバサンの映画なのだが、来夏に公開されるらしい。戦時下にもちろん多くの庶民、軍人応援人はいたのだが、だからそれがどうした。いまどき意図的に、ニュー右翼若者促進するために、こういう姑息な映画を撮る、姑息なノンフィクションを紹介賞を与えるというのは、およそ頭の薄い連中を洗脳するだけにしか思えない。
 大宅賞というのは、その文芸春秋という出版社も、雑多な右左が多くて、過去には「女子プロレスの内幕」なんていう、とんでも愚かな作品が受賞して、世間の物笑いになった。新西洋事情の深田ゆうすけ辺りが選考員にいた頃で、こんなJALの回し者、世界遠足日記作文がノンフィクションでございと世間に通用していた頃ののどかな話だ。いやその前にも「南京大虐殺のまぼろし」という大きな勘違いを助長する作品も受賞している。南京の虐殺そのものは依然として歴史の事実でおよそ5万人が日本軍によって殺害されたのは事実で、この作品はあの「100人切り」という遊び殺人事件が「まぼろしだった」というだけのレポート(私の記憶)程度のことだった。んなもの、事実であろうがなかろうが、大局の歴史事実にはさほど関係はなく、当時の新聞が100人切りという軍の「名誉」のために、本人と記者が「でっち上げた記事でした」というだけのこと。ならば、昭和16年から4年間のすべての新聞記事は、大本営発表を丸写したでたらめ記事で、新聞によれば、敗戦の昭和20・8・15の前日まで、日本はアメリカに戦争で勝っていたということになっている。マスコミもたわけたものだが、独裁政権というのは、その程度のものだということである。昨日までサッカーで日本は優勝すると書いてあったが、ようやく今日になって本当に負けて、引き分けて、「大惨敗」が明らかになったわけで、ほとんどそういうデタラメでも「応援記事だったんだからいいじゃない」という世論はデタラメを肯定しているという、およそ「国民がアホだから、政治もその程度」という名言もあったが、まあ同じことだ。
 んなわけで、この大宅賞もまあ権威はあるが適当もあって、読者本人の正しい視点が重要だということになる。同じようにブームの「バカの壁」「国家の品格」などは、講演テープの速記起こし改ざんで、バカのほうはそれでもいいとしても、品格はさむらいがどうしたで、サッカー「サムライ日本」ブームのきっかけでもありそうで、何を「富士山」「芸者」時代へのレトロが「さむらいニッポン」だとしたら、それが勝てなかった原因かとも思うよね。そんなにサムライが好きだったのか。ふむ、ならば自殺が多い昨今の社会現象も「腹きり」ブームということで、大歓迎ってことですね、本気かお前ら。

G組み。
 もちろん、韓国は日本よりも健闘してますよ。2試合で勝ち点4.でも、最終のスイス戦までもつれました。韓国とスイスの勝者が予選通過、ボロボロフランスもトーゴには勝てるでしょう。問題は同じアジア韓国が、この2戦はよかったけど、最終戦でこければ運命は日本と同じ。しっかり最後までいい試合ができるかどうか。

H組み。
 最終組だから関心がないのか、どうでもいい感じだが、まあスペインなんでしょうか。でもそんな試合見ないで寝ます。

ベスト8
 GHはくじ運がよかったでしょうか。Wカップにはからっきし弱いスペインも、これなら8へ出られるでしょう。あとは、アウェーでも韓国ガンバレ。フランスの体たらくはお粗末。


5月10日(水)平塚5人殺しの弾圧

2006-05-10 18:46:23 | マスコミ・メディア
 久しぶりに猟奇的な大型事件である。絡んで自分の仕事のことを書く。
 テレビ、雑誌が凄まじい報道をしている。ワンルームに5人が死んでいたというわけだ。0歳児が2人、6歳、19歳、35歳。ワイドショーの騒ぎに下劣な関心が多いのだが、まずは、下劣であるこういう報道は必要だということ。
 よく勘違いするのどかな人はいう。「そんな詮索意味がない」。いいえ、大いに意味がある。マスコミが何も報じなければ、警察は、千鶴子が5人を殺した、あるいは、5人は全員自殺した、千鶴子は無罪だ。警察は権力である。どのようにずさんなことでも平気で言い出してそれが確定したらどうなる。200人を拉致した北朝鮮が、200人は「ここで生まれましたよ」。権力はどうとでもいう。権力にずさんなことをさせないために、世間の愚劣な好奇心を取引材料として、マスコミの存在意義がある。
 平塚は妙に開放的なところだった。スナックに深夜、女が一人でも酒を飲みに来る。保険外交のオバサン、その友人。35歳くらいの負け犬。東京じゃ女が一人で酒飲みに来るなど見たことない。夜がさばけた繁栄しているのは、千鶴子が青森から水商売で平塚の夜に住み着いた理由でもあろうか、驚き。
かなり確定しているのは、千鶴子が19歳を殺した。6歳も殺した。0歳二人もそうであろうの4人まで。しかし、自殺といわれる35歳も殺した。ソバ店店主も殺したとなれば6人。あの無軌道な犯人の殺意はどこまでか、という想定をマスコミはやっている。現在ソバ屋は病死、35歳は自殺になるのだが、病死させた、自殺させたという可能性はどうか。世間に病死するしかない、自殺するしかないという環境はあるのか。彼女は二人をそこに追い込めた可能性はどうなのか。ここが焦点になる。
その想定の中で材料あつめ、裏取り作業中である。が、同じマスコミの中に足を引っ張るやつというのがいる。どの業界にもいる。仕事も遊びもすべて、想定と可能性の追求と証明なのだが、世間には検事になりたくてもなれないやつ、警察庁の公務員試験に落ちた者というひねくれ者は、放っておいても権力の手先みたいなことを言い出す。「いや、警察は19歳の殺人に関してもまだ特定していませんよね」「DNAの鑑定にしても、22年前が正確にわかるかといえば疑わしい」「鑑定で親子関係が明らかになったとしても、それが22年前の不明子供と一緒だとは限らない」。お前なあ、警察の手先なのか。そんなことは連中がやればいいことで、外野がやることは違うだろう。サル山のボスになりそこねたやつが、ボスの陣笠小僧になって、成り代わっている様子を見るにつけ、本当に腹が立つ。何もしないでマイナス要因だけ喋るやつというのは、いない方がいい。足を引っ張る根性の捻じ曲がったやつはどこにも少しいるものだ。
35歳が自殺したというのも、彼女がアパートを出るときに彼は生きていたという話だけが根拠になっている。殺してから出たといったら、何が違うのか。元気なそば店主が57歳でぜんそくとは、信じがたい。今時喘息は死ぬ病気か? 警察捜査のぬるさをマスコミは追い越そうとしているわけだ。大変だけど。
 人間、自白というのは、ほとんどウソだと思っていい。結婚しませんといった女優は皆結婚した。離婚しないは離婚する。事実関係と推測の証明がすべての確定事項になる。なにしろ22年前に行方不明だと警察を欺いた女である。相当なものだ。
 逆に最低ラインの話として、19歳を殺したというのは千鶴子の自供だけであって、これの裏取りというのは警察も難しいことだ。自白だけで罪が問えるなら簡単すぎる。密室事件につき裏取りに検察が失敗すれば、これは無罪だ。
 そして妙に不思議なのは、千鶴子は自分の子供しか殺していない。22年前の6歳と19歳。0歳二人もそうなると自分の子供だということになる。そうなると、奥尻で産んだ32歳の未希子はどうして殺さなかったのか不思議になる。この女は殺す身内と殺さない身内を、どこでかぎ分けているのか。未希子は自分の子供ではないのか。あるいは殺される寸前だったのか。そういうことはきっと裁判でも明らかにならないが、そこがマスコミの知りたいことだ。マスコミの目的というのは、警察や検察連中のやっていること以上を求めるから難しい。マスコミの目的というのは、庶民の関心ごととイコールでもある。つまり検察も目の前の事実を確定させることはできても、庶民の関心に答える事はできないという、子供のお使い程度の仕事だと思っていい。


5月4日(木)ニュースが馬鹿になる

2006-05-04 07:25:31 | マスコミ・メディア
 ニュース報道が気持ち悪くなってきた。NHK夜の7時が前から予備校の授業みたいにおかしいと思っていたが、ついに朝の清清しいはずの7時まで気持ち悪い。
 本日朝7時。平塚の5人死亡とうい奇天烈、キチガイ事件を報じている。54歳のオバサンは、20年前に我が長男を6歳で殺して、昨年我が娘19歳を殺した。理由は、義理の息子35歳と同棲して惚れたのだが、この35歳が19歳と結婚したいといって焼餅を焼いたらしい。他の嬰児2人の死体は、19歳が35歳との間に出産した子供だと思われている。その35歳も3月に自殺して、こうして5人がワンルームで死んでいた。54歳おばばは、3日前に逮捕されている。そういう、内縁関係経験おばばの近親相姦みたいな、奇天烈事件である。
「奇妙でおかしな事件です。少なくとも母親が実の娘を殺したという痛ましい事件です」
 その一言でいい。それ以上深入りする必要はない。なぜならこのおばばは、俗にキチガイ。あるいは精神病理であるから。
 ところが朝の7時のニュースにして「こちらをご覧ください」。そこに相関図が書いてあり、「この女性の内縁の娘がどうしたこうした・・・」。
 世の中には詳しく知る必要があることと、知りたくもない馬鹿げたことの2種類がある。詳しく知りたいのは、日中戦争の相関図と靖国神社のことであり、このような奇天烈女性の遍歴は知りたくない。
 ところが、予備校国家という御粗末なゆとりアホを育成している今の日本は、そのターゲットの是非が全く分からない。何でも知ればいいと思う。しかし肝心なことは知れずに、どうでもいいことだけ知りたいと思う。およそ下劣。ニュースがその程度に落ち込んだ。
 CNNはそれでも品格がある。40歳代の女性キャリアキャスターがやはり今でも全盛である。スタジオで喋って、映像は現場を俯瞰するだけ。後は現地レポーター。久米宏という男オカマが、奇天烈に分かりやすいニュースですべてを図解したのだが、その悪影響がゆとり世代の頭薄をバイブルのように支配している。だから今でもついに朝の爽やかな時間までこういう下品なニュースになった。大いに呆れる。有名人ならいざ知らず、よそ様のどうでもいい、ある場合は汚らしい夜のベッドの夫婦ごとなど、普通は見たいとも思わない。やっていることは知れている。ところが薄あまたゆとり世代に限って、こういうものが見たい。
 そのうちにJRの人身事故の肉片まで映像で流そうという次代になってくる。気持ち悪い時代になってきた。


4月19日(水)ヤフーの新聞ダイジェストの人気

2006-04-19 00:49:48 | マスコミ・メディア
 テレビ、新聞、雑誌というのは、公平にたくさんのニュースを扱っているのかと思えば、そうではない。最近問題の将棋のニュースでは、名人戦は毎日だけ、竜王戦は読売だけというように、報道は偏る。しかも、マスコミというのは、30年前から構造不況業種で、ITバブルでいくつもの企業が立ち上がっているのに、テレビ、新聞は、30年前から一つとして新しい会社ができてこない。テレビは郵政利権の巣窟だし、新聞は輪転機、印刷機を備えなければならないという造船レベルの重装備で、誰もこんな能率の悪い会社など経営したくない。雑誌もまあ同じようなもの。
 さらにその企業体質に至っては、朝日も講談社も新潮社も、天皇といわれるフォード二世、三世のような世襲制が延々と続いていて、民主化企業とは程遠い。読売が決して巨人の悪口を書かないように、あんなものはマスコミとは言えない場合も大いになる。
 そこにヤフーの新聞というのは、いわば46都道府県にある、46の田舎新聞のなかから、ちょっとはまともな記事までピックアップしているのが、誉められているようだ。トピックスから、関連、コラム、解説などである。
 地方の田舎新聞というのは、有名なものに、秋田のさきがけ新聞は、自分が地球の中心だと思っている節がある。横暴で独裁主義だというのは、有名な話だ。田舎には県庁と県警しかなくて、それと癒着報道している地元紙には、世界に怖いものが全くないという例えだ。しかし中味は子供程度で田舎だからそれで通るとも言われている。しかし、そんな組織の中でも新聞記者でございといえば、10人に1人くらいはまともな人もいて、たまに面白いオリジナル記事もあるわけで、秋田魁とか、中国新聞などはヤフーじゃなくては読めない。そういう田舎新聞のダイジェストを、ヤフーが全国に流すとなれば、これはヤフーがただで儲けているのかどうかは知らんが、田舎記者にとっては励みになる。
 知ってはいたが面白いのは、広島辺りの中国新聞が、本州四国のあの3本の橋は、存在しているから赤字がどんどん増えるという報道だ。1本1兆円といわれる橋は、1兆というお金を実にインフレ感覚で国民に植え付けた。青森のまあ洒落たスポーツ会館が、おお、そのスポーツ会館のカーリングのチーム青森が400万円横領したらしいね、笑い話。その会館が総工費30億円と聞いても、小田原の役所が作った大赤字のホテルが500億円と聞いても、ちっとも高いと思わなくなったのはこの橋のおかげで、金の単位は1兆を越えなければ大金じゃないと国民は錯覚し始めた。一人100万円負担で、100万人からお金を集めて1兆円。一人1000万円を10万人から集めて1兆円といえば、おお大金に違いないと思える。
 その橋を本州四国に3本かけて、永遠に赤字と金利を返済できないのは当然のことで、少なくとも維持に建設費の2%くらいがかかって、およそ200億円。有料道路代が年間に実はその程度。ならば、3本3兆円の建設費、金利をすべて踏み倒すと、どういうことになるのか知りたい。三井住友から3兆円踏み倒すと、この銀行は潰れるのか、多分潰れる。トヨタから同じことしても潰れる。年間政府予算の50兆円のうち、3兆円をかっぱらうと、日本は沈没するかと思うと、これは大丈夫。田舎記者がたまにいい記事を書いてくれると、発想が豊かになる。
 それなら昔角栄が東京湾を全部埋め立てるとか、谷川岳を全部削って雪を降らさなくするとか、きっと一千兆円くらいかければできるが、そういうことをすると、国が倒産する。じゃ、エジプトのようにただで1千万人の労働力を使うのか、それでも国が滅びる。共産国家じゃないぞ。
 先進国といわれるノルウェーには、瀬戸内のように陸地にフィヨルドが入り込んでいて、対岸まで500mとか、2キロくらいしかないのに、そういうのが国中に100箇所を越えて、車もいちいちフェリーで運ぶようになっているわけだ。あんなとこなら本州四国の橋の100分の1の値段でどんどん建設できそうなものなのに、それをしないのはペイしないからで、だから観光地として、また景観を汚すなという意味でも成り立っている。日本をしのぐといわれる豊かな国であってもそういうことだ。採算に合わないものを役所や公団が作っても、インフレして混乱招くだけで、だったら寝ていて何もしないでくれということになる。


1月19日(木)「天皇と東大」

2006-01-19 00:44:37 | マスコミ・メディア
読み終えた。上下刊で1500ページ。後半はもう飽きてきて斜め読み。
 この人の回路は、デジタル様式で実に細かい。細かいと必然的にデジタル回路か。というよりも、明治維新から敗戦までの80年は、いまさらオリジナルの取材はできない。資料の羅列となるのも仕方がない。
 読みにくいのは、資料をそのまま転載しているからだ。ノンフィクションというのは、何もそういう方法に限るとは思えないが、もう少し物語風に分かりやすい方が有難い。司馬遼太郎の竜馬が分かりやすいのは、資料の間の空白を、面白くでっち上げているからであり、資料も読みやすいように改ざんされている。原典の漢字、カタカナ書き、旧字体はやはりどうも疲れる。
 これだけのノンフィクションであっても、やはり根本に分からないことがある。昭和5年以降、立憲君主だといわれた昭和を、どうして軍部がファシズムで乗っ取ることができて、誰もがそれに賛成して戦争に突き進んでいったのかということだ。軍人は好戦的なのか。外科医が切りたがるのと一緒か。当時「戦いは創造の父、文化の母」というスローガンがあった。戦争を起こして満州を乗っ取ることは、日本の創造であって、文化だったというわけだ。
 ただその根本に、やはり1億人は米飢饉などで、そうとう腹を空かせて食えなかった、餓死した人も相当いたのではないかと思える。打破するには、資源が豊かな中国を占領するしか方法がないというのが、1億人のコンセンサスであり、その根拠は「天皇制国家」という国体の維持だったのである。それは紛れもない。主権は天皇にあった。
 明治維新からの80年は、実は戦国時代などよりも、100倍面白い、まさに少し前の日本の歴史なのだが、今の日本人の歴史観は、この時代を空白に抹殺しようとしているように思える。水戸黄門など見ている場合ではない。軍部、右翼その他多くが帝国主義に走っていったのだが、やはり天皇の責任が最も重かったことに代わりはない。1億人総ザンゲという言葉にすりかえられている詭弁を、理解しなくてはならない。

1月16日(月)尊皇攘夷の八百長歴史

2006-01-16 11:48:16 | マスコミ・メディア
 この100年の歴史は、八百長にまみれていると思っていたが、本当にそうだった。しばらくはドクター立花のノンフィクションから、感動ものを時々書いていく。
 伊藤博文は最初の総理大臣で、明治建国の偉人だと言われている。ところが、外人が攻めてきたときに、尊皇攘夷でこれを排斥しようとした真っ只中に、彼もいた。そのために外国を見聞しなくてはならないと、最初のイギリス密航に出る。下関戦争の半年前だったらしい。
 ところが、英語もろくにできない博文は、ロンドンかドイツで数日滞在しただけで、「日本の海軍力では勝てないから、外人と和解して、開国しろ」と、手のひらを返したように、寝返った。そして、「一応外国の兵術、海軍力を取り入れて、日本に海軍力がついてから、外国と戦おう」と思いつく。まさにその場しのぎの思いつき。攘夷は一瞬にして霧散してしまう。
 こうして尊王攘夷運動をしていた大勢の連中は、一日にして寝返って、外人と和解する。ところがいつまでもこの進化を分かっていない旧幕府のとろい連中を、官軍大将の西郷隆盛らを使って叩きのめして、幕府から明治政府として乗っ取る。
 お札にもなった博文といっても、所詮今のOL連中のミーハー海外旅行のレベルを一つも脱出できてきないだけ。アメリカはピストルがあるから怖いよと思っていたその女が、実際に行ってみればジェントルマンの白人に優しくされて、一瞬にして寝返るのとそれは同じようだ。その逆もある。真に受けるな、博文ごときチンピラの若い時代を。
 そして博文はこの政府で偉くなって、後に韓国征伐に出かける。
 今の歴史で尊皇攘夷運動が、どういう立場で教えられているのか私はしらないが、尊王というのは、王政復古の新政府の立場(時代の逆行っぽいが)であり、攘夷は外人排斥の鎖国の立場である。鎖国は江戸の歴史そのもので、何故それが新政府の基本考えであったのかが、分からなかった。旧幕が晩年に日和って、ペリーと和解したのを、新政府は好まなかったのか。だったら新政府になってから、どうして洋学を積極的に取り入れたのか。攘夷と開国が結びついたとも習ったような気がしたが、そんな水と油がくっ付くわけがないと思っていたのは、私だけか。
 教えられた私の世代が分からないのに、それがいま子供の教えようとしていれば、なお分からない。明治維新以降は、八百長歴史教育が続いている根本である。整理しなくてはならない。

1月14(土)ジョディ・フォスター

2006-01-14 15:30:47 | マスコミ・メディア
 20年前からジョディ・フォスターが好きだ。どういうタレントさんが好きなの?と、聞かれたときに、同年代くらいならば、こう答える。反応は悪くない。ところが、彼女を知らない世代も多くて、そういうときには「あややが、好きだ」というと、一発で受けることになる。こんな質問、どう答えようとまったく意味はないのだから。
 そのジョディが来日している。出ている映画は、もう古臭いと言っていいほどの、飛行機パニック物。こんなの15年前にダイハードを一つ見れば十分。彼女は羊たちの沈黙以来、映画には恵まれていない。しかし独身であり、男の子が二人いて、女と同棲していて、43歳というのだから、その7歳の男の子を追いかけっこしていて、若さを保っているなど、楽しい話題じゃないか。
 彼女が記者会見したと言うのに、それをしっかり見てみたいと思うのに、ワイドショーはちゃんとはやらない。今どき米倉のけもの道だとか、どのテレビでも自局の宣伝に忙しくて、来日外人のことなど構っていられないらしい。
 さっさと、有料テレビの時代になってくれと思う。映画、ドラマはいくらでも有料テレビ、ビデオがあるのだが、見たいニュースを、詳しく知りたいと思ったときに、そういうことが今は不可能になる。
 ジョディを呼んだ映画の興業会社は、大したところじゃなくて、本来は、15分間の記者会見をしたとすれば、芸能ワイドショーがそれを流すのは、多分15秒くらいでしかなかった。もしくは文字で紹介されるだけ。ジョディの文字を読みたいのではない。肉声を聞きたいわけだ。どこかの局が、彼女の声を絞って、その上に吹き替えで日本語を流していたが、そういうので喜ぶのは小学生だけで、大人は納得しない。
 ワイドショーなどは、興業会社にしてみれば、そのきっかけだけ扱いでいいのだ。例えば梨元勝は、そのジョディの記者会見に、行きかえり含めて2時間くらいの時間を費やしている。ところが本番では15秒だけの放送。もったいないと思わないのか?
 そう思ったのが、実はホリエモンだったのだ。各局、ニュースの取材には、カメラクルーを延々とどこにでも出張させる。ならば、ジョディに出張した、その15分間の全部を見たいという私がいたら、そういう人のために、局は、詳しい内容は有料放送でご覧下さいという時代に間違いなくなる。1時間100円くらいがいいと思うのだが。100円払っても、その15分のジョディの会見は、一言も残さず、現場にいるように全部見てみたいと思うわけだ。もう、ニュースだって、個人が選択して見る時代になっている。ただダラダラ見るだけなら、いつみても、津南の雪のニュースしかしていなく、しかもヤフーアメダスの積雪量を恥ずかしげもなくそのまま垂れ流しているようなNHKなどは、こんなものニュースに値しない。有料ニュースをさっさと始めてくれ。
 もしくは、映画興業会社がもう少し機転が利けば、そこが15分の会見全部を動画でネット配信すればよろしいだけだ。私は彼女が来日したことだけに気が付けばいいわけで、グーグル検索して、そこにジョディの一昨日の会見の動画があれば、これも有料でもいくらでも見てみたい。興業会社のその無能さが、彼女がわざわざ記者会見したと言うのに、肉声の上に、日本語を被らせただけで、お粗末な15秒ニュースとして扱われるだけになってしまう。
 放送メディアも、もう少し進化して欲しいと思うのだが。
 同じことはいくらでもある。最近NHKは再放送ばかりやっている。ドキュメントを1年かけて撮影したのに、たった一回の放送だけではもったいないといわんばかりだ。じゃ、過去放送はいつでも1時間100円で見れるように有料になればいいわけだ。
 ネットの連中はすでにそういうことに十分気が付いているのに、分からないのは今のテレビ局員だけ。それで毎日やっている放送というのは、吉本興業の馬鹿どものバラエティだけ。最近は夜の8時を過ぎるとテレビも、クルマに乗っていてもラジオも聞かなくなった。くだらなすぎて見ちゃいられない。国民も多様化してきたわけだ。まともな大人が、ニートがアイスクリーム食べながら見ている番組と同じものを見られるわけがない。

1月13日(金)天皇制打倒のクーデター国家

2006-01-12 23:48:34 | マスコミ・メディア
「天皇と東大」は、まだ書評も出ていないのに、4刷りになったという。上下刊で、5600円で、400字が2800枚。月刊文春に7年連載されていたものの単行本。立花隆の例のごとくの分厚い本である。
 この人は学者ではなくて、元は週刊誌の記者であり、今はジャーナリスト。先輩になる。発売に合わせて有料の小さな記念講演が昨日本屋であって、出席する。
 私もかねがね思っていた。武田鉄矢が、海援隊が大好きなのはいい。功名が辻で、戦国の山内一豊や妻や、信長が好きなのはいい。しかしほんの60年前のことが、すでに八百長として報じられていることが腑に落ちない。
 簡単に日本の歴史を理解するのは、天皇と、それを打倒したクーデターの歴史が日本の国家の歴史になると、この人は端的にいっていた。
 大化の改新は、蘇我が支配していた日本を、クーデターによって殺したのは、まさに後の天皇その人だった。
 武家社会が延々と続いて、明治政府がクーデターだったのは、天皇を利用して、天皇こそ主権だといい、武家を狙い撃ちした薩長が明治政府を作った。
 そして昭和維新は、天皇制の主権こそこちらにあると、議会を乗っ取って軍部右翼がクーデターを起こして、戦争に突入する。たまたま最近も書いたが、食えない昭和一桁に、515が昭和7年、226が昭和11年。天皇主権の大日本帝国として、アジアを全部占領しなくては、主権天皇国家が継続できないと、当時右翼はいって、国民が洗脳された。
 そして、その愚かさが証明された戦後は、象徴天皇は、民主国家を望んでいると扇動し始めたのは、東大卒業した官僚どもだった。この不景気に官僚だけは肥え太る。
 文系の人間は今でも馬鹿にされている。理数ができない者が、文学部と経済学部に入っていく。経済は理数の科目なのだが、日本ではけっしてそうでないために、過去ノーベル経済学賞だけは、日本から出ていない。
 歴史もそうである。暗記科目だと日本では言われる。実は、歴史は、ある仮定を想定して、「実はそうだったんじゃないのか」と検証する学問だと思える。ところが日本の歴史は、そういうことは教えない。
 天皇という者がいるだけで、あるときには、1億人が総特攻隊員に志願するような国であり、あるときには、1億人が全員株式ファンドで怪しい蓄財をする国である。その洗脳され具合は見事であるというのが、この本の二番目の主題らしい。

1月7日(土)五輪で勝てない

2006-01-07 00:21:07 | マスコミ・メディア
 冬の五輪に勝てるわけがない。雪が降ったときに、日本は通夜になる。豪雪といったときに、嬉しくて飛び上がる国が、冬の五輪で勝てるんだよ。日本の雪のニュースは、まるでお通夜みたいなもんだよ。そんなんで冬の五輪に勝てるのか。
 いつも思うのは、津南とか山古志村で、あいも変わらず雪下ろしの苦しいニュース流していること。思うんだよ。連中は1000年も前からそこに住んでいるのに、本当に雪下ろしが大変だと思っているんだろうか。だとしたら、屋根を急にするとか、暖房屋根にするとか、雪下ろしの対策をどうしてやらないんだろう。本当にそうだとしたら、連中は馬鹿だ。
 でもね、実際津南でも半分くらいの家は、暖房屋根っていったか?自動で雪下ろしができるヒーティング屋根にしているんだよ。都会のマスコミが、雪下ろしの悲惨なニュース作りたくて、そういう家ばかり狙って取材するんだね。都会人にとっては、雪国の苦労は、不景気のガス抜きになっている。他人の不幸はやはり面白いんだよ、残念だけと。だから私は、いつもスキーの帰りには、「雪がたくさん降って、いいねえ」と、大声で言うんだよ。大らかな人は、「スキーのお客さんはみんなそういうよね」と同調してくれるけど。
 でもね、新潟、長野は真面目に除雪一生懸命やっていますよ。けど、どうせ今頃は札幌のススキノはスケート場のままだろ。除雪なんてしませんよ、北海道人は。それに比べれば、本州の雪国は真面目です。
 でもね、雪を大いに喜ばなくちゃトリノで勝てないってのは本当のことです。

1月6日(金)ののしらなくては気が済まない

2006-01-06 12:04:07 | マスコミ・メディア
 大阪朝鮮を応援していたのだが惜しくも負けて、すると翌日の新聞にはこう出ている。「民族学校として歴史的1勝を挙げると・・・、しかし準々決勝で負けた」。「民族学校」なんて言葉は余計である。「学校創立以来の初勝利」で十分じゃないか。大阪朝鮮だって、普通の高校と見なされているわけだ。
 そもそも国内に、朝鮮学校なんていう学校を作らなくてはならなくなった理由は、明らかにこちら側にある。それを棚上げして、いまさら民族学校といわせるのは、日本人得意の棚上げ論である。なら、ニューヨークやパリにある外務省の小僧どもを通わせる日本人学校のことを、民族学校というのか?聞いたことはない。
 どうせ間もなく、大阪朝鮮とか民族学校なんていうことばは、言葉狩りにあって消滅する。どうせなくなるような下品な言葉なら今から使わないようにするのが紳士というものなのだが、開き直って「今は使える」というのだ。どうしようもない石頭。
 反対の事例として。
登山にいくと、山奥にがある。地元では今でもという言葉を使う。ところがいつのことから悪習慣の言葉狩りにあって、集落といえとなった。しかしこんな言葉は文語体の造語であって、口語で使っているのを聞いたためしがない。はなのだ。
 北海道には、アイヌ人がある。自分たちアイヌの人は「アイヌ人」と看板に書いてそこで商売をしている。嫌もしくは、かなり過去に、地元の町にそう書かれて、看板を取り替えないまま今日に至ったのか?どうせアイヌ人は日本語さえも認めていないのかも知れないから、そのままになっていた(昨年の秋の話)。阿寒湖の脇にもそのがあって、ホテル客はそこでみやげ物を買う。ところが妙に日本人がそういう言葉遣いに媚びて「アイヌ・コタン」と呼んでいる。なんだその日本語は?
 言葉は上手に使ってくれ。どうせ差別なんていうは、日本に100万箇所のがあった中での数箇所。その数箇所の悪習慣に普遍性を持たせたことが大きな間違いだった。むしろそういうときこそ「集落差別問題」と言え。集落など子供の社会科言葉で大人にも使えとは笑わせる。はだ。